第78話 ゲゾールという人物と、ダンジョンの神秘。
ほどなくして、コーザはチャールティンから、薬莢を放棄したことを聞かされていた。その理由は先述したとおりだ。すなわち、仲介人を前にして、手渡しすることはできないというものである。それは一見すると、コーザに対し、自分自身に利するよう、
「ごめんなさい、コーザ。ニシーシのことだけで頭がいっぱいで、
コーザもまた、その発言に小声で応じる。
「いや、仕方ないだろう。お前が薬莢の件を持ちだしたのは、マーマタロが同行を決めるより前だ。当時、ニシーシには身を守る手段がなかった。……こうして教えてくれただけでも感謝している」
(……危うく、忘れるところだったぜ。うちは
正直な話をすれば、わざわざ
こっそりと
※
その人物は、顔から受ける印象よりも、皺の数が多いように見えた。よほどの疲労感――それも精神的なものに、長い間にわたって悩まされていると、そんなふうに訴えかけて来る容貌であった。老人なぞ、ほかにはいない。紹介されるまでもなく、この人物がゲゾールであることはわかった。
「名はなんと言う?」
意表を衝かれた。まさか、向こうから話しかけて来るとは、思いもしなかったのだ。
「うちはコーザ。ただのコーザだ」
「……だろうな。俺も
ふざけているのかとも思ったが、この者に限ってそれはないだろう。皮肉ではなく、単なる符丁。今だけはダンジョンの住人ではなく、地表にいた頃の人間として相手をしてやる、という意味なのだろう。
(タオンシャーネ以外の地名……。やはり、ここにはワープゲートを使って来ていたか)
シペロゼーナ方面には、イトロミカールから向かうことができない。
したがって、くだんのペルミテースについても、ワープゲートによる説明がなされるだろう。ゲゾールと古い知り合いである以上、近くにいない可能性はすこぶる高い。
「コーザ、俺はお前の過去を知る者だ」
「なっ!」
信じられなかった。
ゲゾールとコーザとでは、あまりに年が離れすぎているのだ。そこには三十もの開きがあることだろう。自分の年齢を考えるならば、ダンジョンが暴走した当時から、ここで暮らしていたと思わしきゲゾールとは、地下でしか出会うタイミングがないはずだ。しかし、当然ながらコーザにそのような記憶はない。
(うちは……地下の世界が出身だとでも言うのか?)
そうであれば、自分が忘れてしまっているだけで、幼いときに出会っていることは、十分に考えられる。だが、それならば、コーザの両親はどこにいるというのか。まさか、ダンジョンの住人がこの狭き世界で、わざわざ我が子を捨てはしまい。名前だって、仮称なぞという事態にいたっていないはずだ。
「俺の口から言えることは、そう多くはない……。悪いことは言わん。ペルミテースを探すのなんか、やめちまえ」
その名前を耳にした人物が、ゲゾールへ友好的に横から話しかけていた。
「ペルミテースって、大将が以前につぶやいていた、大罪人のことかい?」
「ああ……そうだ。コーザ、お前もペルミテースを恨みながら、この地下で暮らせ。お前なら一人でも生きていけるはずだ」
「御託なんざどうでもいい! あんたは、うちの過去を知っていると言ったな? 話してもらうぞ……すべて」
「……。俺のことをだれに聞いた?
「――ッ」
妖精王に夢中で、ずっと意識がそれていた。
どうして気がつかなかったのだ。ゲゾールは、マーマタロに懺悔することができたのだから、妖精の瞳がないはずないではないか。
「妖精が見えていながら、まだお前はすべてを思い出してはいない。それはとても幸せなことだ。……もう一度だけ言う。俺にできるのは忠告だけだ。ペルミテースのことを恨みながら、大人しく地下で暮らせ」
「冗談じゃない! うちはもう一つ所に留まれない体なんでな。一刻も早くここから抜け出したい。そのためにも、ペルミテースには会わにゃならんのだ。いいから知っていることを、すべて話してくれ!」
「それでも、ここまで来られたんだ。お前さんの実力は本物だろう。いくらでもやりようがあるはずだ。もう妖精王のことは忘れろ。これ以上、カタレーイナに会おうとするな」
「大事な約束だろうが! ……待て、カタレーイナと言ったのか?」
「チッ、失言だったか」
もはや、一つたりとも情報を漏らす気はないのだと、そう言いたげにゲゾールは立ちあがって、セーフティの外へと出ていこうとする。
その背中を、コーザは鬼の形相で睨みつけていた。
(ここまで来て無駄足だと!? そんなこと、あって堪るか……)
「ふざけるな、ゲゾール! あんたはこの地下の、重大な秘密を知っている! それも自分が関与した内容のものだ。だからこそ、マーマタロに悔いた。そうだろう!?」
言うやいなや、その足がぴたりと止まる。そして次の瞬間には、ゲゾールの体は小刻みに震えだしていた。
「……たんだ」
「あん?」
「知らなかったんだ……。まさか、こんなことになるなんて、想像さえしていなかった。俺だってわかっていたら、やらなかったさ。なあ、そうだろう? コーザ……これはお前のせいじゃない。だが、お前は決して真実に耐えられないだろう。俺も……もう限界だ。――てくれ」
告白の途中で、ゲゾールが飛びだしていってしまう。最後の台詞はよく聞き取れなかった。
(許してくれと、そうつぶやいたのか?)
それはいったい、だれに対しての謝罪だと言うのだ。
「クソっ!」
喚き散らし、うっぷんを晴らすように、コーザは眼前のテーブルを叩きつけていた。
すべてを解決すると期待していた人物は、答えを与えて来るどころか、さらなる疑問を自分に抱かせただけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます