第58話 再度、氷結のギルドに来たぜ。
「おい、阿子丸! 待つんだ……」
ギルメンのかけた言葉なぞ、耳に入ってさえ来なかった。
ノーグリィは自分の親だ。
そんな相手を見捨てることなんて、できるはずもない。
乱雑に散らかった物資を踏みぬき、無数の亡骸を飛び越え、氷結はひたらすにギルドの本部を目指した。
銃の使い方はノーグリィに教わったのだ。
戦う術はすべて彼から学んだ。そんなノーグリィが負けるはずがない。そこに行けさえすれば、必ずノーグリィたちがいると信じていた。
「バカ野郎、来るんじゃねえ!」
それが自分へと向けられた、極限の台詞であることを理解したとき、氷結の目には、片腕を失ったノーグリィだけが映っていた。
深紅。
むせ返るほどの血なまぐささが、辺りを慈しむように包みこんでいる。
いったい、この場で何人の成員が命を落としたのか、まるで見当もつかなかった。
「阿子丸を連れて逃――」
言葉はつづかなかった。
食われたのだ、棺の恰好をしたモンスターに。
そんな機械を今まで、氷結は見たことも聞いたこともなかった。
「うっ」
いきなり体が勝手に後退をはじめたのは、だれかが氷結を羽交い絞めにして、引っぱったからだった。
「頼むから言うことを聞いてくれ。
そんなこと、自分には関係のないことだ。
激情のままに氷結はトリガーを引く。
だが、そこから弾は発射されない。
「なんで……」
もう一度、引き金に指をかける。
しかし、やはりスキルは放たれない。
「なんで……どうしてよ!」
狂ったように何度も力強くトリガーを握るが、先に根をあげたのは己の手のほうであった。指の先が裂け、血が噴きだしていたのである。
「アイシー! なんで、使ってくれないの! アイシー、アイシーってば! やめて! あたいはノーグリィを……ねえ、アイシー!」
その声は決して届かない。
『すまない。……もう手遅れなんだ。こいつを倒した経験のある、フレデージアという妖精によれば、
聞こえるはずのない弁明。
わかることなぞあってはならないと言うのに、氷結にはアイシーの気持ちが、確かに伝わっていた。スキルを発動しない。たったそれだけのことで、氷結は相棒の心情を理解したのである。
ゆえに、応えるように叫ぶ。
「そんなの、やってみなくちゃわからないじゃない! ノーグリィはあたいの大切な――」
その瞬間、氷結はすべてを悟っていた。
妖精は所詮他人である。自分のことしか眼中にはない。
それは、よき隣人なぞという生易しい言葉で、説明されるようなものではなくて、否定しがたいエゴの塊だ。ダンジョンから抜け出せない地縛霊が、どうして人を思うことがあろうか。
「そうか……あたいに死なれると困るのか……。お前たちにはいくらでも、隣人の選択肢があるというのに。あたいからは、替えのきかない人を奪っていくのだな……」
アイシーにとって、今の相棒が唯一の、心を通わせられる存在であるというならば、自分はそれをことごとく否定してやろう。
「……あたいはもう
光を失った瞳が、鬼の形相で
それからしばらくの間、氷結たちはセーフティをねぐらとしていた。ギルドが壊滅状態にまで、追いこまれてしまったのだから、これは仕方のないことだったであろう。
その場所にて、氷結はコーザと知りあう。
妖精のことを全く信じていないコーザに――である。
即座に、狂おしいほどの嫉妬が氷結を支配した。
「それはダメだ……コーザ」
妖精を信じないだなんてあってはならない。
その悟りはもっと苦しんだ先に得るものだ。
「お前のような者が……初めから持っていていいものじゃない。お前はもっと苦しまなきゃいけないんだ」
自分のように。
※
「氷さん、大丈夫ですかい?」
配下の言葉に、氷結はゆっくりと目を開ける。瞼を閉じるだけのつもりだったが、どうやら自分は、そのまま軽く眠ってしまったらしい。
「ああ……。少し、昔のことを思い出していただけだ」
「そう……ですかい。コーザがまた来ましたぜ。いつの間にか、帰っていたみたいです」
「……ほう、そうか。本当に会いたかったぜ、コーザ。まだまだ苦しみ足りないだろう?」
言って、氷結は顔に醜悪な笑みを浮かべた。
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