探索者・多摩梨養

『やった! 自由だ! やーいダンジョンのばーかばーか! せっかく苦労して取り込んだあたしの拘束を人間にあっさり解かれてやんのー! ざこざこー!』


 解放してやった瞬間にこれかよ。

 調子に乗るの早いなこいつ……。


「ま、ありがとう。君のおかげで心は決まったよ。あとはどうすればいい?」

『彼女を戻すためには、元の世界から引っ張ればいい。やり方はおなじ。さ、練習しててみよ? あたしを意識して引っ張ってみて?』


 僕は右手をダンジョンコアの光に向けて、引っ張る意識を強めてみた。

 光がぐいぐい引っ張られてきて、僕の手中に入り込む。


『合体ー!』


 もっと他に言い方あるだろ。融合とか。

 ……って、これ、いいのか?


『大丈夫だよ? さっき、あたしの一部を経験値として吸い込んでたでしょ? やってることはあれとだいたい同じだよ?』


 こいつ頭の中に直接!


『さ、行くよ! あたしの力は暴力とエロス! スキル〈原初の鼓動〉の原本! 本家本元が直接力を貸してあげるんだから、ざこ探索者のきみでも魔物化した彼女ぐらい楽に倒してもらわなきゃ!』


 誰がざこ探索者だよ。


『だってざこだもーん! さあ行こう! キメラを張り倒してから、今と同じようにしてナギを引っ張り出せば解決!』

「一応、お前の命は僕が握ってるんだからな……?」

『ひゃっ! ごめんなさい調子に乗りました』


 ……ダンジョンコアは僕を上へと運び、勢いのまま壁を突き抜けた。

 視界が暗転した次の瞬間、僕は元の場所に立っている。

 横に転がっていたダンジョンコアは、すでに輝きを失っていた。

 その輝きは今、僕の中に入ってるんだろう。


「ぽこっ!」

「ご、ご主人!? 何だったんだ!?」

「……帰ってきたか! 何をしたか知らんが、奴の動きは鈍ったぞ! でかした!」


 ダンジョン学園の探索者たちは、互角に戦いを繰り広げている。

 僕はその場で軽く飛び跳ねてみた。まるでバネでもあるみたいに体が浮かぶ。

 全身が熱い。体の奥底から力が溢れてくる。

 スキルの力。それと多分、迷いがなくなった分の差だ。


『あたしのスキルはどう?』

「悪くない。行くぞ!」


 僕は剣を抜き放ち、地面を蹴った。

 顔面を撫でる風。自らの足音。世界の全てが、不思議なほどに豊かだ。

 目まぐるしく飛び回る探索者たちとナギの動きも、今ならまともに捉えられた。


「……はあっ!」


 キメラへと放った剣は、横からの爪で弾かれる。

 そのまま回転しながらの一撃。〈回転撃〉。ナギのスキルだ。


「ナギ! 戻ってこい!」


 回転撃を真っ向から受け止める。莫大な力に押されて剣が軋む。

 力比べは互角。


「お、お前!? いきなりどうした!?」


 探索者たちが驚いている。無理もない。


「詳しいことは聞かないで! ……とにかく、こいつは僕が助ける!」

「いいだろう! 下手に手は出さない! やってみせろ!」


 ナギは後ろへ飛び退る。

 ……その動きは、知ってる!


「そこだっ!」


 〈鉄穿〉を発動して空中で加速するナギよりも速く先手を打つ!

 斬撃! 一閃! 剣は彼女をすり抜け、胴体に煌めく赤色の線を作る!

 ……今なら分かる! この剣は、ただの”弱点を作る”剣じゃない!


「ウアアアアッ!?」


 困惑した様子のナギの爪が、僕の腿を貫く! 知ったことか!

 この赤色の線が! 異次元へと繋がっている! 本能で分かる!

 この剣は〈解放者〉と組み合わせて使うべきものだ!


『そこだよ! 行って!』


 言われずとも!

 〈解放者〉を発動し、右手を赤い線へと深く突きこむ!

 切れ目が開いた! キメラがもがく!

 ……隙間から異次元に囚われかけたナギが見える!


「……あれ!? ヨウくん!? な、何、これ!? 私は何を!?」

「ナギ! 戻ってこいっ! まだまだやる事があるだろっ!」

「よ、よく分からないけど……」


 僕の伸ばした手を、ナギはがっちり掴んできた。


「……来てくれるって気は、ずっとしてた……!」

「当然だろっ!」


 ……僕は、平凡な男だ。飛び抜けた才能なんてなにもなかった。

 それでも。一つづつ、出来ることをやっていけば。

 いつかは、きっと! 活躍の時は、来る!

 そのいつかが、今だ!


「来い!」


 全力を出してナギを引っ張り出す。頭がくらくらする。力が入らない。

 それでも! 親友を! 失ってたまるかっ……!


『ああもう、かっこいいじゃん! あたしも力を貸してあげる!』


 腕に力がみなぎり、ぶちぶちと糸の切れるような音がする。異次元に張った根を引っこ抜いているかのような感触。

 じわじわとナギの体が動き……そして、一気に現世へ戻ってくる。


「……よし!」


 キメラの体を蹴り、回転しながら距離を取って安全な場所へ降ろす。


「わわっ!? こんな動き出来たっけ!?」

「ナギは助けた! トドメは任せます!」

「了解だ! 〈ピアシング・レイ〉!」


 探索者たちのリーダーが、膝立ちに構えて猛烈な熱光線を撃ち出した。

 直視できないほどの熱が直撃し、キメラは盛大に叫んで倒れる。

 魔物は光の粒子となって消失した。

 ……終わった。


「ご主人! す、すごいな! かっこよかったぞ! 何だったんだ!?」

「ぽこ! ぽこぽこ!」

「……何が起きたにせよ、お前の手柄だ。助かった。感謝する」


 ダンジョン学園の彼が、僕に一礼した。

 僕も頭を下げる。すさまじい強さだった。


「ヨウくん、大丈夫!?」

「僕は大丈夫だよ。そっちはどうなの、ナギ」

「……何か、ふわふわする。風邪引いてるみたいな感じ。何があったの?」

「ダンジョンに取り込まれかけてた。このままいけば魔物になってたかも」

「なにそれ」


 ナギは絶句した。


「……あ! ヨウくん、脚が!」

「ぽこっ!」


 ムルンが慌てて僕の腿を覆った。

 激しく流れ出る血がムルンに混ざり、彼女の体がわずかに赤黒くなっていく。

 そうだ、怪我してたんだった。

 あ、めっちゃ痛い……。はやく回復してくれ……。


『いだだだだ! だ、脱出ー!』


 僕の手から光が飛び出していった。

 一気に体から力が抜ける。

 ……飛び出した光は、例によってと言うべきなのか……女の子と化した。


「っとと。よーし! 現世に出れる体ゲットだー! 自由ーっ!」


 そこに立っていたのは、まさに”小悪魔”みたいな少女だった。

 悪魔っぽい角と翼と尻尾を生やし、自信満々に妖艶なポーズを取っているけれど、ちんちくりんすぎて特にそういう魅力はない。

 ……魔物が女の子になるのはともかく、ダンジョンコアまで……。


 口ぶりからしても、こいつはちょっと特殊なコアなんだろう。

 元から自我がありそうな雰囲気だったし。

 ……彼女も、今回のナギみたいにダンジョンへ取り込まれた被害者なのかも。


「そのスキルは……?」


 銃をホルスターに戻した探索者が言った。


「えーっと、その、まあ……」

「言いにくいなら、答えずともいい。俺たちの商売道具だからな」

「隠しておきたいスキルなので、そうしてもらえるとありがたいです」

「了解した。……遥山には何も言わないでおく。あいつに目をつけられるとデータ取りのために付きまとわれるからな……被害者は少ないほうがいい」


 あ、優しい。

 〈解放者〉の特性はちょっと知られちゃったけど、黙っててくれるのかも。


 彼はダンジョンコアを一瞥する。コアは輝きを失い、ただの球体になっていた。

 あの中に入ってた光を僕が引っ張り出したせいだろう。


「俺は荒野(あらの)丈次(じょうじ)。学園の探索者だ。お前は?」

「多摩梨養。学園に編入を目指してる」

「覚えておく。いずれ、また会おう」


 彼は脱出鍵を使い、仲間と共に帰還していった。


「……それで、こう、どういう状況なの?」


 ナギは困ったように髪を掻いている。

 やっぱり、さっきまでとは別人みたいな雰囲気だ。


「一言で言うと、ナギがダンジョンに取り込まれそうになってた」

「何それ? こわ」

「普通の精神状態なら、そんなことにならないのにね。よわよわ精神なの? それとも何か、動揺するような出来事でもあったりしたの?」


 元ダンジョンコアの少女が言った。


「べ、別に……」

「うっそだー。いかにも思春期の恋する少女みたいな顔してるくせに」


 どんな顔だよ。


「……ヨウくん、この調子で女の子ばっか増やしてくつもりなの……?」

「そうしたくてやってるわけじゃないんだけど」

「おっ? ふーん? なるほどー」


 ダンジョンコアがにやにや小悪魔の笑みを浮かべている。


「言いたいことがあるなら、ここで言っちゃえばあ?」

「ヨルム。こいつ遠くに持ってってくれる?」


 絶対ろくでもない奴だわこいつ。個人的な話は聞かせないほうがいい。


「? 了解だ、ご主人」

「うわー!? 何するのー!? こっから面白いところなのにいー!?」


 ムルンも空気を読んで僕たちから距離を取ってくれた。


「あー……うん。何かさ。ほら……ヨウくん、あのスライムの女の子とかさ……女の子と暮らしてるんだよね、今」

「そうだけど」

「それを意識してたら、ちょっと落ち着かなくて……こう」


 ん? あれ? これって……?


「気付いちゃった。ヨウくんのこと好きだったんだなーって」

「……マジか……」


 親友だと思ってた。


「僕、そういうのはあんまり興味なくて……それに……」

「知ってる。……だから、告白はしない。ヨウくんならOKしてくれるかもしれないけど、お情けで付き合ってもらう気なんかない」


 ナギは言い切った。

 色恋沙汰の最中とは思えない、りりしい表情だ。


「ヨウくんはさ。ダンジョン学園に編入して迷宮一筋で行くつもりなんでしょ? スキルに目覚めてから一気に強くなってるし。今の私よりも先に進んでる」

「……まあ」


 その通りだ。

 僕は”ナギと一緒にいる”ことよりも探索者として強くなることを選んだ。

 半分は自暴自棄、半分は現実逃避の遊びだったけど。


「私にそうする勇気はなかった。楽しい学校生活だとか、友達だとか……そういうものを捨て去ってまで先に行く勇気はなかった。……なのに、私のほうを見て、なんて言えないよね。後ろを振り返らせたって、足を引っ張るだけだから」

「そんなことは……」

「そんなことある。私が一番知ってる。曖昧にしか覚えてないけど、かなり迷惑かけてたでしょ? ごめん。私のせいだよ。……ふう。話したら、なんかすっきりした」


 本当にすっきりした顔だ。立ち直りが早い……。

 ……でも、こいつは元からこういう奴だったな。

 肉体的にも精神的にも、僕より強靭な探索者だった。


 だからこそ、逆にこういう動揺が強く響いたのかもしれない。

 普段は何も迷わない人間がいきなり迷いだして、そこに海山大迷宮の事件が重なって……取り込まれかけた、と。

 ダイヤモンドや黒曜石がすぐ割れてしまうのと同じだ。

 曲がらないものは折れやすい。


「心地いいぬるま湯に浸かるのはこれで終わりにする。ヨウくんとは別の道で探索者を目指すことにするよ。……いずれまたヨウくんの隣に立てる機会があったら、その時はよろしくね。今よりもずっと魅力的な人間になってみせるから。私を好きになってればよかったな、って後悔するぐらい」

「ナギ……」


 言ったからには、本当にそうなるんだろう。

 こいつはそういうやつだ。


「君の思ってるほど、僕は立派な人間じゃないよ」

「そう?」

「……この機会だし。一つ、聞いて欲しい話がある」


 子供のころ、僕は何箇所か海外の街で暮らしたことがある。

 両親が年単位で海外のダンジョンに挑んでたから、その都合で。

 一時期、僕は南アフリカ共和国の大都市に住んでいた。

 金山の発見を機に流入した移民たちによって作られた、世界でもトップクラスに危ない街だ。

 ……当時の僕はそれがよく分かっていなかった。自然と、危ない友達ができた。


 友達と路上で強盗をやったことがある。

 信号で止まった車を狙って。友達がどこからか手に入れた本物の銃を使って。

 ……強盗は失敗した。僕たちは警察に追われて、何とか逃げ切った。

 誰にも言っていない。秘密だ。親はもちろん、学校の友達にも。

 強盗相手も僕たちも警察も、誰も怪我はしなかったけれど……後悔している。

 だけど……同時に、僕は暗い興奮を覚えた。

 スリル。背徳。非日常。

 あの感覚は、迷宮で殺し合いをやっている時のそれと似ている。

 嫌いじゃなかった。


「自暴自棄になった僕にとって、ダンジョンはただの現実逃避の遊び場だった。君と一緒に潜ってた頃は、特に」

「な、なんかスケールの大きい悪ガキだったんだね……」

「別に。悪い友達にNOが言えなかったダサいガキってだけだよ」

「でも、そっか。なるほどなー……」


 ナギは苦笑いした。


「私達、わりとくだらないなあ」

「確かに。実態はくだらないのに、自意識ばっかり肥大して……ま、青春ってそういうもんか……」

「自分も青春真っ只中なのに、あはは……まあ、そうかもね。高校生のガキーって感じ。まだまだだよね、私達」

「成長の余地があると思えば」

「うん。成長しよう。で、一流の探索者になろう!」

「ああ! お互い頑張って一流になろう……!」


 一流探索者を目指そう。

 まっすぐな気持ちでそう思えた。

 僕は探索者になる。”何となく”じゃなく、僕はその未来を選ぶ。


「じゃ、じゃあ、またね?」


 ……なんだかお別れみたいな空気になってしまった。

 一緒に居るのがちょっと気まずい。


「あ、磯山たちに連絡してあげて。心配してたから」

「うん。皆にも謝っておかないと」


 ナギも同じだったのか、脱出鍵で先に帰ってしまった。

 さて。


「なんなのー!? 〈原初の鼓動〉の効果で性欲MAXお猿さんになってるはずなのにー!? なんで大人に別れてんの!? はーつまんなーい!」


 ……このメスガキ小悪魔には、色々と話を聞かないとな。

 まあ、今すぐに問い詰める必要もない。

 帰ろう。

 ひどく疲れた。なんだか目の焦点も定まらない……景色がぼやけて……。


「あーあ、力を使いすぎちゃったんだあ? ま、誰だって初めてはやりすぎちゃうものだもんね。ざこざこ探索者なのに無理しちゃってかわいいなあ」

「誰が雑魚だよ……」

「ぽこ!」


 倒れそうになったところを、ムルンが支えてくれた。

 この生意気なメスガキとか不思議な頭のヨルムと比べて、ムルンはまっとうにかわいいなあ……。


「……ま、ざこだけど根性あってステキだよ! このあたしを助けてくれたこと、後悔はさせないからね。でも、見返りは欲しいなあ? 毎食あたしに美味しいもの貢いでほしいなあー?」

「ムルン、帰ろう」

「ぽこ」


 僕たちは脱出鍵を取り出した。


「あ、ちょ、待ってあたしそのアイテム持ってない! 置いてかないでー!」

「一緒に来てもいいけど、頼むから大人しくしてくれよ……」

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