海山大迷宮 三層
「ナギ! ちょっとぐらい待てよ!」
「……」
無言で進む彼女を追いかける。止まる様子はない。
一年たちを守る必要がなくなったので、僕も離れずに付いていける。
ムルンたちも遅れる様子はない。当然か。
「どうしてそんな無理に進むんだ!?」
「……何でだろう?」
ふと、彼女は立ち止まった。
「でも、なんだか、潜らなきゃいけない気がするんだよね。……それに。このままだと、ヨウくんに置いてかれちゃうよ」
「別にそんなこと」
「私のお父さんと戦ってるとこ、見たよ。ヨウくん、相当レベルが上がってたよね」
あ。大怪我した時点でレベル16だったのが、あの時点でレベル25だ。
短時間でそんなにレベルが上がってるってことは、普通に考えれば、相当な無茶を繰り返したってことを意味する。
動き方からレベルの差がバレたのか……。
「私に無茶するなって言うけど、自分が無茶するのはいいの? どうして私に何も話してくれないの? 私達、親友だと思ってたのに」
「う。そ、それは」
「知ってるよ。何か事情があるのは。あのイルティールとかいう異世界人と話してるし、変な魔物の女の子を侍らせてるし。見てれば、何かあったのは分かるよ。でも」
ナギは僕の目をじっと見つめてから、また歩き出した。
「抑えてたのに」
「え?」
「私はずっと抑えてたのに。ヨウくんと一緒にダンジョン学園へ編入したかったから。本当はもっと深く潜れたのに、ヨウくんに合わせてたのに」
「……それ、本当に?」
「本当だよ。私にはスキルがあるんだから」
彼女はふいに後方へジャンプした。
が、何かに押されているかのように空中で前方へ加速して、その勢いで壁へと薙刀を突き立てる。
〈鉄穿〉。文字通り、鉄をも穿つ一撃だ。
それを力任せに引き抜いたあと、彼女は回転しながらの一撃を放つ。
達人以上の異常速度で放たれる〈回転撃〉。見切るだけでも難しい。
そうだ。スキルの無かった僕と違って、ナギは昔から真っ当に有望だった。
実際、昔から彼女のほうが活躍してたし。
その気になれば、僕を置いて一人でダンジョン学園に編入するのも不可能じゃなかったかもしれない。
「何でそんなこと」
「待ってたんだよ! 君が来るのを! 絶対に来るって信じてたから!」
「……っ」
「私は待ってたのに! ヨウくんはスキルを手に入れた瞬間から一人で勝手に先に行っちゃうなんて。私は今まで、何をやってたんだろ、って」
「……」
理由はある。
……〈解放者〉なんて変なスキル、そうそう言いふらすものじゃない。
イルティールは何回か、このスキルの危険について警告してきた。
親友だとしても、親友だからこそ、ナギには伝えるべきじゃない。
それでも、伝えてしまいたい。
親友を危険に晒す自分勝手な行いだと分かっていても、こんなのは……。
「ナギ。事情があるんだ」
「事情って、何?」
「……言えない。君にも危険が及ぶかもしれない」
言うべきじゃない。僕は拳を握りしめた。
行き場のない感情を、そうやって握りつぶして黙っているしかない。
「ぽこ……」
ムルンが慰めるように僕の肩を撫でてきた。
「……慰めてくれる相手がいるんだ。良かったね」
ナギは冷たく言った。
「良いよ。事情があるのは分かるよ。でも、少しぐらい……ん?」
彼女はいきなり変な方向を見た。
片膝立ちになり、地面を見つめている。
「……本当に? ひどい」
何かを呟いた。独り言のようには見えなかった。
誰かと話しているみたいな調子だ。
「ご主人。彼女は……?」
ヨルムが戸惑っている。
何だこれ。明らかに正気じゃない。
「ナギ? 大丈夫なのか? ……よければいったん帰ってさ、ファミレスで話でも」
「ごめん。行かなきゃ」
彼女は駆け出した。
入り組んだ地下迷宮を、道を知っているかのように迷いなく進んでいく。
追いかけるのも一苦労だ。
「そ、そんな進み方して魔物にばったり会ったらどうするんだ!?」
「分かるから大丈夫! 放っといて!」
「はあ!?」
ナギは周辺警戒なんか一切せずに全力疾走で迷宮を進んでいく。
「付いてこないでよ!」
「いや、明らかに様子がおかしいんだからさ! そんな調子の親友を放っておけるわけないだろ!」
「……それは、そうだけど!」
彼女は全力疾走の勢いのまま、いきなり壁を蹴った。
さらに〈鉄穿〉での空中加速を使い、軌道を変える。
薄暗い暗闇の奥に現れた数匹の魔物を、その勢いで飛び越えていった。
「なっ!?」
い、いきなりゲームみたいな動きしてるなあ!?
あんな動きしてるとこ見たこと無いぞ!
……今までずっと、あれぐらい動けたのかよ!?
「く、くそっ!」
魔物の正体を見極める暇もない。勢いのままに斬りかかる。
反撃の爪らしき何かが僕を掠めて、腕に血の筋が走った。
「ぐ!」
先手を取って姿勢は崩したと思ったけど……!
この剣、相手をすり抜けるから一人じゃダメージが入らない!
「ご主人!」
無理矢理に走り抜ける。ヨルムたちが魔物を仕留め、すぐに追いついてきた。
「ちょっと楽しくなってきたぞ! このまま追うのか!?」
「能天気だなあお前は! 追う! 心配だ!」
「……人の心配してる暇があるなら、自分の心配をしなよ!」
ナギは行く手の魔物を〈回転撃〉で強引に薙ぎ払って突き抜けた。
「ご主人、そのまま真っすぐ!」
「ぽこ!」
ヨルムが左を、ムルンが右を。左右に魔物を押しのけて道を作った。
おかげで足を止めずに突っ切れた。魔物は背後に置き去りだ。
「し、しつこいなあ……!」
「そりゃ、こんな無茶を見せつけられて放っておけるわけないだろ!?」
「だから、私は分かるんだってば!」
ナギは第三層のボス部屋を突っ切った。
他のパーティに討伐されたのか、ここも空だ。
「分かるって何だよ! 一体どうしたんだよ!?」
「うるさい! こっちは大急ぎで向かってるとこなんだから! ……このままじゃあ間に合わない、道を!」
ボス部屋の中央に大穴が現れた。
ナギは戸惑いすらせず飛び込んでいく。
「……う、うおおっ! 待てえっ!」
僕は気合で追いかけた。ナギが大丈夫なら、たぶん僕も大丈夫、のはず!
「ぽこ!? ぽ、ぽこおおおおっ!」
「ご主人!? 勢いで飛び込んじゃったが! これ平気なのか!?」
「分かるわけないだろ!?」
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