第57話 ノーグリィ
厄介なことに、それはちょうど妖精と同じであり、引き起こす超常現象の種類は、個体ごとに異なっている。Aランク待ったなしの能力ではあったのだが、幸いにも、強力なスキルの使用は確認されていない。それゆえのBランクという評価であった。
「……アイシー」
呼びかけに応えるかのように、ハンドガンが藍色に光る。
敵の攻撃。
あえて受けたのはスリルを求めてのことだ。手加減をせずに戦えば、氷結が圧勝するのは目に見えている。
だからと言っても、スキルの威力をさげるまではしない。スキルの残数は有限なのだ。そんなことをしても、全体で見れば、戦闘の時間は延びるどころか、むしろ減ってしまう。
「やっぱり、弱いな……。とっておきの技でもあるのかと、ちょっと期待していたんだけれど、残念」
言葉とは裏腹に、氷結の顔には悲しそうな表情がない。
当然だろう。
もはや、Bランクに氷結の敵はいない。それならば、さらに先へ。Aランク以上に挑戦しようと考えるのは、増長していた氷結にしてみれば、無理からぬことであった。そして、その機会は思いもよらぬ速さで訪れた。
氷結がギルドに戻ったとき、すでにそこは血の海と化していたのだ。
「何……これ」
想像だにしなかった光景。
早朝、自分の頭を乱暴に撫でていた大人でさえ、今は帰らぬ人となっている。幼い日の氷結にとって、それはとても直視できるものではなかった。
悲しみも高ぶりもそこにはない。
無だ。
心がまるで現実について来ない。
何をすればいいのか、そんなことはわかりきっているはずなのに、いきなり体の使い方でも忘れてしまったのか、その場から一歩も動くことができなかった。
呆然と、目線ばかりが徘徊する。
見たくもないはずなのに、一秒も早く消し去りたい光景だと言うのに、己の瞳は、無情にも舐めるように情報を拾っていく。
臓物。
忘れられたナップザックと、持ち主がいなくなってしまった腕と足。壊れかけのハンドガンには、上からモンスターの一部がのしかかっていた。
そうやって無力感のままにたたずんでいれば、氷結の姿に気がつくギルメンがあった。
「何をしている、阿子丸! 早く逃げないか!」
「どう……なっているの?」
その者は、いらだったように氷結の腕を引きながら、ギルドの定位置から離れようとした。
「俺にだって正直わかんねえよ……。
それは聞き覚えのない機械の名前であった。だが、ギルメンの言葉から、出現したモンスターの数が少なくないことは、明瞭にわかった。
ゆえに、そこに思いいたる。
「ノーグリィは?」
「……」
返事はない。何も言葉は発されなかった。
ただ、その代わりに、氷結の腕を引くギルメンの力は、にわかに強くなったのである。それが問いに対する答えだった。
激高。
弾かれたように腕を振りほどき、氷結は駆けだしていた。
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