第39話 妖精の瞳

 大人に混じって、幾人かの子供も見える。そのうちの大部分が、目を閉じ、手を複雑に組みあわせていたが、一人の子供は信心深くないようで、おそるおそるといった様子で、瞼をくり返し開いていた。やがては、隣に座る親へと向かい、小声で話しかけたようだったが、残念なことに、その場を乱さないようにという、配慮の甲斐はなかった。周囲は静寂に包まれており、ために話し声はコーザのところにまで、難なく聞こえて来ていたからだ。


「ねえ、本当に妖精なんているの? ぼく、全然見えないんだけれど」

「大丈夫。私だけじゃなく、だれだって昔は、あなたと同じような不安を抱えていたよ。それでも、みんなが見えるようになった。だから、あなたも必ず、まもなく見えるようになる」


 妖精の存在を心から信じるならば、そのぶんだけ世界の見え方が、相手と似通っているということだ。互いに波長が合いやすいのだから、本来は知覚できないものを、感じられたとしてもおかしくはない。さしずめ、霊感のようなものだと言ってしまえば、話が早いだろうか。瞳の有無にかかわらず、妖精側はいつでも、好きなときに人間の声を聞けるのだから、その点から考えてみても、幽霊の比喩は的確であろう。

 コーザはえらく動揺していた。ニシーシの話から、イトロミカールの住人全員が、妖精の瞳を持っていることは知っていたが、それは何らかの特別な方法によって、無理やりに獲得しているのだろうと、そのように考えていたからである。

 見えなければ、ないのと一緒。

 それを信条とするコーザにしてみれば、まさか、ただ信じるという行為に、それほどまでの秘められたパワーがあるとは、到底すぐには納得できなかったのだ。

 そんな困惑するコーザを見るにつき、ルーチカは意地悪そうな笑みを浮かべて、相棒を小馬鹿にする。


「だ~から、前に言っただろうが。『俺様の姿が見えねえのは、そいつはお前が認めようとしてねえからだ』、って」

「なるほどな……って、待てコラ。台詞からして、それはうちが妖精の瞳をもらう前だろう? 当時、相棒の声は聞こえねえんだ、言っても意味ねえじゃねえか」

「……ああ、それもそうだな。わりい、わりい」


 冗談を言いあう二人であったが、コーザはほかにも思うところがあるようで、その様子はどこか上の空にも見えた。


(……そうだとすると、ムッチョーダにも一人だけ、とびぬけて敬虔なやつがいる。おそらくはミージヒトの野郎についても、妖精の瞳を持っているってことじゃねえか。……クソ、知っていたら、もう少しミージヒトとも話をしたってのに)


 だが、今となっては後の祭りであろう。コーラリネットに戻るつもりはないのだ。ミージヒトとは二度と会うことがない。

 無駄なことだとはわかっているが、コーザは二大巨頭のことを、ぼんやりと頭に思い浮かべながら、ニシーシについて歩くのだった。

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