海山大迷宮 十二層


 足元に現れたのは、第四層のボス部屋だった。

 なんとか落下の勢いを殺して着地する。


「は!? ここまで付いてくるの!? 正気!?」

「お前こそ正気かよ!?」

「知らないよ! でも、ダンジョンが呼んでるんだから仕方がないでしょ!?」

「……呼んでるって、何なんだよ!」

「聞こえないの? こんなに大声で叫んでるのに! 話だって出来てるのに!」


 繰り返し地面に大穴が開いた。第五層、六層、七層……。

 ……何なんだこれ。ダンジョン側がナギのために道を作ってるのか!?

 このダンジョンの最深部は第十二層、この調子ならすぐだ……!


「ナギ、だったか。その声の主は誰だ? 異様な迫力を感じないか?」


 ヨルムが彼女に質問した。


「え!? 別にそんなことないけど!?」

「だが、従わずには居られない! 違うか!?」

「……そ、そうかも?」

「その感覚は知っているぞ! ご主人、彼女が聞いている声は〈ダンジョンコア〉のものだ!」

「ダンジョンコアの声!?」

「ああ! ダンジョンコアには、ダンジョン内の魔物を操る権限がある!」


 ……え?


「コアへの強制力が弱まっているならば、多分、こういう命令も出来るはずだ!」

「いや、ヨルム、魔物を操る権限って……魔物?」

「ああ。彼女から魔物の匂いがする」

「どういう……」


 ……脱出鍵が使えなくて、ダンジョンの先に魔物が居るか居ないか感じ取れて、ダンジョンコアに呼ばれて話も出来て……しかも、魔物の匂いがする?


「ヨルム、人間が魔物に近づく事ってあるの?」

「私に聞くな。単にそういう匂いがしただけだ」

「ぽこ」


 ムルンが僕を指差し、地面に沈んでいくような仕草をした。

 ……あれ? 〈解放者〉を使いすぎたときに、僕も何かを聞いたんだっけ?

 自分自身で身を持って経験してる……?

 人間は……ダンジョンに取り込まれることがある……?


 ふと、”この世界に逃げてきた異世界人たち”のことが脳裏をよぎった。

 詳細は分からないけれど、異世界はダンジョンに滅ぼされたはずだ。

 もしかして、この世界も危ない方向に行ってたりするのか?


「ご主人! 置いていかれるぞ!」

「あ!」


 地面の穴が閉じようとしている。慌てて僕はナギを追った。

 十層、十一層、そして十二層。

 海山大迷宮の最深部にナギが降り立つ。僕たちも一瞬遅れて着地した。

 最深部には先客がいた。若い探索者のパーティだ。


「……なにもの?」


 眼鏡をかけたローテンションな女が呟く。

 彼女は高校の制服姿だ。けれど、普通の制服じゃない。

 最初から、戦闘に耐えうるデザインになっている。

 これはダンジョン学園の制服だ。


 彼女はノートPCを抱えている。

 そこから伸びるコードは地中から掘り出されたダンジョンコアへと繋がっていた。

 バチバチと電気の流れる音がする。


 ……そうか。このダンジョンは、以前の事件で壁や床が掘れるようになった。

 なら、僕たちじゃなくてもダンジョンのコアを掘り起こすことができる。

 PCを繋いで何かの調査をしてるんだろう。


「様子がおかしい。警戒しろ、遥山」

「してる」


 探索者たちは、”遥山”と呼ばれた子を守るように陣形を固めた。

 こんな深いところに潜ってる相手だ。僕たちよりも明らかに強い。


「彼女から離れて!」

「……彼女? だれ?」

「とぼけないで! その拷問を止めてよ!」


 ナギはダンジョンコアを指差した。正気じゃない。

 ……この探索者たちは、どういう判断を下す?

 もしも”ナギを殺す”という手に出るなら、黙って見ているわけにはいかない。


 相手は格上だ。死ぬかもしれない。

 そんなことはとっくに覚悟している。

 僕は剣に手をかけ、ムルンたちに戦闘準備するよう目配せした。


「一つ。拷問じゃなくて実験。二つ、あなたはダンジョンに取り込まれかけてる」

「いいから早く! 止めてよ! 苦しんでるんだよ!?」

「どうしてダンジョンが苦しんでるって分かるの。違和感はない?」

「……いい加減にしないと、実力行使するよ……!」

「話が通じない……。ん。んん。波形が変わってきた」


 彼女がノートPCに目を落とす。


「なんだこれ。データにないぞ……素晴らしい、データにないぞ!」

「遥山。危険は」

「素晴らしいことに、不明!」

「素晴らしくない。……彼女を助ける手段はあるか、遥山?」


 リーダーの男が、ナギを指差して言った。


「ある」


 あるのか!


「どうすればいい」

「手段はあるけれど、実行できる人間が見つかってない」

「……なら出来ないと言え」

「手段があるかないか聞いたのは自分」


 ……ないのか。


「いい加減にして! その拷問を止めるか、私と戦うかだよ!」

「遥山?」

「もう少しデータが取りたい!」

「……報酬は上乗せだぞ。戦闘準備」

「待て!」


 僕は叫んだ。


「彼女は僕の親友だ! 手を出すなら、黙って見てるわけにはいかない!」

「遥山、彼は?」

「ダンジョンコアが反応してる。彼も取り込まれてるのかも……いや、興味深いデータ……もう少し見てみたい。少し待って」

「よし。奴も敵だな。了解」

「待って」

「待つ余裕はない」

「……ヨウくんにも手を出す気なの?」


 ナギの気配が変わった。


『本当に、力が欲しい?』


 脳裏にうっすらと声が響いた。

 探索者たちも反応している。僕だけじゃない。


「欲しい」

『いいの? 戻れないよ?』


 声に対応するように、ダンジョンコアが明滅している。

 これは、ダンジョンコアの声、なのか?


「構わない! ずっと言ってるでしょ! 今の私には、置いていかれないための力が必要なんだよ! ……それに、あの拷問を止めさせなきゃ!」

『そこまで言うなら。〈精神泳動サイコフォレシス〉!』


 ナギが地面へ沈んだ。

 魔物やボスが死んだ時と似たように、光の粒子が巻き上がる。


「ナギ!?」

「遥山、この現象は」

「素晴らしい! 人間がダンジョンに取り込まれる瞬間! このデータを持ち帰れば、過去の行方不明者に起きた事も明らかになる! 魔法科学が進歩するううう!」


 ローテンションなぼそぼそ声なのに、うるさいぐらい感情が伝わってくる。


「……聞くだけ無駄か」


 ナギの沈んでいった地面が、一際強い輝きを放った。

 散っていった光の粒子が再び集まり、人型を作る。


 だが、そのシルエットには、いくつも余計なものがあった。

 角。爪。尻尾。

 人間ではない存在の輪郭が作られていく。


 光が晴れていくにつれ、”ナギだったもの”の姿が現れていく。

 いくつもの要素を継ぎ接ぎにして作られた人型の魔物がそこにいた。

 ……この海山大迷宮に出てくる魔物を思わせる要素が多い。

 全体的な雰囲気は悪魔だ。バフォメットじみた山羊の頭に、石の混ざった青の肌。

 下半身は狼を思わせる毛皮で覆われ、蛇のような尻尾が伸びている。


 ナギ、なのか?

 とてもそうとは思えない。ヨルムたちと比べても、はるかに魔物の要素が多い。

 〈キメラ〉という名前が自然に浮かぶぐらい、それは人からかけ離れていた。


「……ウウウアアアアアアアッ!」


 咆哮と共に、キメラが突進する。

 鋭い爪の一閃が、ダンジョンコアを絡め取っているケーブルを切断した。


「わ! やられたか! まあいい、次は交戦データを取ろう!」

「聞いたな! 交戦しろ!」


 リーダー格の男が、腰から大型の回転拳銃を抜いた。

 銃スキル持ちか!? かなり珍しいスキルだ……!


「〈ソーンブレット・リロード〉!」


 装填された魔法弾丸が、銃口から飛び出して空中に茨の軌跡を伸ばしていく。

 キメラは茨の間に挟まれ、拘束されてもがいた。


「〈ピアシング・レイ〉!」


 銃から放たれた貫通ピアシング光線レイは、名に反してキメラの表皮で止まった。後に残された高温空気がゆらめいている。

 威力不足というより、あのキメラが強すぎるのか……!?


 ダンジョン学園の生徒たちが、目にも留まらぬ勢いでキメラへ飛びかかる。

 だが、茨の拘束は瞬く間に解かれ、キメラは瞬時に地を蹴って追撃をかわした。

 凄まじい破壊力のスキルが飛び交う。

 銃声と金属音が鳴り響き、ダンジョンへ無数の爪痕が刻まれた。


 ……僕の入る隙がない。

 強すぎる。縦横無尽に飛び回るキメラも。それに負けていないダンジョン学園の生徒たちも。


「余波が行ったぞ!」

「っ!」


 キメラへと放たれた衝撃波の狙いがそれた。僕へ向かってくる。


「〈エネルギーシールド〉!」


 慌てて買ったばかりの盾を起動した。

 パタパタ展開したシールドへ衝撃波が直撃し、バキッ、と盾が貫通される。

 弱まった衝撃波をギリギリのところで避けた。


「熱っ!?」


 エネルギーシールドの腕輪が激しく発熱している。

 肌が焼かれて、ひどい痛みが襲ってきた。


「ぽこ!」


 ムルンが触手を伸ばし、腕輪を薄く包み込んだ。

 熱が遮断され、〈リジェン〉の効果で火傷も治っていく。


「あ、ありがとう……」


 道中で受けた攻撃とは桁違いの威力だ。

 レベルが違いすぎる。これがダンジョン学園か……!


「ご主人。……どうする?」


 ……何も出来ない。

 キメラは一切の容赦を見せず、探索者たちへ殺意の一撃を振るっている。

 ぎりっ、と歯が鳴った。

 力が足りない。

 親友が正気を失って魔物になっているのに、止めることもできない。


「くそ、何だよ……! 何か起これよ、すごいスキルなんだろ……!」


 僕は〈解放者〉を発動させようと念じてみた。

 何も起こりはしない。


 目まぐるしい攻防の天秤は、徐々にキメラの方へ傾いている。

 少々のスキル攻撃を受けても物ともしない圧倒的な暴力が、探索者たちの一人をついに捉えた。


 血飛沫と共に、腕の一本が飛ぶ。


「あ……」


 キメラはそこで満足せず、鋭い爪を首筋めがけて振るう。

 だが、寸前で〈脱出鍵〉が間に合った。腕の一本だけが後に残る。

 こういう迷宮内の病院なら、治療費さえ払えば腕ぐらいは生やせるので、後遺症の心配はないはずだ。よかった、人が死ぬところを見ずに済んだ。


 いや……。ナギが人を殺すところを見ずに済んだ、か。

 いつまでも目を逸らしてはいられない。

 あのキメラは、間違いなくナギだ。ナギなんだ。


 ナギがもう一人を捉えた。腹に大きな傷を負った男が、慌てて脱出鍵を使う。

 このままいけば、ダンジョン学園の探索者たちは撤退を強いられる。


「ご主人! まずいぞ!? どうする、帰るか!?」

「……見捨てて逃げるなんて、できない……!」


 ナギの様子がおかしくなったのは、海山大迷宮に変化があったタイミング。

 その変化が起きた原因は僕。回り回って、この事件の発端は僕にある。


「本気だな? 分かった。覚悟があるなら、私も付き合おう」

「ぽこ」


 皆は戦闘態勢を取った。

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