第56話 怪しき氷結の悲しい過去。

 氷結、十二歳。

 したがって、これは今よりも十年ほど前の話になる。







 当時、ギルドと言えば、それは氷結のところを示した。未踏破領域で生活をはじめてしまうような、狂人の集団というものは、ほかには存在していなかったからである。と言っても、今のものとはだいぶん異なり、当時のリーダーは氷結ではない。育ての親にあたる人物が、その代表を務めていた。

 名をノーグリィと言う。

 ノーグリィは氷結をすこぶる可愛がった。

 実際、断トツで戦闘のセンスが高かった氷結は、幼いながらも、すでに立派なギルドの一員だった。戦力に数えられるほど、その才能は豊かだったのである。

 それには氷結が長年を過ごした環境も、大きく影響していたことだろう。驚くべきことに、氷結は未踏破領域でずっと暮らしていた。文字どおりのずっとである。氷結は自分たちの近くに、コーラリネットというセーフティがあることなぞ、露ほども知らなかったのである。

 ために、氷結は瞬く間に成長した。


「行くよ、アイシー」


 氷の妖精。

 ゆえに、相棒のことを氷結はそう呼んだ。妖精の瞳を持たない氷結は、相棒を見えこそしなかったのだが、それでもその存在を疑ったことは、一度としてなかった。いつも自分のことを思ってくれている、よきパートナー。それが、この頃まで氷結が抱いていた、妖精に対する偽らざるイメージだった。


「おや、阿子丸。今日もモンスターを狩りに行くのかい?」


 ギルドには氷結のほかに幼い子がいない。場所が場所なのだ。いるほうが不自然である。

 それゆえ、氷結は大勢の人から、我が子のように親しまれていた。今となっては想像することも難しいが、当時の氷結は、溌剌とした元気な子供だったのである。


「いつも、言っているだろう? もう、子供扱いはよしておくれ。あたい、もう十分に大人だよ」

「自分を大人だと言い張っているうちは、まだまだ子供さね。……それにな、阿子丸。大人になったって、あんましいいことはねえんだぞ?」


 言うやいなや、わしゃわしゃと氷結の頭を乱暴に撫でる。むっとしながら、それを我慢していた氷結であったが、はたと思いつくと、にやりと意地悪な笑みを見せた。


「あんたが立派な大人になれなかったのは、あたいのせいじゃないさ。自分の不真面目さから来るツケを、他人のせいにしないでくんな」


 痛いところを突かれたと言わんばかりに、大人は小さく舌を出すと、虫でも払うようにして氷結に手を振った。


「さっさと行っちまえ、バカ野郎」

「言われなくても……アイシー!」


 拳銃を手に取り、氷結は黒緑色の世界を走りまわる。

 目印なんか必要ない。

 ここいらすべては自分の庭だ。目をつぶっていたって移動できる。

 そう言いきれるほど、氷結には絶対の自信があった。

 早々に見つけた獲物に狙いを定めれば、ろくに照準も合わせずに引き金を弾く。

 阿吽の呼吸。

 互いに何がほしいのか、完璧に把握しているかのように、そこには思いどおりのスキルが放たれる。

 氷の弾丸は、難なくモンスターを射抜いていた。

 物資の獲得はほとんどしない。

 氷結にとって、モンスターは討伐することがすべてだ。いや、相棒であるアイシーと戦うことが、何よりも楽しかったと、そう言ってさえよいかもしれない。

 見回す。

 並外れた氷結のセンスは、どこに獲物がいるのかということを、なんとなくではあるが教えてくれた。スキルを使うこともなく、漠然と敵を探知できるのだから、もはや氷結はごまかせないほど、化け物の域に片足を踏みこんでいただろう。

 発見したのはBランク。盤桓師クロウラーという機械だった。

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