第78話 ゲゾールという人物と、ダンジョンの神秘。

 ほどなくして、コーザはチャールティンから、薬莢を放棄したことを聞かされていた。その理由は先述したとおりだ。すなわち、仲介人を前にして、手渡しすることはできないというものである。それは一見すると、コーザに対し、自分自身に利するよう、莢の炎カートリッジを使わせるためであったのだが、同様の理由は、別の側面をも照らしだしていた。とりもなおさず、コーザは環視の中、再び薬莢を渡すことはできない・・・・・・・・・のだ。


「ごめんなさい、コーザ。ニシーシのことだけで頭がいっぱいで、莢の炎カートリッジが余分になっているのに、全然気がつけていませんでしたの」


 コーザもまた、その発言に小声で応じる。


「いや、仕方ないだろう。お前が薬莢の件を持ちだしたのは、マーマタロが同行を決めるより前だ。当時、ニシーシには身を守る手段がなかった。……こうして教えてくれただけでも感謝している」


(……危うく、忘れるところだったぜ。うちは火の弾ショットだけなら、一発だけ多く放てるんだった)


 正直な話をすれば、わざわざ捨てなくともよかった・・・・・・・・・・のだが、チャールティンならば、万が一にも仲介人に見つかるのを、避けたかったのだろう。

 こっそりと莢の炎カートリッジを発動させ、コーザは来たる戦闘へと備えるのだった。







 その人物は、顔から受ける印象よりも、皺の数が多いように見えた。よほどの疲労感――それも精神的なものに、長い間にわたって悩まされていると、そんなふうに訴えかけて来る容貌であった。老人なぞ、ほかにはいない。紹介されるまでもなく、この人物がゲゾールであることはわかった。


「名はなんと言う?」


 意表を衝かれた。まさか、向こうから話しかけて来るとは、思いもしなかったのだ。


「うちはコーザ。ただのコーザだ」

「……だろうな。俺もただの・・・ゲゾールさ。ここではリクラーバンの――という別名を使っているがね」


 ふざけているのかとも思ったが、この者に限ってそれはないだろう。皮肉ではなく、単なる符丁。今だけはダンジョンの住人ではなく、地表にいた頃の人間として相手をしてやる、という意味なのだろう。


(タオンシャーネ以外の地名……。やはり、ここにはワープゲートを使って来ていたか)


 シペロゼーナ方面には、イトロミカールから向かうことができない。二重にじゅうマップによって、完全に閉鎖されているからである。これはタオンシャーネの仲介人が、実際に確かめたことなので正しい情報だ。加えて、シペロゼーナの先はどれだけ陸続きなのか。それは全くもって不明だが、ワープゲートを使うこともなく、ゲゾールの故郷から、一本道でタオンシャーネに来られるのだと、そう楽観視するのは危険である。

 したがって、くだんのペルミテースについても、ワープゲートによる説明がなされるだろう。ゲゾールと古い知り合いである以上、近くにいない可能性はすこぶる高い。


「コーザ、俺はお前の過去を知る者だ」

「なっ!」


 信じられなかった。

 ゲゾールとコーザとでは、あまりに年が離れすぎているのだ。そこには三十もの開きがあることだろう。自分の年齢を考えるならば、ダンジョンが暴走した当時から、ここで暮らしていたと思わしきゲゾールとは、地下でしか出会うタイミングがないはずだ。しかし、当然ながらコーザにそのような記憶はない。


(うちは……地下の世界が出身だとでも言うのか?)


 そうであれば、自分が忘れてしまっているだけで、幼いときに出会っていることは、十分に考えられる。だが、それならば、コーザの両親はどこにいるというのか。まさか、ダンジョンの住人がこの狭き世界で、わざわざ我が子を捨てはしまい。名前だって、仮称なぞという事態にいたっていないはずだ。


「俺の口から言えることは、そう多くはない……。悪いことは言わん。ペルミテースを探すのなんか、やめちまえ」


 その名前を耳にした人物が、ゲゾールへ友好的に横から話しかけていた。


「ペルミテースって、大将が以前につぶやいていた、大罪人のことかい?」

「ああ……そうだ。コーザ、お前もペルミテースを恨みながら、この地下で暮らせ。お前なら一人でも生きていけるはずだ」

「御託なんざどうでもいい! あんたは、うちの過去を知っていると言ったな? 話してもらうぞ……すべて」

「……。俺のことをだれに聞いた? 黄色い相棒(マーマタロ)か? それなら、お前にも・・瞳があるってことだ」

「――ッ」


 妖精王に夢中で、ずっと意識がそれていた。

 どうして気がつかなかったのだ。ゲゾールは、マーマタロに懺悔することができたのだから、妖精の瞳がないはずないではないか。


「妖精が見えていながら、まだお前はすべてを思い出してはいない。それはとても幸せなことだ。……もう一度だけ言う。俺にできるのは忠告だけだ。ペルミテースのことを恨みながら、大人しく地下で暮らせ」

「冗談じゃない! うちはもう一つ所に留まれない体なんでな。一刻も早くここから抜け出したい。そのためにも、ペルミテースには会わにゃならんのだ。いいから知っていることを、すべて話してくれ!」

「それでも、ここまで来られたんだ。お前さんの実力は本物だろう。いくらでもやりようがあるはずだ。もう妖精王のことは忘れろ。これ以上、カタレーイナに会おうとするな」

「大事な約束だろうが! ……待て、カタレーイナと言ったのか?」

「チッ、失言だったか」


 もはや、一つたりとも情報を漏らす気はないのだと、そう言いたげにゲゾールは立ちあがって、セーフティの外へと出ていこうとする。

 その背中を、コーザは鬼の形相で睨みつけていた。


(ここまで来て無駄足だと!? そんなこと、あって堪るか……)


「ふざけるな、ゲゾール! あんたはこの地下の、重大な秘密を知っている! それも自分が関与した内容のものだ。だからこそ、マーマタロに悔いた。そうだろう!?」


 言うやいなや、その足がぴたりと止まる。そして次の瞬間には、ゲゾールの体は小刻みに震えだしていた。


「……たんだ」

「あん?」

「知らなかったんだ……。まさか、こんなことになるなんて、想像さえしていなかった。俺だってわかっていたら、やらなかったさ。なあ、そうだろう? コーザ……これはお前のせいじゃない。だが、お前は決して真実に耐えられないだろう。俺も……もう限界だ。――てくれ」


 告白の途中で、ゲゾールが飛びだしていってしまう。最後の台詞はよく聞き取れなかった。


(許してくれと、そうつぶやいたのか?)


 それはいったい、だれに対しての謝罪だと言うのだ。


「クソっ!」


 喚き散らし、うっぷんを晴らすように、コーザは眼前のテーブルを叩きつけていた。

 すべてを解決すると期待していた人物は、答えを与えて来るどころか、さらなる疑問を自分に抱かせただけだった。

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