第28話 こういう連中がコーラリネットの支配者さ。

 氷結を見た際、コーザは危うく噴きだしそうになった。相棒となる妖精が、驚くべきことに三体もいたからである。

 一人の人間が、妖精を複数も抱えることがありうるのかと、そう問うようにして、コーザがルーチカに視線を送れば、本人もひきつったような笑みを浮かべながら、小さくうなずきを返して来る。あるにはあるが、さすがに、三体は異常な事態ということなのだろう。

 氷結の腰あたりで控えていた二体が、退屈そうに口を開く。相棒とコミュニケーションが取れないのは、パートナーたる氷結が、妖精の瞳を持たないからに違いない。


「あら、コーザが来たのかしら。……おや、前から見えていましたかしら?」

「生意気ですわね。新しく目を持ったんでしょうね。死ねばいいのに」

「お前ら……うるさい。ひょうさんの声が……聞こえねえだろうが」


 それはちょうど、呼ばれることの決してない自分の名が、氷結の口から発されるのを、今か今かと、待ち望んでいるかのようでさえあった。


「年上のアイシーさんに怒られちゃったかしら。もうそういう年なのかしら?」

「古参だからって、調子に乗っているんですわね。死ねばいいのに」


 その発言から、お喋りなほうの二体は、初めから相棒だったわけでないことがわかる。思えば、初期の氷結は、たしかレベルが八だったのではなかったか? いきなり、レベルが倍以上(十八)になったので、当時はムッチョーダのほうでも、大層な話題になっていたのだが……なるほど、その理由は、新しく二体の妖精を、抱えるようになったからだったのか。


(――にしても、口がわりいな……。妖精ってやつらは、どいつもこうなのか?)


 危うくチャールティンに対し、視線を落とすところだったが、それよりも先に、本人の目配せを頬に感じたので、からくもコーザは回避することに成功する。

 煙草を吸いながら近づいて来た氷結に、こちらが手をあげて挨拶をすれば、向こうは代わりに、コーザへとめがけて煙を吐きだした。紛れもなく、煙草は嗜好品だ。そんなものを、地表と交換する余裕があるならば、もっとほかの住人に食料を分けてやれと、柄にもなくコーザは少しむっとする。無論、自分だって夢のため、他人の獲物を横取りしていたのだから、本当はおあいこのはずだ。あるいは、未踏破領域で生活しているぶんだけ、氷結のほうが、コーザよりも親切だとも考えられたが、さすがにそれは言いすぎだろう。なにも、氷結は善意でここにいるわけじゃない。

 そんなコーザの反応を楽しむかのように、やおら氷結は口を開いた。


「よう、名無し・・・


 ダンジョンの住人にとって、名前が重要であることはすでに見ている。その文化は、ある種のアイデンティティーとして、機能しているものだった。とりもなおさず、地表の住人たちと、自分たちとは相いれない違うものであると、そのように区別する働きだ。

 したがって、名前が大事である以上、正式な呼称ではないというのは、揶揄の対象にもなりうることだった。ちょうど、コーザという人命がそれにあたる。ただし、重ねて言えば、本来は地表とダンジョンとを、分けるためのアイデンティティーである。コーザに対し、そんな小さな嫌がらせをして来るのは、意地悪な者に限った話であったが、残念なことに、眼前の氷結はそういう部類の人間だった。情報屋が暗に暇つぶしと言っていたのも、憂さ晴らしという表現のほうが正確だろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る