第77話 エネルギー装置

 ニシーシの同行は予定どおりに運んだ。だが、セーフティの外へ出てすぐ、チャールティンの指示によって、ニシーシは、一時的に離脱することになったのである。


「ええと……少しだけ、僕はエネルギー装置のほうを、覗きにいってもいいですか? 以前にシペロゼーナの人たちから、あそこで妖精王に会ったという、話を聞いた覚えがあるので、僕も確かめてみたくなりました」


 マーマタロが共に行動してくれるおかげで、ニシーシは、一人でも自由に歩きまわれるようになった。今ならば、ちょっとくらい集団から離脱したところで、大きな心配はないだろう。自分に対してはともかく、少なくともニシーシを守るためならば、チャールティンも全力を出すはずだ。

 特に不安はないと、コーザは深く考えずに了承する。それは、タオンシャーネの仲介人も同様であった。「なるべく早く、みなのもとへ戻るように」と、簡単な注意をするだけで、寛大にニシーシを見送っていく。

 無論、本当に妖精王がいるかどうかを、確認したいわけではない。ニシーシの目的に照らせば、その存在の有無は、知っておかなければならない事実であろうが、その確率はあまりに現実味を欠いている。エネルギー装置の付近を通ってやって来る、シペロゼーナ側の仲介人が、ほとんどと言ってよいほど、妖精王の姿を目撃してはいないからだ。自分たちのほうから、妖精王に対してコンタクトを取るためには、何らかの作法が必要になって来るのだろう。ゆえに、コーザが確実な手段をもって、妖精王を呼べるわけではないのであれば、その方法については、ペルミテースが熟知していると考えられる。だからこそ、チャールティンは以前、念のためにこの場所をコーザに教えたのだ。使うとしてもタオンシャーネの、エネルギー装置になるだろうという前提だが、向こうに絶対にある保証もないからである。


「二人きりになってまでして、話したい内容っていうのはなんなの、チャールティン?。さっき、イトロミカールで話さなかったってことは、あえてセーフティの外に出るのを、待っていたって考えていいのかな?」

「ええ、そのとおりですの。さすがは、わたくしのニシーシですわ。莢の炎カートリッジをコーザに返すタイミングを、わたくしたちは失ってしまいましたの。今更、こんなものを渡してしまえば、マーマタロの話がややこしくなるだけですの。だれが見たって、この薬莢がスキルを使わしめているのだと、気がつきますもの。わたくしたちは帰路のことにまで、考えを巡らせる必要があるのですから、タオンシャーネの人々に見られることなく、薬莢を返すことはできませんの」


 イトロミカールに引き返す、その道中でコーザに渡せるのではないか、という主張は誤りだ。行きについては、ミージヒトに襲われる心配もないが、仲介人と行動しなくなる帰りは、事情が全く異なる。追跡者との戦闘がはじまる可能性が、にわかに浮上して来る以上、チャールティンがコーザの同伴を、許すわけがない。たとえ、わずかであっても、タオンシャーネからは、ニシーシに一切接触させないつもりでいた。


「……」


 筋は通っている。

 だが、ニシーシは、チャールティンがすべてを語っていないことに、気がつけていた。相棒とはもう長い付き合いなのだ。チャールティンであれば、コーザから莢の炎カートリッジを受け取った当初より、すでにそれが不要となっているのを、理解していたことだろう。

 ということは、何か別の意図があると、そう考えるほうが自然だ。まさか、こっそりと用意した懐の道具に、気がつかれてしまったのだろうか?


「今、この場で捨ててほしいですの」

「わかったよ」


 乱暴に投げつけ、憤ったように見せるが、そんな身振りでは、とてもチャールティンを騙すことなぞできない。それ以前に、ニシーシは幼いながらも正義の士だ。その目がもはや懐の存在を白状している。


純石の短刀・・・・・もですわ。以前にこしらえた失敗作を、持って来ているのでしょう? マーマタロに拒否されても、それらはニシーシが単独で使える、数少ない武器なのですから、コーザに力を貸そうと、躍起になっているあなたが、そんなものを見落とすはずがないですの。無理やりにでも、あなたは、コーザについていくつもりだったんでしょうね。……これで、人に見られたくない理由が、わかったでしょう? 仲介人とイトロミカールの関係は、絶対的なパワーバランスによって、成り立っていますの。とりもなおさず、イトロミカールは攻撃することができないと、そういう保証ですわ。翻って、その短刀はこの前提を覆しかねない、最悪の武器ですの。あくまでも、それはコーザに護身用として渡したもの。タオンシャーネの仲介人が、決して事実を知ることのない場所で、使ってもらうための非常措置ですわ。失敗作をすぐに処分させなかったのは、わたくしの落ち度ですが、だからと言っても、あなたに所持を許可することはできませんの。……思い出の品として残したものは、きちんとあるべき姿で、保存しておいてほしいですわ。帰ったら、形がわからなくなる程度に、また一緒にいじりましょうね」


 だが、チャールティンの宥めるような説得は、ニシーシとしても応じられない。せっかく、コーザが自分を頼ってくれているのだ。

 純粋に、その力になりたい。


「でも――」

「あなたの家族を、イトロミカールの人々までもを、巻きこんでほしくないですの! お願いよ、ニシーシ。もうこれ以上、わたくしに二度と無茶な心配をかけないで」


 冒険ならば、セーフティを飛びだしたあの日に、十分にしただろうと、そう言わんばかりの懇願だった。

 もはや、それは諭すための台詞ではない。

 非情にも、ニシーシの純真さを悪用するための、無心である。

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