第3話  これが坂本詩織の実力

 澄み切った青空、まさに五月晴れとも言える日に旅に出られてワクワク感を楽しむように坂本詩織は真っ白なキャリアバックを片手に家を出た。羽田空港に向かい一時間半後に千歳空港に到着、外に出るとまだ肌寒さと言うよりも東京に比べると一カ月も前の気温に戻ったような寒さだ。まだ今日泊まる宿は決めていない。この時期、北海道はGWが過ぎたばかりで人気のラベンダーもまだ咲いていない。そんな訳で観光シーズンでもなく比較的空いている。まずレンタカー会社に向かった。手続きは簡単に終わり中型のセダンを借りた。運転免許は警察学校で取得、今時、警察官が免許を持ってない方がおかしい。ただ事務職は特に必要としない。


 昔ならロードマップを広げる処だがカーナビで道案内は勿論、いろんな情報を取り込める。話には聞いていたが道は真っ直ぐの道が多い。特に道東方面は空いていて信号も少ない。すれ違う車は疎らだ。これではいくらでもスピードが出せると思ったら大間違い。取り締まりはないが最近はオービスという代物がある。つまり自動スピード測定器だ。高速道路は勿論だが一般道でもスピードが出せそうな場所に設置してある。オービスは速度に反応し録画をする。少しスピードを出し過ぎたと思ったら後の祭り二週間前後すると罰金振込用紙が送られてくる。詩織は警察官である言われなくても注意は怠らない。しかも謹慎中の身で交通違反でも起こしたら謹慎どころじゃなくなる。許可を出した署長まで連帯責任に問われる。


 車に乗ってから一時間少し走り夕張に着いた。夕張と云えば炭鉱、しかし今は炭鉱もなく夕張メロンが有名な土地柄だ。時期的に少し早いが夕張メロンを食べる事が出来た。北海道に来た気分に少しなれた気がする。学生時代仲間と来た富良野周辺に行って見ようと考えていた。ただラベンダーの咲く七月には早すぎるが、あのパッチワークの丘は富良野一体を見渡せる景色がある。途中食事をしながら走り続ける。そんな車の中で自分は一体何をしているのか同僚の刑事たちは毎日犯人を追って汗を流して働いているのにと申し訳ないような情けないような気がする。でも署長の温情に報える為にも新たな気分で復帰したいと思えばいい。いつまでも過去を引きずっていては警察官失格だ。


 まもなく富良野に入るそう思ったときに前方で何かが起きているようだ。

幹線道路ではないので滅多に車とすれ違う事もないが車が二台停まって二人が車の外で何か話し合っているようだ。接触事故でも起こしたのかと思い詩織はレンタカーを二台の車の後ろに停車させた。話し合いというより怒鳴り合いのようだ。

「この野郎、なんで急停車するんだ」

「急停車じゃない。目の前を鹿が通り抜けたので慌てて急ブレーキかけたんだ。あんたこそ車間距離を取っていれば問題なかっただろう。それなのにピッタリ後ろに着くのが悪いだろう。あんたこそ煽り運転じゃないか」

「五月蠅いバカヤロー、お前がノロノロ走っているからだ」

 どうやら事故ではなさそうだが、怒鳴っている方は怖そうなお兄さんだ。相手も必死に応戦している。助手席には女性が震えながら状況を見守っているようだ。その女性の連れはやや押され気味だ。停職処分の身だが警察官として知らん顏も出来ない。

「どうなさったのですか? 接触事故でも起こしたのですか」

「なんだおまえ! 関係ない奴はすっこんでろ」


 いきなり暴言だ。そうとう気が立っているだろうか顔が強張っている。

「関係なくても揉めてらっしゃるじゃないですか。ならもう少し穏やかに話したらどうです」

「五月蠅い! すっこんでろと言っただろう」

「そうは行きませんよ。何があったか知りませんが頭を冷やして穏やかに話してください」

 良く見ると腕に入れ墨をしている。身長は百八十センチ前後ありそうだ。見た感じ堅気ではないと感じた詩織はますますほって置けなくなった。

「てめぇ邪魔すんじゃないぞ。うんレンタカー? 女の一人旅か、いい気なもんだぜ。余計なことに首つっこんで後悔したくなかったら消えな」

「野良犬を追い払うようないい方ね。悪いけど私は犬じゃなく人間よ。せっかく仲裁に入ってやったのに八つ当たりは止めなさい」


 二人のやり取りを見ていた相手の男は呆気にとられている。男でも他人の揉め事には知らんふりするのに女の身で、しかも旅行者。よほどの変わり者か度胸がいいのかバカなのか、しかし助かったヤクザのような男に絡まれ下手をしたら殴られ金をゆすられていたかも知れない。そんな表情を浮かべている。怖い男は完全にキレたようだ。追い払おうとしても食い下がってくる、たとえ女でも許せなくなったのだろう。

「てめぇ女だと思って大目に見ていたが許さん。裸にしてひん剥いてやるぞ」

「まぁなんて破廉恥な言い方ね。それってセクハラよ。あんたこそ黙って聞いていれば数々の暴言、いまなら許してやるから謝りなさいよ」

 「バカかおまえ、調子に乗るんじゃないぞ」

 そう言ったかと思ったら男は殴りかかって来た。体は大きいが隙だらけだ。警察官は逮捕術を身につけている。逮捕術とは顎、胴、肩、ひじ、膝への攻撃や投げ技など、更に防御術の訓練もしている。少し腕力が強いだけでは通用しない。特に詩織は都の大会でも表彰されるほどの腕前だ。詩織は殴りかかって来た腕を交わし手首を掴み捻った。その動きは目にも止まらぬ早業だ。蛇が絡みつくように関節技を決め動けなくした。関節を決められては大の男でもどうにもならない。コンクリートに頭をこすりつけられた。本来なら公務執行妨害で手錠をかける処だが、現在は謹慎中の身、問題を大きくはしたくなかった。先程まで揉めていたもう一人の男は呆然としている。てっきり女性の方が殴り飛ばされ次は自分の番だと覚悟していたのに結果はまったく逆の状況だ。この女はいったい何者だろうか。


つづく

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