第2話 停職処分一ヶ月、署長の温情処分
「あの~ちょっとお話があるのですが……」
「なんだ? おまえから話とは穏やかではないな」
「実は私的な事で……」
「なんだ? モジモジしてお前らしくないぞ」
「それが人を殴って怪我を負わせてしまって」
「なに、被疑者を取り押さえる時の事か、まして抵抗したとあれば正当防衛で許される範囲じゃないか」
「それが交際相手でしって」
「なに? おまえでも人並みに恋愛するのか」
「まぁ一応年頃の女ですから」
それからこれまでの経過を話した。
「妻子ある相手だと。おまえ刑事だろう。家庭持ちと見抜けなかったのか。処でお前の職業は話してあるのか。でっ、相手は被害届を出したのか」
署長は矢継ぎ早に質問した。
「いいえ、公務員としか言っておりません。もう数日ほど過ぎましたが被害届は出されて居ないようです」
「まぁそうだろう。被害届を出せば妻にも浮気している事がバレるからな」
「申し訳ありません。反省しています。どのような処分が下されようとも甘んじて受けます」
「うむ殊勝であると言いたい処だが交際相手を殴るなんて、お前はいったい何を考えているんだ。警察官である事も忘れおって日頃、目を掛けてやっているのに俺の顏を潰すつもりか……まぁいい少し頭を冷やしてこい。本来は自宅謹慎だがお前みたいな狼は部屋に黙って檻に入れて置いたら何をしでかすか分からない……特別に許可してやる。何処が旅でも出て鋭気を養うか。それともいい機会だ、警部補の昇進試験の勉強でもするか好きにしろ」
正直に話したのが効を奏したのか予想外の温情処分となった。しかし事情はどうあれ一般人に怪我を負わせた事は問題ある。結局、停職処分一ヶ月を喰らった。警察官になって初めて不祥事である。もし相手が被害届を出していたら最悪懲戒免職処分になりかねなかった。署長にはこっぴどく怒鳴られた。怒鳴られるだけマシだ。署長には特別に可愛がられていた。それで大目に見てくれたのだろう。なぜ大目に見てくれたのか理由がある。
詩織は刑事になって二年、最初の一年目にして指名手配されている殺人犯見つけ逮捕した。更に二年目でもまたもや指名手配犯を逮捕して一躍注目を置かれる存在となった。詩織の特技は格闘技もさることながら記憶力が抜群で指名手配されている顏は殆ど頭に入っている。この二件は偶然も重なったこともあるが街をパトロールしてピンと来たというから凄い。
そんな訳で署長が期待しているからだ。署長の気遣いに感謝する。このことは署長以外誰も知らない。そこは署長の裁量でうまく纏めてくれるだろう。警察官になって旅行が出来るなんて夢のような停職処分となった。予定は五日間またはそれ以上。はっきりした日数は決めていない。つまり宛てのない旅である。残った時間は署長の言う通り昇進試験の勉強する時間に充てる予定だ。大卒出の詩織はキャリアではないが年齢的にも出世はしたい。何しろ一カ月は勤務に就くことは出来ない。現在詩織は二十七歳。身長百七十一センチ女性としては少し大きい方だろう。池袋北東警察署捜査一課、階級は巡査部長。警察学校を卒業して交番勤務を経て二年前に刑事課に配属された。もはや小娘でもないしシャイでもない、今回の失恋で一皮むけた。いい機会かも知れない。
つづく
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