第8話 シマ(署の管内)荒らしと勘違いされた詩織

 時刻は夜の七時、詩織は警察署の受け付けで、小声で告げる。

 驚いた受付係は内線電話を入れた。慌てて飛んで来たのは署長と数人の署員。詩織はスマホをかざし指名手配犯の荒岩の写真を見せた。すぐさま奥に通された。

「お騒がせしてすみません。彼が自首したいというので連れて来ました。それと隣に居る方は荒岩の雇い主で社長さんの吉岡さん。その吉岡さんが熱心に自首を進めてくれて出頭した次第です。よほど社員の面倒見がよく信頼関係があったからこそ荒岩は社長さんに迷惑を掛けられないと自首するに気になったようです」


「……はぁそれはどうもご苦労さまです。処で貴女とはどんな関係で?」

「私は旅の途中で、偶然吉岡さんと合い意気投合しましてね。と言っても不審人物にしか見えませんよね。私こう言う者です」

 偶然とは言ったが吉岡を叩きつけコンクリートに顏を擦り付けた事は省いた。

 詩織は関係者では通らないと悟り名乗る事にした。名刺を見た署長は名刺と詩織を見比べて語った。

「なんと東京の刑事さんがどうして犯人を追ってわざわざ富良野まで来たのですか」

「とんでもありません。私は休暇を取って旅行に来ただけで偶然このような結果になった次第です」


「偶然ねぇ……ずいぶんと偶然が多いようですなぁ」

 まだ疑っているようだ。確かに疑われても仕方ないが納得してもらうには恥を言わなければならない。

 その後、荒岩は取調室へ社長で雇い主の吉岡は明日改めて事情聴取するということで帰るらしい。既に手配してあったのか吉岡の奥さんが向かいに来ていた。詩織は署に少し失礼して外に出て、真っ先に吉岡の妻に駆け寄り深く頭を下げた。あれだけ歓迎してもらったのに理由はともあれ裏切り行為である。すべて承知している吉岡は家内には後で詳しく説明するから署に戻ってと言われた。それでも辛い思いをさせた吉岡と妻に何度も深く頭を下げた詩織は署に戻る。


 まったく所轄の違う刑事が指名手配犯を連れて来た。縄張り争いの厳しい警察はよそ者が所轄内で我がもの顏で捜査されては面白くない。詩織は偶然と言ってもなかなか信用してくれなかった。仕方なく署長に恥を忍んで本当の事を打ち明けた。本当は言いたくなかったが仕方がない。交際相手を殴り怪我を負わせ謹慎処分を喰らったこと。署長の温情で旅をする事が出来たこと。固い表情の署長も笑いだした。


 すると署長の耳に囁いた者がいる。署長は詩織を改めて見つめ驚く。この警察署はすぐさま詩織の身元を再確認させたのだろう。間違いなく池袋の刑事であり経歴を調べたのだ。

「坂本さんあんたは過去に二度も指名手配犯を逮捕したんだって、今回で三度目ということか驚いたね」

「いいえ全て偶然です」

「そんな偶然が三度も続くものか。それともあんたは犯人を引き付ける力を持っているのか」

[そりゃあ三度目になりますが、今回は本当に偶然なんですよ。決してこちらのシマを荒らしに来たわけじゃありません。恥を忍んで謹慎処分の事を言ったじゃないですか。信じて下さいよ]


「分かった、分かりましたよ。レンタカーも借りているようだし旅行の途中なのですよね」

「あの~今回の事はうちの署にも報告するんですか」

「当然でしょう。指名手配犯を捕まえたから報告するのは当然だ。それとも困ることでも」

「ハイ困ります。謹慎中の身でうちの署内に知れ渡ったら大変な事に、それにうちの署長の温情が公になれば署長も厳重注意処分になりかねません」

「なんで手柄を立てて怯えているのか。ハッハハ分かった池袋の署長にだけ報告しておくよ。それならいいだろう。しかし手柄はこちらで頂くが」

「もちろんです。ですから穏便にお願いします」

「分かった分かった。面白い刑事もいるものだ。坂本詩織さんね名前は忘れず覚えておくよ。せっかくの休暇だ、いい旅を続けてくれ」


つづく

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