第47話 帰還への決意

「つまり、どういうことだ?」


 当然の疑問をルーチカが口にする。


「部外者はお断りってところだろうな」


 コーザとしても、こたびの仕掛けを、完全に見切ったわけではない。

 だが、思うところはあった。イトロミカールを始点に、行動しているかどうかだ。

 そもそもの話をすれば、二重にじゅうマップは、仕組みの上でこそ科学の分野だが、現実的には個人差がある。切り替わりの有無が、それまでの行動に左右される以上、ある二人の人物が、ぴったりと同じ反応を示すという事例は、極めて少ないケースとなる。もちろん、そのギミックが、どのタイミングで働いているかを理解すれば、第三者であっても、再現することは容易だろうが、それもモンスターの出没する世界を思えば、解析が並大抵の話でないとわかるはずだ。実際、個人差があるという事実は、ニシーシが無事に、二番出口から戻って来られた点からも、理解がしやすい。仮に、同一の対応がされているのであれば、あのとき、ニシーシは継続的なアルファの住人に、その場でなれたことだろう。だが、現実は異なる。コーザと共にダンジョンへと復帰しながらも、ニシーシだけは再び切り替わったのだ。

 そして、それと同様に、今回はコーザにだけ反応を示した。コーラリネットからここまで、道順をともにしているニシーシが、隣にいるにもかかわらず、単独でコーザに仕掛けが働いたのである。

 なれば、きっかけとなる行動は、それよりも前のもの。

 コーザにしてみれば、コーラリネットでの活動であり、ニシーシからすればイトロミカールでのそれだ。


(不幸中の幸い……か)


 タオンシャーネからの仲介人が、平然とこの場所を通れるのだから、おそらくはイトロミカール周辺をベースに、生活しているかどうかというのが、このポイントを分ける。

 つまり、仮に今、自分がどこかのセーフティへと向かい、そこから再び戻って来られるならば、それはこの二重にじゅうマップを突破するうえで、目覚ましい方法となるであろう。切り替えのタイミングが一発でわかるとは、とても運がいい。

 それだけではない!

 加えて、コーラリネットからイトロミカールへの道筋は、すでに覚えてある。おまけに、ここからコーラリネットまでの手順も、偶然ながらニシーシが発見しているのだ。

 まだ、道は絶たれていない。

 ほっとするように長く息を吐き、コーザはニシーシへと向きなおる。


「すまない、ニシーシ。怖い思いをいっぱいしたんだから、忘れてしまいたいだろうが、今だけはうちに力を貸してくれ。どんな些細なことでもいい! お前は、どうやってコーラリネットに行ったんだ?」

「……」

「わかっている。思い出したくもないことは、百も承知だ!」


 そう言って、コーザは頭をさげるが、なおもニシーシは何も答えようとしなかった。

 その姿をコーザが責めるように睨みつければ、再びチャールティン・・・・・・・が力なく首を横に振った。

 口にせずともわかる。それは言外に次のことを示しているのだ。

 言いたくないのではない。そもそも答えることができないのだ、と。

 だが、どうして?

 自発的に来ているのであれば、全く何の手がかりも覚えていないことなぞ、まずありえないだろう。能動的に歩いていれば、思いあたる節がなければおかしい。では、それがもしも積極的にやって来たのではなく、言葉どおりに、本当の迷い子なのだとしたら?

 浮かんだ単語を、そうではないと願いながら、コーザは目を泳がせながらつぶやいていた。


「まさか……飛ばし屋ジャンパーなのか?」


 Sランク。

 自分自身と対象とを、強制的に転移させるという、規格外の能力を有するモンスターだ。その者を前にしては、逃走も戦闘も許されてはいない。正真正銘の怪物である。

 下唇を噛みながら、小さくうなずくニシーシの態度に、コーザは正体を確信せざるをえなかった。

 その日、ニシーシがセーフティを戯れに出ていったとき、不幸にもダンジョン内で、飛ばし屋ジャンパーに出会ってしまったのだ。そうして、コーラリネットの近辺にまでワープさせられた。生産系のスキルしか持たないニシーシが、有人のセーフティを自力で発見できたのは、本当に運がよかったとしか言えない。


「いや……。それなら、仕方ないさ。お前が……無事だっただけでも、奇跡に近いだろう」


 弱々しく、コーザはそう口にせざるをえなかった。

 だが、同時にそれは、コーラリネットへの順当な帰還が、絶望的になったことを意味している。

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