第11話 ニシーシ

 翌朝、糧食を手にいれるべく、二人は交換所へと向かっていた。


「自己紹介が遅れました。僕はイトロミカールの、マーマタロのニシーシになります」

「そうか……。うちはコーザ。ただのコーザだ」


 ニシーシの訝しむような視線を受け、コーザはつづけて言葉を重ねた。


「あいにくと、正式につけられた名前じゃない。だから、ただのコーザだ」

「そう……ですか。それはお気の毒に」


 ダンジョンで暮らす者にとって、名前がとても重要であることは、コーザといえども知っていた。だが、自分がその文化を共有していないためか、正直なところあまり実感は湧いていない。

 コーザは捨て子である。

 両親はおらず、物心がついたときには、すでにダンジョンで生活していた。それゆえに、きちんとした名を持ってはいなかった。たまたま、コーラリネットの近くにいたので、それを文字ってコーザとした。ゆえに、コーザはニシーシのような習慣を持たない。名前に先んじて、セーフティの呼称を言うことはないのだ。

 コーザの後ろを歩くニシーシは、どこか心配そうだ。特段、不安を与える言動はしていないはずだと、コーザは少しだけ不満を抱く。ひょっとすると、ニシーシは、警戒心が人一倍強いのかもしれないが、そうだとすると、昨日のもめごとを説明するのは難しくなる。警戒心が強いのならば、わざわざ自分から進んで、もめごとを起こすような真似をしないだろう。


「そちらの妖精はなんという名前ですか?」


 歩きながら、やおらニシーシが尋ねて来る。

 さて、なんと答えたものか。

 まず、見えることを明らかにしたほうがよいのか。

 ニシーシの問いかけに対し、思わずコーザは立ち止まって考える。


「俺様はルーチカ」

「……」


 遅れて、コーザも自分を納得させるように、嘘をつくだけ損だと思いなおす。だが、今までもこうして、妖精の瞳を持つ相手に対しては、ルーチカが積極的に話していたかと思うと、少しぞっとする。いったい、自分のどんな情報が漏れているのか、わかったものじゃない。


「おい、ルーチカ。お前、過去にも自分から余計なことを、言いだしてはいないだろうな?」

「あんま心配すんなよ、相棒。はっきりと見えるやつにあったのは、俺様もこれが初めてだ」


(……それって、少しだけ見えるようなやつとなら、会話したことがあるって意味じゃないのか?)


 そのやり取りに割って入ったのは、驚いたように目を丸くしたニシーシである。


「えっ? 初めてって……見えるのが当たり前じゃないんですか?」

「……」


 思わず、コーザとルーチカとは顔を見合わせた。


「ふつうは見えねえもんだと思うが……実際のところはうちにもわかんねえな。コーラリネットのほうが、あるいはおかしいのかもしれねえし……」


 ニシーシがさらなる発言をしようとすると、それより早くに小生意気な声が辺りに響く。それはまるで、これ以上は、ニシーシに口を開いてほしくないかのような、そんなタイミングであった。


「コーラリネットが、特別ということはないのでしょうね。ここに来てはっきりとしましたの。イトロミカールのほうが例外ですわ」

「チャールティン!」


 慌てたようにニシーシが叫んだ。

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