めざせ新宿大迷宮


 七月中、僕たちは毎日のように迷宮へ潜り続けた。

 最初は推奨レベル30程度の迷宮でも危なっかしかったけれど、エキュメナが本気になった頃から一気に安定し、潜る場所の難易度を上げていけるようになった。

 タンクを担当する僕と回復ヒーラーのムルン、攻撃アタッカーのヨルムに加えて支援バッファーのエキュメナ。パーティのバランスは最高だ。

 相乗効果で、実力以上の強さを発揮できている。


 加えて、僕には〈解放者〉を使ったダンジョンコアの吸収がある。

 〈ネスター〉に見つからないよう控えめに使っていても十分な効果だ。

 難しいダンジョンであればあるほど、コア吸収時の経験値も増えた。

 僕のレベルは瞬く間に30を超え、わずか二週間で35にまで届く。

 ……異常な速度で身体能力が上がりすぎて、かなり感覚がズレるぐらいだ。

 

 身体能力はレベルごとに数%づつ上がっていく、って言われている。具体的にどういう上がり方をするかは本人の特徴に依存するから、大雑把な言い方になるけれど。

 今の僕はレベル35。仮にレベルごとに3%として、能力は+105%。二倍ちょいだ。

 でも、実際は違う。二倍どころじゃない違いが生まれる。


 このレベルによる身体能力の上昇は、100m走のタイムみたいな最終的な補正結果を指してるわけではなくて、体の色んな部位にそれぞれ効いてくる。

 つまり、「体が丈夫になる」とか「筋力が強くなる」とか「心肺が強くなる」とか「反応が早くなる」だとか……同時に色んな物が上昇して、掛け算で効いてくるってことだ。


 ある日、僕は風呂場で息を止めて潜ってみた。

 息苦しくなるよりも先に、潜り続けるのが面倒になってしまった。

 たぶんビルから飛び降りても死なないし、軽自動車くらいなら持ち上げられる。

 それぐらいぶっ飛び始めてる。


 試験まであと一週間。調子は最高だ。あとは、最後の仕上げをどうするか。


「そろそろ行けるかな? 推奨レベル50のダンジョン」


 探索者にとって、レベル50は一つの区切りだ。

 レベルが50を超えれば一人前だし、推奨レベル50のダンジョンに問題なく潜れるなら平凡なプロ探索者ぐらいの強さはある。

 安全に生計が立てられる領域だ。僕の両親と比べれば全然弱いけれど。


 編入試験に備える上で、このレベル50の区切りは突破しておきたい。

 レベルばかりが上がって経験を積んでいないハリボテじゃ、すぐに学園の教師に見透かされるだろうし。しっかり中身の実力を付けておきたいよな。


「とはいえ、推奨50となると中々良いのがないなあ……」

 

 僕はダンジョン協会のアプリ(CMが炎上して評価が☆2.7に下がった)で検索を掛けたけれど、良い場所がない。

 情報のほとんどない謎のダンジョンばかりだ。

 やっぱり整備された大迷宮を選ぶしかないか。リスクを取って格上に挑む以上、病院とかが整備されてる場所のほうが安全だしなあ。


「皆、ちょっと集まって。次のダンジョンなんだけど」


 食卓に集合し、話を切り出す。


「東京の新宿大迷宮に行こう」

「ぽこ?」

「東京!? やったー! あたしついでに原宿の服屋行きたーい!」

「遊びに行くんじゃないんだよ、エキュメナ……」

「服が足りないのか? なら、是非この格好いいTシャツを」


 ヨルムは胸を張った。クソダサドラゴンのプリントされたシャツだ。

 ……って、前に買ったやつと別のクソダサドラゴンだこれ。


「い、いやあ、やっぱ服は十分たくさん持ってたかなー」

「遠慮するな。このシリーズは二枚づつ買ってあるからな」


 シリーズ!? シリーズ化されるほど人気あるの!? 嘘でしょ!?


「いやでも、あたし背中に羽あるし? 改造しないと着れないし?」

「そうだろうと思って改造済みの品がある。受け取れ」


 Tシャツを押し付けられて、エキュメナの顔が引きつってる……。


「あ、ありがと?」

「着ないのか?」

「いや……」

「着てほしいんだが?」


 キラキラした瞳の圧力に負けて、ついにエキュメナはTシャツを被った。


「似合っているぞ」

「似合いたくないぃ……」


 普段は露出が多い服を着てドヤ顔してるメスガキが、借りてきた猫みたいにおとなしくなった。

 これだけ大人しくなるんなら、こいつのタンス全部クソダサTシャツで置き換えてやろうかな……。


「悪寒がするっ!? なんか変なこと考えてない!?」

「いや。話を戻すよ。明日、東京の新宿大迷宮に行こうと思う。”日本で一番稼いでる迷宮”なんて言われてる、最大規模のダンジョンだ」

「へー? いくらぐらい稼いでるの?」

「日あたりの”産出量”はおおよそ五十億円に相当する、んだったかな」


 ……ちなみに、世界規模だとそれほどでもない。

 例えば南アフリカの大都市ヨハネスブルグ南部にある〈黄金大迷宮〉なんかは、一日あたり五百億円相当の産出量があるっていう話だ。

 世界最大の油田が一日あたり五百万バレル、つまり約四百億分ほど採掘しているらしいから、世界最大の油田よりも産出が大きいことになる。


 みたいな無駄話をつい語っちゃったけれど、みんな興味なさそうだ……。


「何でそんなこと知ってるの?」

「子供の頃、僕の両親が黄金大迷宮をメインにしててさ。近くに住んでたから」

「ふーん」


 まあ、どうでもいい話だ。今の僕たちが海外のダンジョンなんか行けないし。

 優しかった頃の親も豹変してからの親も、僕をダンジョンに連れてってくれたことは全然なかったから、中を知ってるわけでもないしなあ。


「とにかく、新宿大迷宮は混雑してる。今までと感覚が変わってくるかも」

「人がいっぱい居るってことは、取り合いになるのか?」

「上層はね。推奨レベルも低いし。五層を境に推奨レベルが跳ね上がるから、その先は大丈夫だと思う。あと、このダンジョンは広い。かなり広い。だから、泊まりがけになる」


 長大なダンジョンだからこそ、試験前の一区切りに丁度いい。

 ちょうど夏休みだし、合宿するにはもってこいの時期だ。


「お泊りダンジョン会か……! おやつを考えなければ!」

「もっと他に考えることあるよね!?」


 それから、僕たちは初めてのダンジョン野営に向けた準備を進めた。

 必要な用品を専門店で買い揃え、大荷物をダンジョン協会経由で新宿大迷宮に送る手続きをしたあと、みんなでMyTubeの動画を見て予習しているうちに気付けば夜だ。

 遠足前夜みたいなワクワク感があった。

 

 今の僕たちはどこまで行けるだろうか。

 楽しみだ。


 

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