エキュメナの本気


 本気を出したら凄い、というエキュメナの宣言は、嘘じゃなかった。


「〈魅了〉! 〈原初の鼓動〉!」


 魔物を魅了し、更に〈原初の鼓動〉を発動する。

 ……すると、抵抗できない状態で限界を超えて生命力を活性化されられた魔物が一斉に爆発して即死する。

 えげつない戦法だ。


「それさ、絶対に人間相手に使わないでよ……?」

「今のあたしじゃ無理。ちゃんと自我のある相手なら、魅了も原初の鼓動も抵抗されちゃうもん」

「あっさり僕のこと起爆してなかった?」

「だって、あたしのことを多少は信じてたでしょ? そういう精神的な部分が大きいんだよ、知らなかった? よわよわ探索者なんだから知識ぐらい身につけたらー?」

「ぽ」

「あっ待って! ダメ! この戦法疲れるんだもん! 今くすられたら……ぐわーっ!」


 野太い悲鳴だ……。


「はー、はー……ほんとに消費激しいのに……」


 ダンジョンに入ってから数戦こなしただけで、既にエキュメナは疲労困憊だ。

 生命力切れか。スキルだけで戦うタイプの探索者に付きまとう問題だなあ。

 普通はフラフラしてても最低限戦えるサブ武器を使うんだけど。銃とか。

 魔物相手に銃を撃ってもあんま効かないとはいえ、無いよりはマシだし。


「ねえ、まだ吸ったら駄目なの……?」

「しょうがないなあ。一回試すだけだよ」

「やった♡ 〈エナジードレイン〉」


 こいつ、生命力の回復手段を自前で持ってるんだよな。

 今の僕と同じレベル27にして、もうスキル構成が完成してる。


「じゃ、首筋からー♡」

「ええ!?」


 吸血鬼みたいな牙が僕の首筋に突き刺さった。

 い、痛くはない。注射よりも痛くないのが不思議だ。


「ぶはっ!? ごほっ、ごほっ!」

「……どうしたの?」

「何これ!? 濃い! 勢いがすごい! ちょっと穴を空けただけで、生命力が吹き出してくるみたい! どうなってるの!? も、もう一回!」


 捕食みたいなノリでがっついて、ちゅーちゅー吸われた。

 血は出てない。不思議だけど、スキルだしなあ。


「ぽ……」


 ムルンが不機嫌そうにエキュメナを睨んでる。嫉妬したのか?


「ぷは。美味しかったー。……気持ちよかったでしょー?」

「別に?」


 なんとなく体が熱っぽいし、何かを吸い取られてる感触はある。

 でも、それだけだ。ちょっと風邪気味かな、ぐらい。


「ど、どうしてあたしのテクニックが一切無効化されてるの? 自信なくなる……」

「僕が気持ちいいかどうかはどうでもいいよ。補給出来たし、進もう」

「ぽこ」


 ムルンが僕たちの間に入り込み、妙にべたべた距離を詰めてきた。

 嫉妬したんだな……。


 それから、僕たちは順調に進み続けた。

 いくつも中で分岐を繰り返す手掘りの洞窟だ。ときどきゴブリンやオークなんかの亜人系の魔物が現れるたび、エキュメナが即死コンボを入れて一掃する。

 ……そのたびにエナジードレインされてるせいで、戦ってないのに疲れてきた。


「さて、ボス部屋だ。流石にここは皆でかかろう」

「待って。あたしに任せてほしい」

「え?」

「だって、言ったでしょ? あたしは本気出したら凄いんだって。嘘じゃないって証明しなきゃ。ま、あたしにかかれば何でも即死だしね!」


 調子乗りはじめてるなこいつ。


「……それにさ。きみ、言ったでしょ? あたしが嫌なら、三人だけでダンジョンに潜り続ける、みたいなこと」

「うん」

「二度とそんな事言えないようにしてあげる。……ダンジョンに取り込まれて多少の力を失ったけど、あたしは大悪魔エキュメナ様だもん。泣きながら土下座して力を貸してくださいって靴舐めてくるぐらい頼られなきゃ、あたしのプライドが傷つく」


 ……プライド、か。

 力を失ったとはいえ、彼女は……ムルンやヨルムと同じく、元は”強い”魂だったはずだ。まして、エキュメナはだいぶ元の精神を保ってる雰囲気がある。

 それほどの存在が取り込まれて歪められれば、内心は穏やかじゃないよな、


「そこまで言うなら。大悪魔の片鱗を見せてくれ、エキュメナ」

「任せて。本気を見せてあげる。さー、いくぞー!」


 彼女は扉を押し開いた。子分たちを引き連れた巨大なオークが、丸太のような棍棒を肩に担いでいる。

 見た目通りの威圧感だ。それもそのはず、ここの推奨レベルは33。

 限られた時間で僕のレベルを上げるため、最近は格上のダンジョンへ挑んでいる。

 即死が入ればいいけど、入らなかったら……助けに入るべきだよな。


「あたしを見ろ! 〈魅了〉!」


 彼女と目を合わせたオークたちが一気に動きを鈍らせる。

 でも親玉には効き目が薄い!


「〈原初の鼓動〉!」

「エキュメナ、それは……!」


 彼女は敵全員に原初の鼓動を掛けた。

 子分たちは動きを止め、爆発して消えたけれど……オークの親玉は、ものすごい速度で丸太棍棒を振り回している! ただのバフだ!


「ゴアアアアアッ!」

「え!? 嘘っ!?」


 本気でもそうでなくても、すぐ調子に乗って脇が甘い性格は変わらない、か。


「〈エネルギーシールド〉!」


 とっさに駆け寄って大盾を展開する。

 だが、勢いよく振るわれた棍棒は盾を粉々に砕いた。

 エキュメナが吹き飛ばされ、地面に転がる。


「うぐ……」

「大丈夫か!? ムルン、回復を!」

「ぽ!」


 エキュメナを助け起こす。幸い、致命傷はなさそうだ。


「た、助けなくてもいい! あたし一人でやる!」

「仲間がボコられるとこを黙って見てろって言いたいわけ!?」


 振り払おうとしてくるエキュメナを強引に引っ張り、敵から遠ざける。

 かわりにヨルムがオークの相手をした。素早い彼女なら、〈原初の鼓動〉でバフが掛かったボスとはいえ、時間を稼ぐだけならできる。


「でも、これじゃあたし超ダサいじゃん……! 大見得切ったのに助けられて」

「ならでかい口叩いたことを反省しろ!」

「う……」

「昔はどれだけ強かったか知らないけど、今のエキュメナは僕と大して変わらない強さなんだ! いったんプライドは捨てて現実を見ろよ!」


 彼女はしょんぼりと肩を落として、大人しくムルンからの治療を受けた。


「……ごめん……」


 普段の生意気なメスガキぶりから想像もつかない大人しさだ。

 このへんで真面目な話をしておくべきか。


「エキュメナ。君だって、今のままじゃ嫌だろ。もっと強くなりたいよな?」

「……ん」


 大人しく頷いてくれた。


「昔の力と記憶を取り戻したい……あと、稼いで贅沢三昧したい……」

「感情に任せて好き放題してるだけじゃ、その目標には絶対に届かないよ」

「……うん」

「基本的に、探索者はソロよりパーティを組む方が効率よく強くなれる。当然だよね? 仲間と協力すれば、難しいダンジョンに挑めるし、怪我も減るんだから」

「分かってるけど……」

「その”仲間”が僕たちである必要はない。僕よりもマシなリーダーや、ムルンたちよりも良い仲間は居るかもしれない。だとしても、今は僕たちが君の仲間だ」


 彼女は僕の瞳をじっと見上げた。


「今だけでもいい。君も同じように思ってほしい。僕たちを仲間だと思ってほしい」

「……お、思ってるよ?」

「なら、しっかりと口で約束してくれ。……悪魔なんだろ、約束は破らないよな?」

「あはは、もちろん……あたしエキュメナは、多摩梨養の仲間として全力を尽くす」


 にやりと笑った口元から牙が見えた。


「契約は破らせないよ? だってあたし、悪魔だからね。逃さないから」

「……別に、僕に愛想を尽かして逃げる分には構わないんだけど」

「まさか。だってきみ、意外といい男じゃん。本気になっちゃったかもね?」

「さっき本気を見せるとか何とか言ってすぐ負けてたくせに。信頼度ないぞ」

「あっ……あはは……こ、心が痛いなー?」

「ぽこ」


 ムルンが回復スキルを使い終えて、エキュメナの肩をぽんと叩いた。

 よし。パーティで戦う準備は出来たな。


「いつまでもヨルム一人に戦わせてちゃ悪い。まず、作戦だけど……」


 あの巨大オークは相当な硬さだ。ヨルムの剣はまともに通用していない。

 僕が例の剣を持ってれば何とかなるかもしれないけど、今は法律の都合で鉄棒だ。

 何らかの手段で火力を出す必要がある。

 ので、僕は作戦を考えて皆に伝えた。


「いいね? 行くよ、エキュメナ」

「ん。〈原初の鼓動〉!」


 全員にバフを掛けてもらったあと、エキュメナの魂を引っ張り融合する。

 見ている限り、彼女は殴り合いの戦いが出来なさそうだ。

 僕と融合しておけば、その弱点はカバーできる。


『し、仕方ないでしょ? 殴り合いの経験なんて全然ないんだもん』


 そのスキル構成だとそうなるよな。仕方ない。


「さあ、行くぞ!」

「ぽ!」

『おー!』


 巨人めがけて一気に駆け出す。

 巨大棍棒の狙いがこっちに向きかけたが、そこでヨルムが巨大オークのアキレス腱を狙って斬りかかる。追い払うために地団駄を踏みだした。


「〈エネルギーシールド〉!」


 距離を詰め、持ち上がった足の下へと盾を展開する。

 ……盾が砕けた! 腕輪が熱い!

 くそ、ゴーレムの時みたいには転んでくれないか! レベル差だな……!


「撤退だ! プランB!」


 僕の指示と同時に、全員が一気に距離を取った。

 僕たちも巨大オークも、〈原初の鼓動〉の効果で動きが鋭い。

 オークは派手に地面を蹴って、ものすごい躍度で加速する。


「ムルン!」

「ぽ!」


 そこへ触手攻撃が飛んだ。

 鋭い目つぶしだ。巨大オークは腕を交差し、目を覆った。

 これが決まるほど弱くない。でなきゃ困る。


「〈エネルギーシールド〉!」


 視界が切れている間に距離を詰め、加速したオークの足元へ盾を展開する。

 ……まともに足が引っかかった! 見えてなかったな、狙い通りだ!


 巨大オークが派手に地面へ倒れ込み、頭を打った。

 僕は一気に距離を詰める。大きな瞳がこっちを向いて、腕で地面を払ってきた。


『あ、危ないっ!?』

「大丈夫!」


 僕は巨大オークの脇腹を蹴って飛び上がり、腕の上空を飛び越えた。

 ……だいぶレベルも上がってきたんだ。

 今の体にバフが合わされば、こんなアクロバットぐらい出来て当然!


 頭の横へ着地して滑る僕を、瞳が追いかけてくる。

 ここだ!


「エキュメナ!」


 〈解放者〉を発動し、重なった魂を外へ出す。

 光り輝く粒子が集まり、彼女の体を形作った。


「〈魅了〉!」


 瞳の至近距離から魅了スキルの直撃を食らった巨大オークが、体を弛緩させる。


「これでーっ! 〈原初の鼓動〉!」


 巨大オークの体が震え、不気味に揺れ動き、そして盛大に爆発した。

 ……中から飛び出してくるのが光の粒子だけでよかった。

 これが魔物相手じゃなかったら何が起きるか、想像もしたくないなあ。


「ふう。プランBを用意しておいてよかった……」


 急激に体がダルくなってきて、僕は思わず座り込んだ。全身が鉛みたいだ。

 〈解放者〉の消費に加えて、〈原初の鼓動〉で生命力を前借りした反動か。

 とてもじゃないけど戦う力は残ってない。長引いてたら危なかった……。


 僕たち全員がわずかにチカッと光を放つ。

 レベルアップだ。手応え的に、今の巨大オークは相当に強い相手だった。

 たぶん推奨レベルで言えば40以上になるよなあ。

 これだけ格上の相手を倒せば、レベルも上がって当然だ。

 ……ダンジョン協会アプリには推奨33レベルって書いてあったのにな……。


「……やった! あたしの……いや、あたしたちの勝ちー!」

「ぽこー!」

「ご主人! 私すごく頑張ったぞ! ずっと一人で時間稼ぎをやってたんだぞ! 何か言うことあるんじゃないのかご主人!」

「うん、君が居なきゃ勝てなかったよ。ありがとう、ヨルム」

「違う!」

「えっ」

「アイス禁止令を……解いてくれ……!」


 それかよ。


「あ、ああ……! 今日は好きに食べていいぞ!」

「ご主人……!」

「とにかく皆、よくやった! だいぶ格上の相手だったけど、上手く戦えたと思う! この調子でガンガンいこう! 僕たちはまだまだ強くなれる!」

「おー! がんばろーね!」

「ぽこ!」


 帰る前に、ボス部屋の中央に現れた宝箱を確認しよう。

 ……体力残ってなさすぎて蓋を開けるのも大変だ。ムルンにやってもらおう。

 さーて中身は何かなっと。


「お!?」


 キラキラと光るきれいな石だ。ダンジョンコアによく似ている。

 これってまさか、小さいものでも一個数十万円で売れると噂の!


「〈生命石〉だー! おいしそー!」


 ……エキュメナの手の中で、石がみるみる溶けていった。

 一個数十万で売れると噂の〈生命石〉が。

 このサイズなら数十万円どころか……四桁!


「ふー、補給完了! 新鮮な生命力おいちー!」

「エキュメナ?」

「なに?」

「生命力補給なら〈エナジードレイン〉でいいよね? 幾らすると思ってるのそれ」

「……あっ!? これ高く売れるの!?」


 すっかり小さくなった生命石を、エキュメナがじっと見つめた。


「て、てへぺろ☆」

「てへぺろじゃないよ!? お前の小遣いから分割払いで五百万円ぐらい天引きしとくからな……!」

「そ、そんなあー!?」

「なるほど! これが”お後がよろしいようで”というやつだな、ご主人!」

「どこがだよ!」

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