ダンジョン学園


 ダンジョン学園の内装は、僕のイメージする高校とはかけ離れていた。

 オフィスみたいなカーペット床。プロジェクターとホワイトボード完備の教室。

 どこを見ても近代的な、金持ち大学の校舎か今をときめくベンチャー企業みたいな内装だった。

 よくエアコンが壊れて扇風機でしのいでる海山高校とは大違いだ。


 ガラス張りの廊下を進んでいると、すれ違った学生が皆こっちを見つめてくる。

 僕の連れている”魔物の少女”たちがよっぽど目立っているみたいだ。

 ……まあ、そりゃそうか。普通、テイムした魔物が少女になったりしないし。


「見て回るだけでは何ですし、少し私の授業に参加してみますか?」


 案内役の佐藤先生が、教室の扉に手を掛ける。


「え? いいんですか? 生徒でも何でもないのに」

「もちろん構いませんよ。座学なら危険もありませんしね」


 ……座学じゃない授業は危険なの?


「授業? じゃ、あたしは外で待ってるから」

「私も少しトイレに行きたくなってきた」

「迷宮の中でも役に立つ類の授業ですから、皆様も是非。無理にとは言いませんが」


 それでも外に行こうとした二人の尻尾をムルンが掴み、強引に引っ張った。


「ぽこ?」

「席ですか? 同じ机にまとまって座って貰えれば、どこでもどうぞ」


 教室の中にはカフェテリアみたいな円卓が並んでいる。

 とりあえず、一番後ろの机を選んで座った。

 ムルンに尻尾を引っ張られている二人も、観念して席につく。


「授業が始まるまで少し時間がありますし……そうですね、何か相談があれば乗りますよ? サポートを受けずに迷宮へ潜っていると、何かと苦労も多いでしょう」


 ダンジョン学園の教師陣は優秀だ。一対一で相談できる機会なんてそう来ない。

 うーん、今僕が悩んでる事か……。


「今までは個人技で戦ってたんですけど、最近になって仲間が増えてきたので、もっと動きを変えるべきかなって思ってるんですが……」

「なるほど。確かに、一人で戦うのと皆で戦うのはまるで別物ですからねえ」


 佐藤先生はうんうん頷いた。


「まずは仲間を知ること。それと、自分の戦い方をしっかり言語化して互いに伝えることでしょうね。皆さんで戦い方についての話し合いはしましたか?」

「いえ……」


 そもそも、まともに話し合いできる連中なのか?

 ムルンとか根本的に話せないし。


「でしたら、手始めとしてあなたの戦い方を説明してみてはいかがでしょう? それが分かれば、私としてもアドバイスの取っ掛かりになりますからねえ」

「……えーっと。そうだなあ。僕は……正面からまともに殴り合う重戦士タイプで」

「殴り合いにも色々ありますが、どういう殴り合いですかね?」

「……防御的な戦い方です。攻撃を受けながら、隙を伺って反撃を入れる」

「なるほど。前線を作るパーティの要ですね。魔物を倒すより、戦い続けて仲間を守るほうが重要になる」


 僕は頷いた。流石にそれぐらいの基本は分かってる。


「あなたが戦線を安定させたあと、獣耳の彼女が倒す形ですか?」

「え? 確かにそんな感じだが。なぜ私だと?」

「動き方の癖ですよ。衝撃を受け止めることに慣れた者と、すばやく回避しつつ攻撃を入れる者では、体の使い方が違いますからね」


 ヨルムがごくりとつばを飲んだ。


「なにか連携のパターンや合図は決めていますか?」

「いえ……」

「何も。だが、何となく分かる」

「確かに、十回のうち九回は何となくの連携で上手くいくでしょう。だとしても、最後の一回……考えていることが食い違った一回で、パーティが全滅することもある。命に関わることですから、百回やって百回上手くいくようにしなければいけませんねえ」

「ぽー……」


 ムルンが感心しながら、体を変形させて”メモ帳にメモる”真似をしている。

 そのあとペンを耳に挟む真似までした。あ、昨日やってたドラマの真似だ……。


「ふふ。少女の形をしていても、スライムの変形能力は失っていないのですねえ。興味深い……さて、では一つ演習してみましょうか」


 佐藤先生はホワイトボードにいくつか丸を書いた。


「多摩梨くんが前衛で互角に戦い、彼女が横に回ろうとしている。こういう配置で戦っているところを想像してください。どうコミュニケーションしますか?」


 僕は脳内でその光景を浮かべて、しばらく考え込んだ。


「あえて何も合図しません。ヨルムが相手の死角に入れているから。僕が合図を出すと、回り込んでいる仲間のほうに注意が向くかもしれない」

「た……確かに。それは一本取られましたねえ。いい答えです」


 佐藤先生が穏やかな笑顔で褒めてくれる。素直に嬉しい。


「ですが、静かに合図を出すこともできる。例えば、私の知っているパーティの事例なんですがねえ……攻撃の時の叫びを暗号にしてる人が居まして」

「叫びを?」

「ええ。”ハッ”ならOK、”フッ”ならNG、のような暗号を使っているようですよ。簡単なパターンを決めて、目立たない合図を使ってはいかがですかねえ?」


 な、なるほど……。そういう手もあるのか……。

 滅茶苦茶まっとうな指導だ。考えもしなかった。

 これがダンジョン学園の先生か。

 このレベルの教師たちから支援を貰えれば、一人で潜り続けるより絶対に強くなれるに違いない。

 あー、今すぐ入りたいなダンジョン学園……!


「ごきげんよう、佐藤先生。そちらの方々は?」


 数名の生徒を引き連れて、金髪の女子高生が教室に入ってきた。

 派手な髪色だけど、不思議と浮ついた感じはない。

 優雅な振る舞いだからだろうか。

 女優やハリウッドセレブみたいな、いい意味で浮世離れした感じがある。


「さすが桑原のお嬢様、今日も一番乗りですねえ」

「当然ですわ」


 窓際の机を選んだ彼女は、ハードカバーの本を読み始めた。様になってるなあ。

 これを皮切りに、続々と生徒たちが集まりはじめる。

 僕の知ってる顔もあった。


「ん。多摩梨。もう学園に入ったのか?」


 荒野丈次だ。さすがに銃は持ってないけど、戦闘で傷ついた制服に空っぽのホルスターが固定されている。


「いや、見学だよ。佐藤先生に、授業に参加してみないかって誘われて」

「そうか」


 荒野は仲間と一緒に円卓へ座り、スマホで探索者の動画を再生しながら何かを議論しはじめた。彼の仲間には何となく見覚えがある。

 海山大迷宮の時にも居たメンバーだ。


「もしかして、パーティ単位で座るためにこういう円卓なんですか?」

「その通りですねえ。よく観察しています。良いことですよ」

「いやあ……」


 ちょっと照れる。


「きみって実は褒め殺しに弱いタイプなの? へー」


 エキュメナが机に肘をついて悪い顔をした。

 悪魔の羽をぱたぱたさせながら顔を近づけてくる。


「じゃあー……頭いいね♡よく見てる♡観察力ハッブル宇宙望遠鏡♡」


 わざとらしくて甘ったるい囁き声だなあ。

 ……何故か荒野のパーティがみんな前かがみになっている……。

 こういうやつが趣味なのか。気付かなかった事にしてあげよう。


「どんな観察力だよ」

「えー、せっかく囁いてあげたのに全然効いてないのー? つまんなーい」


 元通りの退屈そうな様子に戻ったところで、ちょうど始業の鐘が鳴る。


「……では、授業を始めましょうか」


 佐藤先生はホワイトボードにそのままプロジェクターを投影した。

 ”戦場ロールプレイ”なる授業らしい。実際に迷宮で発生した状況を元に、各自がどう動くか・どう声をかけるかシミュレートしながら進めていく感じだ。


「そういえば、エキュメナの戦い方って?」

「まずは生命力を活性化させる〈原初の鼓動〉かな。大悪魔エキュメナ様の代名詞! それからは〈魅了〉して、動きが止まってくれたら〈エナジードレイン〉でチューチュー吸い取る、って感じ? 体験してみない? 気持ちいいよ♡」

「やめとく」


 イメージ通りの小悪魔っぽいスキル構成だな。

 魅了もエナジードレインもうまく活かすのは難しそうだ。


「じゃあ、ひとまず〈原初の鼓動〉を撃つ支援役バッファーとして立ち回ってもらう感じで……」

「それだけ!?」


 いろいろと話し合っているうちに、五十分の授業はあっという間に終わった。連携の経験が不足してる僕たちにとって丁度いい練習だったな。


「いかがでしたかねえ? 面白かったですか?」

「はい!」

「いい返事です。編入試験まであと少しですが、君なら受かるでしょう。君たちを私の生徒として迎える日を楽しみにしていますよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る