第7話 詩織、指名手配犯を自首させる
「社長さん今日は色々案内して貰って沢山ご馳走になりました本当に有難うございました」
「なんのなんの俺も楽しかったよ。無理やり引き留めて、こちらこそ申し訳ない」
「いいえ本当にお世話になりました。……処であの髭を蓄えた方はこちらにいつ頃から働いているんですか」
「ああ吉田の事かい。そうだな、かれこれ今年で四年目になるか真面目で仕事は休まないし。うん? あの吉田がどうかしたのかな」
「ちょっとお世話になって言いにくいのですが、ある人物に似て居まして」
「刑事さん、よしてくださいよ。うちの連中多少気は荒いがいい奴ばかりですよ」
「気持ちは分かりますが、しかしこれを見てください」
詩織はアプリを開き指名手配犯の中から荒岩の写真を見せた。
𠮷岡は絶句した。髭を付けて多少顏は変わっているが確かに吉田(荒岩)であった。年齢は現在四十二歳、履歴書に書かれた年齢とは多少違うが間違いない。吉岡の顏が青ざめて行く。
「私は旅行中の身、だからと言って警察官として見過ごす訳には行きません。社長さんの所で事を改めたくもありません。出来れば彼に出頭するように説得してくれませんか、それが出来なければ近くの警察署に連絡しなければなりません」
「うーんどうしたものか……」
「気持ちは分かります。可愛い従業員を裏切るような気持ちも分かります。しかし彼がこれからも逃亡生活を続け、また罪を犯したら懲役十五年以上になるでしょう。もし出頭し上手く行けば十年以下で済むかも知れません。幸いいま自首すれば指名手配犯としては軽い方です。まだやり直せる年齢で彼の為にそれが一番です」
𠮷岡は観念し帰りがけた吉田に声を掛けた。プレハブの事務所に連れて行く。詩織は事務所の外で張り付くように二人の会話を聞く。
「荒岩、唐突に聞くが五年前何があった」
すると吉田(荒岩)は立ち上がろうとした。気配を感じた詩織は事務所に踏み込もうとするが。
「まてよ吉田、いや本名荒岩だろう。もう身元がバレているんだ。もう逃げるのは止めにしょうや。あの刑事さんはいい人だ。お前に自首を進めてくれた。俺だってお前が可愛い、出来ればいつまでも働いてもらいたい。しかし事が発覚した以上それも出来ない。いい弁護士をつけてやる。頼むから逃亡生活は止めて自首してくれ」
「そうですか、バレてしまったんですね。いつかはこう云う日が来ると思っていました」
荒岩は下を向いたまま考え込んでいる。ここで強引に飛び出し逃げる事も考えた。しかしこれまでの逃亡生活がいかに苦しかったか、そしてこの土木事務所に拾われた。これまでの逃亡生活が嘘のように心が満たされ、社長や同僚もなんの疑いもなく受け入れてくれた。
「お前は良く働いてくれた四年か……そりゃあ俺だって情が湧く。いい奴だという事も分かっている」
「俺も同じです。社長は優しいしつい甘えて長い居してしまいしまた。俺が逃亡すれば社長にも皆にも迷惑がかかるし」
荒岩は楽しかった日々、自分が罪を犯した事も忘れかけていたが、やはり何時かはこうなる。もはや逃げてどうなるものでもなく逃げおおせる訳もない。
「……とうとうその時が来たんですね。あの刑事は最初から俺を追って来たんですかね」
「とんでもないまったくの偶然だ、俺も昨日揉め事があってあの刑事さんと出会ったんだ。間違いなく旅行の途中だった。まぁこれが運命の巡り合わせというのかな。心配するな、優秀な弁護士を付けてやる。あの刑事さんの話だと長くて十年、早ければ七年勤めれば出られるそうだ。もし逃亡すれば最低十五年以上。そうなればお前の人生終わってしまうぞ。なぁに出てきたらまた俺の所に来い。待っていてやる」
「社長……オレ嬉しいです。こんな社長に雇われて逃亡したら社長や奥さん、それにみんなに迷惑かける、自首させてくれるならそれに従います」
「良く言ってくれた。お前は罪を犯したが根はいい奴だ。俺が法廷に立ったらお前の人柄を称えてやるよ」
なんか下手な刑事より説得力があった。外で聞いていた詩織は胸を撫でおろした。逃亡しかけて自分が犯人を取り押さえたら、吉岡にしても詩織としても気分の良いものではなかった筈だ。吉岡に感謝したいくらいだ。事務所の中から詩織に声が掛かった。中に入って行くと荒岩(吉田)は詩織に頭を下げて手を差し出した。手錠を掛けろという意味だろう。自主する者に手錠は掛けないし、手錠なども持っていない。詩織は荒岩にコクリと分かったという風に頷く。そして吉岡に深く頭を下げた。荒岩と吉岡を詩織の車に乗せて富良野の警察署に向かった。
つづく
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