新たな力

 僕たちは戦う覚悟を決めたが、ナギはこちらを見向きもしない。

 ダンジョン学園の生徒たちとの戦闘を続けている。


「これ以上は厳しい! 遥山! 先に帰還しろ!」

「まだデータを……」

「いいから帰れ!」


 リーダーの男は脱出鍵を投げつけ、その鍵へと銃弾を放った。

 弾丸に弾かれた鍵が回転し、眼鏡の女子生徒を強引に地上へ帰還させる。

 だ、脱出鍵ってあんな使い方できるのか……。


「おい! お前らも先に帰っておけ!」

「……僕も戦います!」

「足手まといだ!」


 振り向いたリーダーの背後から、ナギが斬りかかる。


「〈エネルギーシールド〉!」


 駆け寄り、全力で〈エネルギーシールド〉を展開した。

 爪の一撃と衝突する。腕輪が発熱する。知ったことか。


「……っ!? これは……桑原工業の! あれを使いこなすか! いいだろう!」

「僕に考えがある! ダンジョンコアのところに行くから、守って欲しい!」

「信じよう! やってみろ!」


 ダンジョンコアの名を聞いた瞬間、ナギが僕を睨みつけた。

 憎悪と殺気を浴びてすくみそうになる足を気力で動かす。


「ウアアアアアッ!」

「〈ソーンブレット・リロード〉! こっちだ、化け物!」


 僕へ突進を試みるナギを、茨の弾丸が止めた。

 ハイレベルな戦闘が繰り広げられる最中を突進する。

 まだ力は足りないけれど。出来ることはある。


「……おい! ダンジョンコア! 僕は〈解放者〉だ!」


 ダンジョンコア。こいつを壊せば、ダンジョンは力を失う。

 今までの感じなら、ダンジョン内の魔物もまた消滅する……!


「僕はお前を吸収できる! お前を殺せる! それが嫌なら、話せ!」

『吸収? 人間がそんなことできるわけないじゃん』


 人をナメきった調子だ。

 僕は右手を球体に突っ込んだ。光が手に吸い込まれてくる。


『わっ!? どうしてなんで!? せっかく自由になったのに死にたくない!?』

「ウウウアアアアッ!」


 ナギが反応した。攻撃をまともに喰らいながら死にものぐるいで向かってくる。


「ぽ、ぽこっ!」


 ムルンが触手を足に絡ませ、必死に時間を稼ぐ。


「なら、言え! ナギに何をした!?」

『あたし何もしてない!』

「どう見てもお前を守ろうとしてるだろ! お前の声も聞こえてる様子だった!」

『しょうがないでしょ! ダンジョンってのは周辺の物を取り込むんだもん! 偶然彼女が取り込まれて魔物に寄っただけで、あたし関係ない!』

「そのダンジョンの核がお前だろ! ナギを戻せ!」

『戻せって言われても! もう網に取り込まれてるから、あたしの権限じゃないし』


 僕は右手を光に突っ込んだ。


『ひゃっ!? わ、分かったってば! 方法はまだあるかもしれない!』

「その方法は!」

『その力を使って、魔物の中から魂を引っ張り出せばいい!』

「……倒した魔物が女の子化するアレ? でも、アレは僕一人で倒した時しか」

『力を使いこなせてないってこと? ……ねえ、取引しない?』

「一応、聞く」

『その力を使いこなす方法に心当たりがある。教えてあげるから……かわりに、あたしを自由にしてくれない?』


 こんな相手と取引していいのかどうかわからないけど……やるしかない。


「……出来るか分からないけど、分かった。教えてくれ」

『よし、やろう。〈精神泳動サイコフォレシス〉!』

「うわっ!?」


 僕の体が地面へ沈み、視界に異様な景色が映る。

 宇宙のような暗闇と星々。連なる星の雲は、木の根のようにどこかへ伸びる。


 自分の体を見下ろしてみれば、何となく透けていた。

 光の中心へと落ちていくほどに、僕の体は形を失い、霊魂のような曖昧な光の塊へと変わっていくような気がする。


『ダンジョンの裏側へようこそ? さ、あれを見て』


 悪魔っぽい小さな翼を生やした光が僕を受け止めて、逆に上昇し始めた。

 この宇宙の外周にある壁のような部分に、何かが埋まっている。

 ……ナギだ! 透けて光ってはいるけど、どう見てもナギだ!


「ナギ! 大丈夫か!?」

『目を凝らして。何か見えない?』


 彼女の姿をじっと見つめる。

 ……薄い蜘蛛糸のようなものが、彼女の体から出ていた。

 見失わないようにゆっくりと行き先を追う。

 と、僕を受け止めている翼つきの光と繋がっていた。


「お前と……ダンジョンコアと繋がってるなら」


 指先で糸に触れる。それだけで、あっさりと糸は切れた。


「これで解決か?」

『いや、まだだよ。こっち側に来ちゃった彼女を元の世界に戻す必要がある』

「どうすればいい?」

『……教えてあげるから、これを何とかして?』


 僕の目前を光が飛んだ。

 ダンジョンコアには太い糸がいくつも繋がっている。

 どれも頑丈だ。どれだけ引っ張っても糸は切れない。


『そうじゃなくて。きみの持ってる力を集中させるイメージで』

「……そんなこと言われても」

『ほら、ダンジョンの色々なものを引きつけてるでしょ? さっきあたしに触った時なんか、思いっきり力を吸い込んでたし』


 引きつけて、吸い込む。

 なるほど、言われてみれば〈解放者〉が発動してる時はそんな感覚だ。


『狙いを一点に定めて。それができれば、彼女を戻すことも出来るし、その力の本領を発揮することも可能になるよ。さ、早く!』


 右手を糸へと向けて、強くイメージする。

 今までは自然に力が漏れているような状態だ。いわば磁石。

 これを一点に定めて……掃除機のノズルみたいな感じに……。


 ぐっ、と体力の失われていく感覚がある。

 今までとは比べ物にならないほどはっきりと〈解放者〉が発動していた。


 僕の命そのものが激しく失われていく。

 死。その単語が脳裏をよぎる。


 ナギのために、ここまでする価値はあるのか? 僕が死ぬかもしれないのに?

 ここで諦めて帰ったって、誰も僕を怒りはしない。

 だって仕方ないじゃないか。死ぬかもしれないんだ。


 だいたい、僕は何だってプロ探索者なんか目指してるんだ?

 子供の頃から探索者には憧れてたけれど。

 そんな憧れなんて、休み時間にサッカーで遊んでる子供が”将来の夢”のアンケートにサッカー選手って書くのと同じぐらいの憧れだ。

 ……親に捨てられたショックが全てなんじゃないか?

 振り向いてほしくて探索者を目指してるだけなんじゃないのか、僕は?


『弱気にならないで。生命力が失われて後ろ向きになってるだけだから。あと少し力を出せば、あたしは自由になるし、彼女も救える』


 後ろ向き? 違う。元からだ。

 だって僕は半端者だ。

 スキルが芽生えなかったのも当然なんだ。

 僕はダンジョンを愛してなんかいない。ただ状況に流されただけで。

 潜ってると楽しいけれど。半分は遊びで、半分は現実逃避で。


『まったくもう!』 


 何かの泡立つような音が聞こえてきた。

 ぽこぽこいう音に答えて、誰かが叫ぶ。

 ”耐えるぞ! ご主人は必ず戻ってくる!”


 ……ああ。そうだ。

 状況に流された結果だとしても……今、僕には大切な仲間がいる。

 妙な事を考えている場合じゃないんだ。

 成り行きでもいい! 僕はみんなを助ける! それでいい!


「……これでどうだっ!」


 ひときわ強く〈解放者〉が発動する。

 ダンジョンコアを縛っていた糸は切断された。


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