第46話 そう。決して利することはないのだ。
チャールティンが戯れにほほ笑みながら、ニシーシに顔を向ける。
「あら、いけない! わたくしとしたことが、肝心な試し斬りをしていませんでしたの。ニシーシ? ちょっと、そこのコーザで確認してごらんなさい」
「おい、バカ。やめろ!」
短剣を鞘から抜きそうになる姿を見て、コーザが大慌てで制止すれば、おどけたようにニシーシはぺろりと舌を出す。どうやら、ニシーシなりに、コーザにじゃれついただけのようだった。
(チャールティンといい、こいつといい……洒落にならん)
おまけに、ニシーシにいたっては命知らずの行動力で、コーラリネットに迷いこんだという、否定しがたい実績があるのだ。一度覚悟を決めたらば、本当にやりかねない。コーザは背中に冷や汗を流しながら、ひきつったような笑みを浮かべた。
ほどなくして、四人組はセーフティの外へと出ていく。
前方を軽快に歩くニシーシの後ろから、コーザがついていく形である。その隣へと向かって、ふわふわと飛んで来たチャールティンが、おもむろに口を開いた。
「右に行けばエネルギー装置がありますの。一応、あなたには伝えておきますわ。使わないでしょうけれど」
「お、おう……」
そのとおりである。使うことなぞ未来永劫ないであろう。なぜ、そんな奇妙なものの場所を教えて来るのか、コーザにはまるでわからなかった。真意を推し量るように、コーザはチャールティンに視線を向けるが、まもなくニシーシの姿が、通路の先に消えてしまったので、その話を頭の隅に追いやると、急いであとを追う。
ニシーシに釣られ、コーザも同じようにして左に曲がったとき、にわかに愕然とした。目の前が壁だったからである。
後ろを振り返り、いるはずのないニシーシの姿を探してみたが、結果は当然の内容であった。目をいくらこすってみても、鼻先の事実が覆るわけではない。心なしか、呼吸が荒く、短くなって来ているような気にさえなった。
気持ちが悪い。
感情とは反対に、冷静な理性が状況を飲みこめば、いやがおうでもわかる事態に対し、思わずコーザは口元を手で覆っていた。
「ニシーシ……。ニシーシ! すまないが、戻って来てくれ……」
吐きそうになりながらも、どうにかして壁の向こうへと叫ぶ。ほどなくして、不安げな様子で帰って来たニシーシへ、コーザは矢継ぎ早に質問をしていた。
「うちの体はどうなっている?」
「……?」
問うていることの正体がわからないのか、ニシーシは呆然と目を丸くしたままだ。だが、代わりにチャールティンが、ゆっくりと確実な動きで首を横に振った。
「残念ですが、ずれていますの」
コーザはためらいもなく、頭を抱えた。
よく見れば、ニシーシの体からはすでにラグが消えている。イトロミカールに戻って来る過程で、元の状態に戻ったのだろう。
一方の自分はどうか?
セーフティにいたときから、ベータに切り替わっていたのだとすれば、さすがに住人のだれかしらが、異変に気がついていたはずだ。無論、ひょっとすると、イトロミカールには
だが、そうではない。
ならば、ベータに移ったのは直前の出来事。
そう思って通路を駆け足で戻れば、はたして体のずれは消えた。
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