桑原紫乃


 授業が終わってから、僕はさらに学内を案内してもらった。

 ダンジョン学園の校舎は、主に分けて三つ。メインの近代的な校舎と、ファンタジーな雰囲気の魔法研究棟、そして最後の一つが実技演習棟だ。

 探索者を目指すなら、もちろん実技が最重要になる。


「この学園には、怪我を気にせず全力で戦えるシステムがありましてねえ」

「知ってます! レプリケーター・システムですよね?」


 アメリカの最先端IT企業〈Alpha〉が開発した魔法科学の結晶だ。

 本物と寸分違わぬダミーの体を作り、実体化させて意識を入れることができる。

 元はダンジョンの偵察用だったけれど、ここ数年は別の用途がメインだ。


「おや、耳が早いですねえ。UFLのファンですか?」

「ええ、まあ」


 UFL――アンリミテッド・ファイターズ・リーグ。

 レプリケーター・システムを使った複製ダミー体で文字通り無制限の戦いをする野蛮なスポーツだ。

 ……やってる事がマジの殺し合いだから色々と問題視されがちだけど、ハイレベルな探索者の戦いが見られるから人気は高い。


「なら話は早い。戦ってみませんか」

「……え!? いや、外の人間が使って大丈夫なんですか!?」

「もちろん構いませんよ。学外の人間が戦いに来ることは珍しくないですからねえ」


 佐藤先生は実技演習棟に入り、”闘技場はこちら”の矢印に従っていく。

 ……ばっ、と視界が開けて、気付けば僕はものすごい規模の観客席に立っていた。

 うわー、ひっろいぞこれ。学校内の建物かよこれ。すげー。


「ただし一つ忠告しておきましょう。学外の人間がダンジョン学園の生徒に勝つことは滅多にありません。高校生同士の戦いならば尚更ですねえ」


 佐藤先生は近未来的デザインのタブレットを取り出し、データベースを開く。


「一般の高校生と学園の生徒が戦ったケースでは、学園生徒の勝率が100%ですねえ。ただの一度も負けたことはない。ですから、負けてもへこまないように」

「ひゃ、100%……」

「では、マッチングの申請を出しておきますよ。武器はレンタルで構いませんね?」

「はい」


 タブレットに僕たちの情報が入力され、試合待ちとして登録される。

 誰かがこっちに試合を申し込んできたら戦える、ってわけだ。

 ……ダンジョン学園の生徒になれば、自由時間にいつでも戦えるってことか。

 それも本気の殺し合いだ。普通に潜るより、よほど経験を積めるかもなあ。


「おや」


 佐藤先生が眉を潜めた。

 試合相手が表示されている。桑原紫乃、って名前らしい。

 あ、さっきの授業の金髪お嬢様だ。


 その下には、たぶん学内ランキングの順位が載っていた。

 団体戦ランキング:十三位。……個人戦ランキング:一位。

 いや一位ってお前。


「……まあ、一対四だし。皆、さっきの授業を思い出して頑張ろう」

「ぽこ」

「こっちの世界でどれだけ強いか知らないけど、あたしは大悪魔エキュメナ様だし余裕余裕ー」


 負けフラグを立てるのをやめろ。


 僕たちは控室に向かい、大型のカプセルに入った。

 アニメに出てくる人体実験マシンみたいだ。

 ドアが閉まって一瞬後、気付けば僕は闘技場の中に立っていた。


「ごきげんよう。お体の様子はいかがかしら? 転送酔いなどはありませんこと?」


 左腕の腕輪を確かめ、レンタルの剣を振ってみる。問題なし。

 皆も普段通りの様子で戦闘態勢を取っていた。


「その腕輪。我が社の新製品ですわよね?」

「我が社の……え!? 桑原重工の人なんですか!?」

「わたくしは桑原紫乃。桑原重工の社長令嬢ですわ」


 大企業の社長の娘……! しかも個人ランキング一位……!

 ダンジョン学園、人材が濃いな……!


「少々癖が強いと聞くものですから、使い手が気になりましたの。お相手して下さるかしら」

「は、はい……」


 左腕の腕輪を意識して、軽く〈エネルギーシールド〉を展開してみる。

 勢いよく三角形がパタパタして、瞬時に六角形の小盾が形成された。

 ……これを持ち運べれば便利なんだけど、残念ながら展開した場所から動かせない。空間に固定されてそのままだ。


「じゃあ……よろしくお願いします」

「よろしくお願いしますわ」


 桑原紫乃がレイピアを構えたと思った瞬間には僕の目前に切っ先が迫る。


「っ!?」


 展開した〈エネルギーシールド〉が火花を散らす。

 防いだ。反撃のチャンスだ……と思った瞬間には次撃が来た。

 見てから展開するのは無理だ。腕輪に力を込めて、半円状に盾を展開する。

 隅の部分をあえて歪めた。


「〈原初の鼓動〉!」


 その瞬間、まずはエキュメナが僕たちに補助バフスキルを使った。

 脇をかすめてムルンの触手が飛び、両断され、ぼこぼこ泡を吹く音が聞こえる。

 だが同時にヨルムが距離を詰め、赤く輝く〈秘爪〉を振るう。

 そこへ合わせ、盾を解除して僕も踏み込んだ。


 桑原紫乃がふわりと後ろへ退きながらヨルムを切り刻む。ダミー体が光となって消えゆくそばを踏み込んで切りかかる。剣は真っ向から受け止められた。


「悪くない連携でしたわ。さきほどの授業で考えられたのでしょう?」

「その通り」

「わずかにタイミングが合っていなかったもので、三対一ではなく一対一が三回続く形になってしまいましたわね。ですが、一回目からこの精度で連携出来るのは素晴らしいですわ……羨ましいくらいですわね」


 桑原紫乃は芝居がかった完璧な笑みを浮かべた。


「かなりKES-1を使いこなされているようですわね。もしよろしければ、担当の技師にフィードバックを頂いても?」

「……まだ戦ってる最中だよ」

「おや。そうでしたわね。では終わらせますわ」


 とすっ。静かな音がして、僕の心臓にレイピアが突き刺さる。

 いくらか割り引かれた痛みが走った。


「は、速い……」


 見えなかった。ダミー体は本物と同じように動くから、これで死亡判定が出て元の体に戻されるはず……。

 ……あれ? 一向に死なない。

 胸の奥からどくどく力が溢れてくる。〈原初の鼓動〉の効果か?


「へっへっへー、今だ! 起爆!」

「エキュメナ今なんてった!?」


 起爆って何!?

 うわなんか僕の胸元が光って……!?


「ば、爆発オチなんてサイテーですわっ!?」



- - -



「……っ!? ゲホッ、ゲホッ……!?」


 咳き込みながらカプセルから這い出る。

 ダミー体のダメージはこっちに入らないはずだ。なのに体が重い。


「え、えげつない戦法でしたねえ」


 佐藤先生が僕から心なし距離を置いている。


「医療班を呼びましょうか?」

「い、いえ、平気です……」


 内線電話を握った先生を止めて、なんとか立ち上がる。


「エキュメナ?」


 何も知りませんみたいな顔で口笛吹いてるメスガキの顔を掴んでこっちに向ける。


「何した?」

「いやー……〈原初の鼓動〉って生命力を無理やり活性化させるスキルなんだけど? 思いっきり生命力を暴走させて爆発! みたいな楽しい使い方も出来ちゃうし?」

「僕は楽しくないんだけど!?」

「でも一回はやってみたかったんだもーん!」

「軽い気持ちで僕を爆殺するなよ!?」

「ぽこ」


 ここは任せろ、とばかりにムルンが来た。


「ぽぽぽぽ」

「わっ!? あははははは!? く、くすぐった……羽の裏は駄目ー やめてー!」


 エキュメナは地面にひっくり返ってもだえている。


「ぽ」

「ほ、ほんとに駄目……苦しいって……」

「もう僕を爆発させたりするなよ? 本物はもちろん、ダミー体でもな?」

「本物を爆発させるわけないじゃん……恩人なのに……」

「……ムルン、もういいだろ」

「ぽこ」


 まあ、今の所まだ本格的な悪さはしてないし。

 ただの調子に乗っては痛い目見てるメスガキで止まってる分には許せる。

 ……それに、勝ちは勝ちだ。


「佐藤先生、今の試合の結果って」

「皆さんの勝ちですねえ。学園でレプリケーター・システムが稼働しはじめて以来、学外の高校生が勝ったのは初めての事例ですよ」

「……まあ、とんでもない方法でしたけど」

「そうですねえ。味方ごと爆殺する戦法なんて見たことありませんよ。詳しい方法を教えて欲しいものですねえ」


 佐藤先生は興味津々でエキュメナのほうを見ている。


「あ、ご主人。終わってたのか」


 自販機の缶ジュースを持ったヨルムが、部屋の外から顔を出した。


「なんか、廊下の向こうからすごい声が聞こえてきたぞ」

「すごい声?」

「……おや。皆さん、次の試合の予定が入りました。控室を空けましょう」


 佐藤先生に言われ、僕たちは控室を後にした。

 ……通りがかったもう一つの控室から、ガンガンとロッカーを蹴り飛ばすような音がする。


「クソがッ! このわたくしがッ! 学園で最初に学外の連中に負けたなんてッ! 自爆なんか絶対に実戦で使えないでしょうにド汚いおファック野郎どもが! この汚名をどうしてくれるんですの!? はークソクソクソですわー!」


 ガンッ、と扉が蹴り開かれて、桑原紫乃と目が合った。


「……」

「……」

「……どうも」


 彼女は顔を真っ赤にして、無言でドアを閉じた。

 数秒後、またドアが開く。


「ご、ごきげんよう? わたくしの双子の妹を見ませんでしたこと? たいそう躾の悪いクソ野郎なのですけども」

「向こうに歩いていきましたよ」

「さ、さようですこと?」


 彼女は僕の指差したほうに歩いていった。


「って無理がありますわー!?」


 全力ダッシュで逃げていく彼女の背を、僕たちは無言で見送った。

 何も見なかったことにしてあげよう。



- - -



「今日はありがとうございました、佐藤先生」

「いえいえ。こちらこそ楽しませてもらいましたよ」


 僕たちは佐藤先生に頭を下げて、校門の近くで別れた。

 濃厚な一日だったな。ちょっと強くなれたような気さえする。


「必ずここに戻ってこよう」

「ぽこ」


 高くそびえる学園を見つめて、決意を新たにする。

 編入試験は三週間後。さすがに三年生から編入するのは難しいから、これが最後のチャンスだ。長いようで短いこの時間を使って、可能な限り鍛えなければ。


 下校する生徒たちに紛れて門を潜ろうとした瞬間、奇妙な視線を感じた。

 雑踏の向こう側に、ノートPCを抱えてヘッドホンを着けた眼鏡の生徒が一人。

 海山大迷宮に居た遥山とかいう子だ。


 僕に気付かれてからもずっとじろじろ見つめてくる。

 なんだか、肉食獣に狙われてる草食獣みたいな気分だ。

 気味が悪い。


 ……見てる理由が純粋な興味ならいいけれど。

 なんだか表情が険しい。悪意すら感じる。


「ご主人、どうした?」

「何でもないよ」


 僕はポケットに入れた〈網鳴りの鐘〉を握り、校内のバス停へ向かった。

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