第2章 氷結および未踏破領域 イトロミカールへの道

第27話 未踏破領域(1章の振り返りを含む)

 未踏破領域を歩くコーザの夢は、地下の世界から脱出することだ。現在では、出口の捜索もかねて、ペルミテースという待ち人を探している。そんなコーザの顔近くで、やかましそうに浮いているのは、相棒となるルーチカだ。その態様から見て、人ではないとすぐにわかるだろうが、無論そのとおり。ルーチカは人間ではなく、妖精である。同じく妖精で、やや過保護のきらいを隠せていないのが、生産系のスキルを持つチャールティンだ。相棒は子供のニシーシで、ペルミテースを探しているコーザの、案内人でもある。

 彼らが向かっていたのは、氷結を長とするギルドであり、目的はワープゲートの使用にあった。どこへ向かえば、自分たちのゴールにたどり着くのか、それは不明であったが、少なくともコーラリネット一帯から、外へと出なければ、イトロミカールまでの道は現れない。

 初めのうちこそ、未踏破領域に対し、警戒心を隠せないでいたニシーシも、やがては慣れはじめると楽しむようになり、しまいには飽きだしたようで、今となってはひどく詰まらなそうにしていた。それを見るにつき、コーザも退屈を紛らわせようと口を開く。


「ムッチョーダについては、まだ話していなかったな」

「ええ、そうですね。……人の名前ですか?」

「正解だが……扱いはどちからというと、氷結と同じだな」


 ギルドの名前もかねているということである。話の骨子を、いまいち理解できなかったニシーシに対し、かいがいしくチャールティンが、隣で説明を補っていく。その様子に、どこか嬉々としたものを感じたコーザは、思わず二人から目をそらしていた。


(……。これ、もしもニシーシが、妖精の瞳を持っていなかったら、いったいどうなっていたんだ?)


 狂いに狂ったチャールティンが、暴走しはじめるのではないかと、下世話なことを考えたコーザだったが、頭を横に振って雑念を払う。そんな仮定を重ねてみたところで、何の役にも立たないだろう。咳ばらいを一つして、ムッチョーダの説明をつづける。

 曰く、コーラリネットより南方を、根城にしているギルドだ、と。

 二大巨頭となるムッチョーダとミージヒトとは、共にレベル十を数え、ここに氷結をいれた三名が、コーザの知りうる至強のメンバーとなる。

 ムッチョーダ側にも、くだんのワープゲートはあるとされるが、不確かな情報のうえ、コーザは氷結とそれなりに付き合いがある。先方にとってのコーザは、氷結に与する者にほかならない以上、この情勢下で訪れるというのは、無謀と呼ばざるをえないだろう。唯一の利点は、かつてムッチョーダ側には、よそから人が訪れたらしいという、うわさがあることだったが、それもどれだけコーザたちの益になるのかは、全くもって不明である。


「これで、あっちがイトロミカールへの近道だったら、とんだ笑い話だぜ」


 冗談めかして話すコーザに、ニシーシは苦笑いを返すしかないが、ワープゲートがどこへつづいているのかは、だれにもわからないのだ。ゆえに、それは、確率や運が支配する範疇でしかない。行き先が不明なのは、試みに向かって戻って来るような人間が、一人としていなかったからであるが、それも当然だろう。帰りのルートなぞ、初めから保証されていない。常に片道切符なのが、ワープゲートという存在である。


「そのお二人は競いあっているんですよね? どのようなものを巡っての争いなんですか?」

「セーフティ周辺の支配権じゃないか? うちも詳しくは知らねえが……」

「えっ、そんなもの、どっちでもかまわないんじゃありませんか?」


 純粋なニシーシならではの発言なのだろうが、それはコーザの内心をひどく動揺させた。気難しい氷結のご機嫌を取ることもまた、ワープゲートを使わせてもらううえで、重要な仕事だったからだ。


(間違っても、本人の前ではそんなことを言ってくれるなよ……)


「関係、大アリだ。バカ野郎」


 為政者が異なれば、おのずと配分も異なる。利己的なメンツの揃ったギルドとはいえ、することなすことの全部が全部、自由奔放というわけではない。それが強者の務めと言わんばかりに、食っていけない一般人への給養も、戯れにはしているのである。もちろん、それは例外中の例外とも呼ぶべき、僅少な頻度であったが、皆無であることに比べれば、救済される側にとっては大きな違いであろう。

 もっとも、では実際に氷結とムッチョーダとでは、どちらがより人のためになるのかと、そう問われたならば、彼らに同調するコーザといえども、閉口して黙りこむしかなくなる。それらにおいて差があるのは、回数なぞではなく、提供される中身のほうだったからだ。


「そうなんですか。すみません、誤解していました」


 コーザの説明を聞いて、素早く意見を翻すニシーシであったが、その相棒であるチャールティンの表情は、見るからにうさん臭いと言いたげだ。どうせ、コーザが話を大げさにしているだけであろうと、そう考えているに違いない。

 ようやくと言うべきなのだろう。着実に前へと進んで来た二人の目に、遠くにいる氷結の配下が映った。それを見るにつき、やおら独り言ちるようにしてコーザはつぶやく。


「あれらが、ここの実質的な支配者たちだ」


 真の王であるモンスターでこそないものの、コーラリネットで暮らす者はみな、ギルドの勢力と無縁ではいられない。コーザの表現は、少し大げさな部分もあったが、あながち間違いでもないのだろう。

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