海山大迷宮 二層
僕たちは海山大迷宮の第一層を難なく突破した。
まだ敵も弱いので、磯山とダンジョン部の一年生たちでもなんとかなる範囲だ。
第一層は5レベルあれば十分だと言われている。
一層ごとに平均5レベル相当ぐらい手強くなっていくので、第三層を超えた時点でナギと僕以外はつらくなるだろう。
「遅いぞー!」
第二層。
息を整えようとする一年を半ば無視するように、ナギはどんどん先を行く。
敵を倒しきることすらせず、穴をすり抜けるような進み方だ。
……ナギは元から前に行きたがりだったけど、ここまでじゃない。
やっぱり何かがおかしいみたいだ。
「磯山、ナギはいつからあんな調子になったの?」
「つい最近なんっすよ……」
「具体的に何時からおかしくなったか、覚えてない?」
「具体的に? うーん……あ! そういえば! この前、海山大迷宮に居る間にスタンピード警報が出たじゃないっすか。あの時、先輩が……」
磯山は同級生の一年たちに確認を取り、改めて言った。
「ナギ先輩だけ、何か聞こえてたみたいなんです。警報が届いた瞬間、すぐ〈脱出鍵〉を使おうとしたんですけど、先輩の様子がおかしくて……近くに居た他の探索者は脱出鍵を使って逃げてたのに、僕たちだけ逃げ遅れちゃったんですよ」
例の”ダンジョンの呼び声”か。って、ん?
「……脱出鍵? ちょっと待てよ?」
何かがおかしい気がした。
頭に引っかかる違和感の正体を探そうとしたけれど、その間にもナギは一人でごりごりと進んでいった。
悪魔の石像っぽい魔物が三体現れ、行く手を塞ぐ。
ナギは中央の一体を薙刀の一撃で斬り倒し、間を抜けていく。
異常に鋭い太刀筋だ。
「うわっ!? 先輩、石を薙刀で斬り裂いてるっす!?」
「待て、ナギ! ……ムルン、ヨルム! 急いで残りを倒そう!」
「ぽこ!」
「了解した。〈秘爪〉」
ヨルムは赤く輝く剣を生成し、疾風の勢いで石像へ斬りかかる。
だが、剣はカキンとあっけなく弾かれた。
見た目の通り、刃物で相手するのは難しそうだ。
動きが鈍いし、推奨レベルは低いんだろうけど、倒すのは手間だな。
「あれを一撃で斬り裂いたのか、ナギのやつ……」
「ご主人! こいつら硬いぞ!」
「分かってる」
僕は先頭に立ち、腰に吊った剣を抜く。
今日は(顧問の爺さん先生は居ないけれど)一応部活だから、申請さえすれば合法的にこの剣も使える。
これの特性は、”斬ったところに弱点を作る”ものだったはずだ。
「ヨルム。僕の後ろに付いて、弱点へ追撃を入れて欲しい」
「弱点?」
「見ればわかる」
鈍い動きで殴りかかってくる石像へ、袈裟懸けに一閃。
するりと剣が魔物をすり抜け、石像へと斜めに赤い線が刻まれる。
「ヨルム!」
「ああ!」
ヨルムが僕の頭上を飛び越え、回転しながらアクロバティックな一撃をきめる。
赤い線を中心に、ぱっくりと石像が二つへ別れた。
「なんだこれは! すごい威力だなご主人!」
「うわ、多摩梨先輩の魔物も石像を一撃っすか!? しかも華麗!?」
もう一体の石像へ群がっていた磯山たちが、思わず驚きの声を上げた。
……彼らは石像を取り囲んでボコスカ滅多打ちにしている。
致命傷が入る様子はない。
どころか、よそ見していた磯山が石像にぶん殴られてよろめいた。
「〈エネルギーシールド〉!」
慌ててエネルギーシールドを展開し、追撃を防ぐ。
石像の拳はあっさりとシールドで止まった。さすが八十万円!
「どいて!」
彼らを引かせ、剣で弱点を作る。
背後についたヨルムが、間髪入れずに弱点を突いた。
「ぽこ?」
ムルンが磯山に寄っていって、殴られた場所をさする。
傷がじわじわと回復していった。回復スキルの〈リジェン〉だな。
「お、おお……なんと神々しい回復……まさに女神……!」
「……ぽ」
磯山が勝手に興奮している……。
「追うよ」
僕たちは小走りでナギを追いかけ、なんとか先で追いついた。
……そんな調子で戦闘を繰り返しているうちに、二層のボス部屋が現れる。
だが、広い空間には何もいない。一応、層ごとにボスが現れるタイプの大迷宮だけれど、人の出入りが多いから誰かに倒されてるのも珍しくないからな。
空のボス部屋を抜けると、下へと降りる階段が現れた。
第三層。推奨レベルは15だ。
「磯山。ここで帰ったほうが良い」
「嫌っす! 殴ってでも止めろってナギのお父さんにも言われたじゃないっすか!」
「今の君たちで、ナギに追いついて殴れる?」
「う……それは」
磯山は渋々頷いた。
「……そうっすね。まだ先輩たちにはついていけてない……足を引っ張った挙げ句に大怪我でもしたら、洒落にならないっす」
「でしょ?」
「多摩梨先輩。申し訳ないけれど、暴走してるナギ先輩を止めるのは任せるっす」
「任された」
最近はずっと助ける側に回ってばっかりだ。これで三回目だぞ。
まあ、助けられてばっかりよりはマシか。
「あと、磯山。帰る前に確認なんだけど」
「はい?」
「この前の海山大迷宮の事件のとき、他の探索者は本当に脱出鍵を使えてたのか?」
「使ってましたよ。だから他の探索者に合わなかったんすよ。使えなかったら、他にも大勢ダンジョンの中に閉じ込められた探索者が出てたはずっすよね?」
「た、確かに」
そうだ。よく考えれば、中に取り残されたのがナギたちだけの時点で何かがおかしかったんだ。
スタンピードの最中は脱出鍵が使えなくなったりするけれど、あれはそもそもスタンピードじゃなかったんだから、脱出鍵を使えなくなる道理はない。
「ナギは脱出鍵を使おうとしたんだよな?」
「でも、使えてなかったっすよ? たぶん、ナギ先輩が何かを聞いてる間に時間が経って手遅れになったのかなあって思ってたんすけど」
「いや、どうだろうな。そんな一瞬しか脱出鍵が使えなかったなら、他にも閉じ込められた探索者が大勢出るはずだから……磯山、お前たちは脱出鍵を使ったのか?」
「いえ。先輩が使えてなかったんで、無理なのかなって思って使ってないっす」
ナギは脱出鍵を使わなかった? いや、それは流石に無いよな。
……使えなかった? ナギだけ?
「ありがとう。何かの手がかりになりそうだ」
「いえ。じゃあ、ナギ先輩を頼むっす!」
磯山と一年たちは脱出鍵を取り出し、空中でひねった。
彼らの姿はすぐに消える。無事に地上へ戻れたみたいだ。
……こんなことをやってる間にも、ナギは先へ進んでしまっている。
僕は慌てて背中を追いかけた。
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