ボス戦とわがまま娘


 編入試験まで、あと三週間。

 その時間で可能な限り合格の確率を高めるべく、僕たちは毎日迷宮に潜った。

 名もなき小迷宮を狙い、戦闘経験を積み重ねる。


「よし……やるぞ! 準備はいいね!」


 ボス部屋の扉を前に、僕は声を掛けた。


「ぽこ」

「ああ」

「ふわぁ……はーい」

「エキュメナ、もう少し気合入れてよ」

「だってダルいんだもーん。〈原初の鼓動〉使う以外にやることないしー」

「分からなくもないけど、今は我慢して」

「うーん、そうだなあ……欲しいブランドの服があるんだけどぉー……」

「ぽ?」

「……な、なんでもない! 行こ!」


 ムルンに脅され、彼女は多少のやる気を見せた。


「行くよ!」


 扉を押し開き、先頭に立って駆け抜ける。

 部屋に鎮座していた巨大なゴーレムがのっそりと腕を振り下ろした。


「〈エネルギーシールド〉!」


 あえて真っ向から受け止める。三角形パネルの半透明膜が巨大質量と衝突した。

 薄い膜と巨大腕が拮抗し、衝撃で土埃が舞い上がる。持ちこたえた。

 即座にムルンが僕へ寄ってきて、激しく発熱する腕輪を触手で包む。

 火傷しそうな熱でも、彼女に放熱してもらえば何も問題はない。


「〈秘爪〉!」


 ヨルムがゴーレムの足に剣を突き立てるも、弾かれる。

 見た目通りの堅牢さだ。真っ向勝負は難しい。


「……ゴーレムの弱点といえば、核。それっぽい隙間は見える……ムルン! やつに取り付いて、隙間から核を攻撃できないか!?」

「ぽ!」

「作戦変更だ! アタッカーをムルンに変えて、僕とヨルムで気を引く!」

「了解した!」


 弾かれながらもヨルムが執拗に攻撃を繰り返す。

 鬱陶しい、とばかりにゴーレムが足を振り上げた。

 狙い目だ。振り上げた足の下へと〈エネルギーシールド〉を展開すれば。


 ゴウン、と凄まじい音がして、〈エネルギーシールド〉が貫通される。

 ゴーレムの全体重が相手じゃ防ぎきれないか!

 だが、やつのバランスは崩させた!


「エキュメナ!」

「はいはい、〈原初の鼓動〉っと」


 生命力を活性化させたムルンが、不定形の体を活かして巨大なゴーレムに取り付いく。胴体の隙間へと鋭く触手が突きこまれた。

 巨体がゆっくりと傾き、地面に崩れ落ちて消える。


「うまくいった、ナイスだ皆! ……熱っ」


 左腕の腕輪を慌てて外す。肌の焦げた嫌な臭いがした。

 貫通された時の負荷でものすごい熱を持ってる。


「ぽ! ぽぽ!」


 すっ飛んできたムルンが、何かを訴えかけてくる。

 ……あ! 融合しろってことか?

 〈解放者〉を発動させ、彼女を引っ張る。


『!』


 回復スキルが左腕を覆った。まるで逆再生されているかのように焦げが消える。

 普段の回復よりもよほど効果が強い。

 ……もしかして、戦闘中に使えるぐらい実用性があるのか、これ?


 僕たちは宝箱を回収して、迷宮を後にした。

 ダンジョンコアの吸収はしていない。〈ネスター〉の存在を考えると、今は頭を低くして目立たないようにしておくほうがよさそうだ。


 宝箱の中身はガラクタの詰め合わせだった。

 数千円ぐらいで買い取ってもらえたから、魔法科学の分野で需要はあるんだろう。

 桑原重工みたいに異世界やダンジョン技術を組み合わせた製品を作ってる企業が買い手らしい。たぶん原材料に使うんだろうな。


「はー、つまんなかったなー……」


 家に帰ったとたん、エキュメナがソファに飛び込んだ。


「支援役は退屈? なら、もっと前で戦ってみる?」

「それもやだ。融合したい」

「何で」

「だって、自分は何もしないで最前列から眺められるんだよ? さいこーじゃん」

「あのさあ……」


 やる気ないなこいつ……。

 待てよ。でも、それも当然なんじゃないか?

 僕にはダンジョンに潜って強くなるモチベーションがあるし、ムルンもヨルムも戦うのは好きそうだけど、エキュメナは違うのかもしれない。


「エキュメナ、ダンジョンに潜るのは好き?」

「ん? 別に」

「……そっか。なら、無理しなくてもいい。僕たち三人だけで頑張るよ」


 法律上、ムルンたちは”魔物のペット”という扱いになる。

 その扱いはちょっとどうかと思うけど。でもペット扱いってことは、僕が編入試験に合格すれば自動的にダンジョン学園に入れるってことだ。

 イルティールからはそう聞いてる。


「何なら、別に僕と一緒に居る必要もない。何をするのも自由だよ、エキュメナ」

「え……」


 彼女は強いショックを受けた様子だ。言い方が悪かった?


「嘘でしょ? このあたしが、こんな……。好き好き彼ピに囲まれてケーキをあーんされながら暮らしてきたこの大悪魔エキュメナ様が……!? く、屈辱!」

「ろくでもない暮らし方してんな……」

「決めた!」


 エキュメナは勢いよく立ち上がった。


「絶対、あたしを好きにさせてみせる! プライドにかけて!」

「……そもそも、エキュメナって僕のこと好きなの?」

「べ、別に? ちょっと助けられたくらいでクラッと来るほどざこじゃないもん」

「じゃ、やめときなよ。他人の愛をトロフィーみたいに扱うのは。もっと自立したプライドを持つべきじゃないかな……」

「うぐっ!? 高校生のがきんちょに悟ったような顔で説教された!?」


 自分もメスガキだろ……。


「こ、こんな屈辱は初めてだ! ば、ばーかクソ真面目ー! たぶらかされてやろうっていう男の気概はないのかー!?」

「真面目な話なんだけど」

「別に好き好きーってしてもらうだけが生きがいじゃないし! 楽しく遊んで暮らしたいだけだしー! 毎日プライベートヨットで騒いで三ツ星レストランで飯食ってハリウッドスターとベッドインして海外と宇宙に旅行してゲーム配信を百万人に見てほしいだけだもーん!」

「”だけ”じゃないだろ全然」


 欲の深さがマリアナ海溝かよ。

 ってか現代社会に適応すんの早いなこいつ……。


「……まあ、でも、一流探索者になれば似たような生活は出来るかもね」

「え、ほんと?」

「本当」


 トップクラスの稼ぎは本当に桁が違う。

 たった一人で魔法科学やダンジョン関連産業の材料供給を支えられるわけで、言うなれば国民が一人だけの産油国みたいなものだ。

 中東の王族よりも贅沢できる。


 みたいなことをかいつまんで説明したら、エキュメナが目をキラキラさせた。

 いや、ギラギラかな……もっと汚い表現が正しいかも……ドロドロ?


「やるしかない! あたしはなるぞ! 一流探索者に! この大悪魔エキュメナ様が本来の力を取り戻せばちょちょいのちょいだもんなー! あーっはっはー!」

「ムルン、この女が何日で飽きるか賭けをしないか?」

「ぽ」


 ヨルムの賭けに答えて、ムルンは一本指を立てた。


「賭けは不成立だな……」

「ちょっと!? あたしのこと何だと思ってるのー!?」

「汚いおっさんにわからせられる存在だ。ネットで見た」

「何それ!?」


 ヨルムは一体ネットで何を見てんだよ!?


「もう、見ててよ!? あたしは本気出したら凄いんだからね!? ふーんだ!」


 彼女は二階に逃げていった。

 ……まあ、少しはやる気を出してくれたんだろうか。

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