第56話 怪しき氷結の悲しい過去。
氷結、十二歳。
したがって、これは今よりも十年ほど前の話になる。
※
当時、ギルドと言えば、それは氷結のところを示した。未踏破領域で生活をはじめてしまうような、狂人の集団というものは、ほかには存在していなかったからである。と言っても、今のものとはだいぶん異なり、当時のリーダーは氷結ではない。育ての親にあたる人物が、その代表を務めていた。
名をノーグリィと言う。
ノーグリィは氷結をすこぶる可愛がった。
実際、断トツで戦闘のセンスが高かった氷結は、幼いながらも、すでに立派なギルドの一員だった。戦力に数えられるほど、その才能は豊かだったのである。
それには氷結が長年を過ごした環境も、大きく影響していたことだろう。驚くべきことに、氷結は未踏破領域でずっと暮らしていた。文字どおりのずっとである。氷結は自分たちの近くに、コーラリネットというセーフティがあることなぞ、露ほども知らなかったのである。
ために、氷結は瞬く間に成長した。
「行くよ、アイシー」
氷の妖精。
ゆえに、相棒のことを氷結はそう呼んだ。妖精の瞳を持たない氷結は、相棒を見えこそしなかったのだが、それでもその存在を疑ったことは、一度としてなかった。いつも自分のことを思ってくれている、よきパートナー。それが、この頃まで氷結が抱いていた、妖精に対する偽らざるイメージだった。
「おや、阿子丸。今日もモンスターを狩りに行くのかい?」
ギルドには氷結のほかに幼い子がいない。場所が場所なのだ。いるほうが不自然である。
それゆえ、氷結は大勢の人から、我が子のように親しまれていた。今となっては想像することも難しいが、当時の氷結は、溌剌とした元気な子供だったのである。
「いつも、言っているだろう? もう、子供扱いはよしておくれ。あたい、もう十分に大人だよ」
「自分を大人だと言い張っているうちは、まだまだ子供さね。……それにな、阿子丸。大人になったって、あんましいいことはねえんだぞ?」
言うやいなや、わしゃわしゃと氷結の頭を乱暴に撫でる。むっとしながら、それを我慢していた氷結であったが、はたと思いつくと、にやりと意地悪な笑みを見せた。
「あんたが立派な大人になれなかったのは、あたいのせいじゃないさ。自分の不真面目さから来るツケを、他人のせいにしないでくんな」
痛いところを突かれたと言わんばかりに、大人は小さく舌を出すと、虫でも払うようにして氷結に手を振った。
「さっさと行っちまえ、バカ野郎」
「言われなくても……アイシー!」
拳銃を手に取り、氷結は黒緑色の世界を走りまわる。
目印なんか必要ない。
ここいらすべては自分の庭だ。目をつぶっていたって移動できる。
そう言いきれるほど、氷結には絶対の自信があった。
早々に見つけた獲物に狙いを定めれば、ろくに照準も合わせずに引き金を弾く。
阿吽の呼吸。
互いに何がほしいのか、完璧に把握しているかのように、そこには思いどおりのスキルが放たれる。
氷の弾丸は、難なくモンスターを射抜いていた。
物資の獲得はほとんどしない。
氷結にとって、モンスターは討伐することがすべてだ。いや、相棒であるアイシーと戦うことが、何よりも楽しかったと、そう言ってさえよいかもしれない。
見回す。
並外れた氷結のセンスは、どこに獲物がいるのかということを、なんとなくではあるが教えてくれた。スキルを使うこともなく、漠然と敵を探知できるのだから、もはや氷結はごまかせないほど、化け物の域に片足を踏みこんでいただろう。
発見したのはBランク。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます