第51話 正体

 コーザは夢を見ている気分だった。

 長く、そして甘い夢である。

 そこではモンスターが狂暴でないし、妖精王も楽しげにほほ笑んでいた。


(あれ……。妖精王ってセーフティに入れたのか……)


 ルーチカ同様、妖精であるならば当然かとも思いはするが、いまいち頭がうまく回らない。そのままずっと眺めつづけていれば、突如としてセーフティに人が現れた。ワープゲートから飛んで来たのである。


「――棒!」


 中途半端に覚醒した意識が、かろうじてルーチカの声を拾いあげる。


「おい、相棒! しっかりしろ、相棒!」


 まだ夢見心地でいたいと、睡魔に身を委ねそうになるコーザであったが、自分がどこにいるのかを思い出したため、どうにか体に力をいれて起きあがろうとする。

 ここは安心して眠りにつくことを許すほど、人に優しい場所ではない。ダンジョンの真っただ中である。


(さっきのは……無人のセーフティ。この前に見たやつか?)


 いまだ自分の名前を呼びつづける、相棒のルーチカに対し、手をあげ、もう大丈夫であることを言外に示すと、コーザは目をこじ開け、ゆっくりとダンジョンの壁にもたれかかった。

 頭痛がひどい。


「どのくらい、うちは意識を失っていた?」


 よく生きていたものだと、そう思いながら地面に触れれば、違和感に気がつく。

 心なしか、柔らかいのである。

 間違いない。

 これはスポットだ。


「かなりの時間だぜ。たまたま、こいつがあったからいいものを」

「……。たまたまじゃねえさ」

「あん? どういうことだよ?」


 臨時のセーフティゆえ、スポットという名前でこそ呼ばれているが、その実体は紛うことなきモンスターだ。ゆえに、そこにはセーフティに特徴的な、青白い光は存在しない。目印になるようなものもなければ、勝手に移動するモンスターなのだから、自発的にスポット見つけることは、熟練の人間でも相当に難しい。

 自分から攻撃をして来ることは皆無なので、ダンジョンの住人は、だれもスポットの正体なぞ気にしていないが、性質はほかと何ら変わらない機械である。ために、壊せば物資を獲得できるのではないかと、そう考えられなくもないが、あいにくと恐ろしく頑丈なうえ、倒そうと試みる風変わりな者もいない。その実体は、いまだに不明のままだ。

 当然であろう。

 自分たちに利することしかない存在を、進んで壊してしまうような間抜けは、この世界では生きていけないからだ。


「お前の言うとおりさ……。うちは寝ている間、スポットに襲われていたってだけの話よ」


 コーザは昔から、やたらと機械に襲われやすかったという話が、にわかに自然と思い起こされた。

 目をぱちくりと瞬かせていたルーチカも、真相を理解すると、飛びまわりながら不敵な笑みを見せる。


「なるほどな。ふつう、こいつらは自分から離れていくもんな」

「そういうこった」


 人嫌いとして有名なスポットも、コーザにだけは恩恵を与えるのだ。感謝するように、コーザが筒型のそれを軽く小突いていれば、ルーチカが思いついたように疑問を口にした。


「でも、なんでモンスターたちは、スポットを避けようとするんだ? 同じ機械には変わりないんだろ?」

「ああ、それは……」


 元来、モンスターは狂暴でない。

 と言うよりも、モンスターではなかったと表現したほうが、正確でさえある。それぞれが固有の役目を持った、ダンジョンのよき隣人たちだ。

 例えば、スポットである。

 これはダンジョンの修復を担う機械だ。いくら超硬度によって、破損しない造りになっている壁といえども、経年劣化に基づく部分的な摩耗は、頻繁に起こっている。ゆえに、その該当箇所を修復しているのが、このスポットという機械なのだ。当然、その周辺にモンスターがやって来ては困る。修理中だからだ。

 そのための、言うなれば通せんぼの機能を、スポットは有していた。ために、機械たちはそこを嫌って避けようとするのだ。


「ほかにも、ある一定の区域に活動の幅を限定し、そこで積極的に物資を集めようとするのが、言わずと知れた巡回車で、特定の鉱物を優先して拾おうとするのが、石拾いや擬雪崩なぜもどきたちだ。大事な貴重品を、地表へ速達するための機械が飛ばし屋ジャンパー――って、なんでうちはこんなことを知っているんだよ……」


 モンスターの正体なぞ、いかなる住人であっても知る由のないことだ。ダンジョンが人を閉じこめるようになったとき、そこにはすでにモンスターが溢れていたからだ。ゆえに、それをコーザが理解しているのは、異様な事態と呼ぶほかない。


「……」


 ルーチカもかける言葉が見つからず、沈黙を貫いている。


「なあ、ルーチカ。うちは、いったい何なんだ? 教えてくれ。……うちは本当に、昔からコーラリネットに住んでいたのか?」


 自分の記憶よりも以前から、コーラリネットで暮らしていたのであれば、住人のだれかしらは、そのことを覚えているはずだろう。答えはおのずから明らかだった。コーザとしても、本当に知りたかったわけではない。そう尋ねなければならないほど、心理的に参ってしまっただけである。


「さて……な。俺様がコーラリネットの近くで、幼い相棒を見つけたことは確かさ。だが、それ以前にどこで何をしていたかなんて、俺様は知らねえ。たしかに、相棒が地表の捨て場から、離れた位置に落ちていたのは不思議だし、実際、俺様もずいぶんとタフなやつだと、当時はそう思ったさ。あそこを俺様たちなしに動きまわるなんて、無謀以外の何物でもないからな。……だが、今となっては別の考えもある。そうだろ?」


 本人が能動的に移動を試みなくとも、強制的に転移させられてしまう、というケースはあるのだ。ちょうど、ニシーシのように。


「ここでも、飛ばし屋ジャンパーさまは大活躍ってわけね」

「仮説だけどな。……それに、あんまし気にするなよ、相棒。俺様たちの目的に、相棒の過去は何の関係もねえ。ペルミテースを見つけることと、出口の発見。それだけに集中しようぜ」

「そう……だな。お前の言うとおりだ」


 出口を見つけ、地表に出れば、この世界の物事とはおさらばできるのだ。自分が本当は何者であるかなぞ、それこそどうでもよいことだ。

 拳銃に触れ、持ち物をチェックする。

 もうひと踏んばりだ。

 そう思って立ちあがろうとしたとき、地面に薬莢が落ちていることに、コーザは気がついた。

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