第12話 そっちの相棒はずいぶんと用心深い。

 どこに隠れていたのか、ニシーシのうなじあたりから現れた妖精が、コーザの意見をぴしゃりと否定した。それは、オレンジと黄緑とが、複雑に混じったような色合いで、全体的にルーチカよりも洒落ている。コーザの視線から、言わんとすることを察したルーチカは、怒ったようにぶんぶんと腕を振りまわすが、妖精の手は人間に触れない。逆もしかりだ。虚しく空回りするルーチカをよそに、コーザはニシーシの相棒に視線を戻した。


「チャールティン?」

「え、ええ……。僕の相棒です。名前はイトロミカールのマ――」

「それはもういい」


 コーザが話の腰を折れば、一瞬不服そうにニシーシは顔を歪めたが、やがては短く「チャールティン」とだけつぶやく。


「……それで、例外っていうのはどうしてわかる?」


 コーザが重ねて問いかけると、予想に反し、チャールティンの反応はずいぶんそっけない。


「話せませんわ。ニシーシの許可がないと」


 妖精との関係は、主人と配下とのそれではないはずだ。そのことを確かめるように、コーザがルーチカに視線を落とせば、わからないと言わんばかりに、不必要に何度も肩をすくめている。


「俺様もないとは言いきれねえが……ふつうは違うだろ」


(それに、今しがたニシーシは、チャールティンを相棒と紹介していたはず……。チャールティンのほうが、一方的に好んで傅いているってことか?)


 訝しむようにコーザがチャールティンを見れば、あろうことかニシーシも、同様の視線を向けているではないか。


「ど、どうしたんだよ、チャールティン。いつもはそんな、許可だなんて物騒なものを、求めないじゃないか」


(あん? ――ったく、どうなっているんだよ、いったい)


「わたくしはただ、ニシーシの安全を心配しているだけですの」


 まるで理解できない。自分もニシーシに危険が及ばないよう、気を配っているつもりだ。それとも、コーザが裏切ることを、心配しているとでも言いたいのか。


「昨日も言ったが、うちは本当に、コーラリネットから出るつもりでいる。ペルミテースを探したいからだ。そいつはどこにいるのかもわからないが、幸いにもニシーシには心当たりがあると聞く。それならば一緒に行こうと、そうなるのは当然だろう?」

「その話でしたら、知っていますの。わたくしも聞いておりましたから。そして、それはニシーシの安全を、保証するものではありませんの。ニシーシの話に、あなたが合わせただけかもしれませんから」


(クソっ……めんどくせえな。本当にうちがこんなことしてまで、連れて行かなきゃいけねえっていうのか?)


 無論だ。

 ニシーシがペルミテースについての、心当たりがあることを確かめたのは、ほかでもなくコーザ自身である。そこに嘘はない。そして、どこにイトロミカールがあるのかを、知っているのもニシーシだけだ。ペルミテースを探しているコーザに、ニシーシを連れて行かないなぞという、選択肢は存在しない。


「ペルミテースの話は、うちが適当にあいづちを打っただけってか? ……勘弁しろよ。うちが最初に名前を言いだしたんだぞ」


 堂々巡りになりそうな窮地を救ったのは、思いもよらないことにルーチカであった。


あの方・・・に会った。だから、ペルミテースを探している」


 沈黙。

 射るようなチャールティンの視線が、容赦なくルーチカへと向けられる。真偽を量ろうとしていたようだが、やがては小さくうなずいた。それは信じたというよりかは、決断を留保するような肯定であった。


「……そうですか。では、信用しましょう」


 ずいぶんとあっさり解決したことに、思わずコーザは頭を抱えた。


(――ったく、マジでどうなっていやがるんだ。あの方っていうのは、妖精王のことか?)


「気を落とすなよ、相棒。俺様たちにとって、あの方は特別だ。どうしてそうなのかは俺様にも、そしてチャールティンにも、説明できないだろうがな」

「そうかい……。もう、どうでもよくなって来ちまっているが、妖精の瞳を持っていないのが、ふつうだって考える根拠を、一応は聞いておこうか」

「それは後回しでもよろしくて? 見たところ、あなたの旅支度は、まだおわっていないと思いますの。だったら、食料の確保が先ですわ」

「さいでっか……。ちょうど向かっているところですよ」


 出鼻をくじかれる形となったコーザは、やおらため息をつきながら、後頭部を無造作にかきむしるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る