第4話  女刑事は強すぎた。

「女だと思って油断したようね。あなた隙だらけよ。だからこうなるの、分かった」

ねじ伏せられた男は声も出ない。いや信じられないと思っているだろう。この俺が女ごときにやられるとは思いもしないことだろう。さてこの後どうしたものか殴られた訳でもないし口論した相手は怪我もしていない。出来ればこの辺で幕引きをして旅を続けたい詩織だが、ねじ伏せられた男は俺が悪かったという筈もない。かと言ってもう一度仕掛けても勝てるかどうか分からない。この女、空手か柔道の有段者なのだろうか。なにしろ怖さを知らない。相当自信があるからだろうか。男のメンツもあるだろうし力で捻じ伏せては丸く収まらない、どう収めて良い物か。


本来なら警察手帳を見せれば良いのだが非番の時には掲載は許されない。その代わり個人的に名刺は作っても良い。勿論悪用したら罰せられるが特に刑事は聞き込みの際に名刺を使うことがある。「もし思い出しらこちらに連絡下さい」そんな風に使う。詩織は仕方なく奥の手を使うことにした。

「ねぇお兄さん、この辺で仲直りしない。旅の恥はなんとかって言うでしょう」

「……てめぇ、怖くなってきたのか。俺はてめぇを絶対に許さないからな」

「そう、それならどうしたいの」

「とにかくその手を離せ」

「離したら殴りかかってくるでしょう。その前に離して下さいじゃないの。あなたは頼む側なんだから立場はハッキリさせないとね」


なんともまた理屈が立ち女であった。男しては頼むから離して下さいではかっこ悪くて言える訳がない。言えば負けを認めるようなものだ。男は何も言えずアスファルトに頭を付けたままだ。

「素直じゃないのね。そんなにヤクザってメンツが大事なの」

「……なんで俺がヤクザなんだ」

「ヤクザじゃないの? じゃ何なの普通のサラリーマンじゃなさそうだけど」

「ふん、これでも俺は経営者だ。舐めんなよ」

「あらぁ凄いわ。しかし経営者なら常識を弁えているでしょ。それに取引先だってあるでしょう。あなたは取引先でもそんな態度で商売出来るの。仕方ないこの名刺をあげるから文句があったら何時でも会社(署)に訪ねてらっしゃい」

詩織は横に寝かされている顏の前に名刺を見せた。警視庁池袋北東警察署、捜査一課そんな事が書かれている。男は驚いて急に態度を変えた。名刺の威力は絶大であった。

「なっ! あんたは東京の刑事さんなのか……どうりで度胸はあるし強い訳だ」

「それでどうするの? 事を公けにするなら出る所に出てもいいわよ」

「分かった俺が悪かった。だからその手を放してくれ」


詩織は警戒しながらも解放してやった。だがいつ反撃してくるか分からない一定の距離を保って身構えている。脅かされた男も少しホッとしているように見える。

「刑事さん、もう分かったよ。先に殴りかかったのは悪かった。仲直りって訳じゃないが俺はこう言うものだ」

男は腕を差しりながら名刺を取り出した。その名刺には富良野土木工業株式会社、代表取締役 吉岡剛太郎と書かれてある。年の頃は五十歳少しといったところか。

「あら本当に社長さんなのね」

「職業柄、気の荒い連中を使っているから、いつの間にか気が荒くなってよ。それにガキの頃はチョイワルで、そいつらを束ねて居るうちに土建業を始めたってわけよ」

二人のやり取りを聞いていた喧嘩相手の男はどうしたものかとオロオロしている。それに気づいた詩織が男に声を掛けた。

「あっ、そうそうそちらの方、問題が解決したから気を付けて帰ってください」

「あっすみません。有難うございました。それではお言葉に甘えて失礼します」

そう言って運転席に乗り込むと隣に居た女性も頭をさげていた。詩織は軽く手を振った。男はホッした事だろう旅人の度胸ある女に救われた。いや女刑事だったとは驚きだ。まさに正義おまわりさんだった。

さてこれで一件落着、見事な大岡裁き、そうなる筈だった。ところが……


つづく


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る