ダンジョンの呼び声


 イタチ山ダンジョンの中。

 青空と草原がひたすら続く心地よい世界の中で、僕たちは魔物を狩った。


 レベル1にも関わらず、ヨルムは中々の動きを見せていた。

 軽やかな動きで魔物を翻弄しつつ、〈秘爪〉のスキルで生み出した赤く輝く剣を振るっていく。

 ただ、防御は苦手みたいで、いったん足を止めての殴り合いになると苦しそうにしていた。

 見てた感じ、速度が武器の”軽戦士”なんて呼ばれるタイプみたいだ。


 けっこうタイプが別れてるな。

 僕はどちらかといえば足を止めて正面から戦う”重戦士”タイプ。

 で、ムルンは遠距離攻撃も出来る回復役の”ヒーラー”だ。

 ……ゲームみたいな分類だよな。ダンジョンがゲームみたいな世界なんだから、ゲームの用語が使われるのも当然ではあるけれど。


「おっ、今日はまだボスが狩られてない!」


 人気のあるイタチ山ダンジョンにしては珍しく、奥地にボスが立っていた。

 姿はただの狼だが、僕たちを値踏みするような瞳は知性を感じさせる。

 どことなく威圧感を放っていて、実際よりも大きく見えた。


 ここは扉がないかわり、ボスの付近が湖で囲われている。

 その湖の外周に、いくつも注意看板が並んでいた。

 ”警告! ボス部屋の外側からの攻撃禁止! 遠距離攻撃を行った場合、スタンピードが発生する可能性があります!”

 と書かれている。


 ……なんていうか、地味に危ないダンジョンだよな、ここも。

 当然だけど、ダンジョンなんて無いほうが安全だ。

 〈解放者〉を使って消滅させたっていいよな、別に。


「よし、三人で行こう。僕が正面に立つから、頃合いを見て援護してほしい」

「ああ。分かった」

「ぽこ」


 僕は鉄棒を構え、中央へ通じる細い陸地を進む。

 座っていた狼が身を起こし、臨戦態勢を取った。


 重心を落とし、間合いを測りながらじわじわと近づく。

 ある一点を越えた瞬間、僕と狼は同時に駆け出した。

 赤色の爪と鉄棒がぶつかりあい火花を散らす。


 打ち合いは僕が優勢だ。狼は俊敏な動きで間合いを取った。

 急加速して僕の横へ回り込もうとしてくる。

 僕はその場で回転しつつ、隙を作らないよう構えを維持した。


 狼がパッと横に飛ぶ。ムルンの伸ばした触手が尻尾を掠めた。

 狼の瞳がムルンを向いた瞬間、僕の脇をヨルムが駆け抜けていった。

 赤色の剣が瞬く。ボスはその姿を失い、輝く粒子となって地面に吸い込まれた。


「ナイスだ!」


 今のは良かった。うまいこと強みを生かして連携出来たな。

 この調子で行けば、難しいダンジョンにも挑めるはずだ。


「……ふう。正面を張ってくれる仲間がいると楽でいいな」

「ぽ!」


 ムルンがヨルムの肩をぷよぷよ叩いて労った。


「……さて」


 僕はボスの死んだところをじっと見守った。

 地面へと消えていった粒子が、逆に地面から湧き上がってきて、人型を作る。

 そして、フェンやヨルムにそっくりな狼耳の少女が現れた。


「やるな、私」

「ああ」


 そして、二人は手を絡ませ……。


「ストップ! ちょっと待った!」

「うん?」

「なんだ?」


 二人の少女が僕を見た。


「何が起きてるのか説明してほしい! どうして君はその姿に!?」

「そう言われてもな」


 ヨルムじゃないほうの少女が、腕を組んで考え込んだ。


「そもそも、私をこの姿にしたのはご主人だ」

「僕?」

「そうだ。ダンジョンに隷属していた私を解放し、消失する前に主を書き換えた」

「……僕は何もしてない気がするんだけど」

「なら、無意識に〈スキル〉の力を使っているのか?」

「おそらくそうだろうな、私」

「ああ」


 自分同士で勝手に納得されても困る。


「ダンジョンに隷属していた、っていうのは? どういうこと?」

「そのままだ。私は巨大な何かの支配下にあった。ダンジョンそのもの、と言うべきだろう。……だが、私が居たのは末端だ。それ以上の事は分からない」

「うーん……?」


 ダンジョンが魔物を作って操ってる、ってことか?

 で、僕はダンジョンから魔物を”解放”してると……。


「一つ言えることはある。私はコピーだ。そこの私もコピーだ」

「間違いない。私は”網”に繋がっているのを感じていた」

「無数の私がいることだけは知っていた。中心に、一際強い存在が居ることも」

「おそらく、それが私のオリジナルだ」


 ヨルムは言った。


「つまり……君達のオリジナルはダンジョンに取り込まれてて、勝手に複製されて操られてるってこと?」

「そういうことになる」


 ……うわ。自由意志とか自我を奪ってコピーしたやつを、魔物の姿にして操ってるってことか。

 ダンジョンってもしかして、相当邪悪な存在だったりする?

 っていうか、じゃあ、僕が倒してきた魔物の正体って……?


「ご主人。そう暗い顔をするな。私達が魔物だった時は、特に自我など無かった。苦痛も感じたことはない。むしろ心地良いぐらいだ」

「そ、そうなんだ?」

「ああ。さっきの戦いも、薄ぼんやりとしか覚えていないが、苦痛はなかった。むしろ楽しかったことをなんとなく覚えている。いい戦いだった」


 ヨルムじゃない方の少女が言った。

 本人がそう言うんなら、”実は魔物は苦しんでました”みたいな胸糞真実はないんだろう。それこそゲームで戦ってるのと似たようなものなのかも。


「しかし、このダンジョンは退屈しなさそうでいいな、私。私の居たところはもう少し本体に近くて、そのせいかあまり人が寄り付かなかった。退屈だったぞ」

「ああ。戦うまでの待ち時間は少なかった」


 ちょっとだけ謎は晴れたような、深まったような。

 まあ……少なくとも、ダンジョンを攻略するのに躊躇する必要はなさそうだ。

 なにせ魔物の側も”人が来ないと退屈”らしいし。

 なら遠慮なくプロ探索者を目指してダンジョンに潜らせてもらおう。


「さて、私。融合するぞ。少しぐらいは補完される情報もあるはずだ」

「ああ」


 ヨルムたちは両手を繋ぎ、額を合わせた。

 ……ほんとに黙ってれば美少女だよな。

 百合の花が咲いてそうな光景だ。


 ヨルムたちは強く輝き、合わさって一つになった。

 ムルンの時と同じだ。チカチカとレベルアップの光が明滅している。


「オリジナルが同じ相手同士なら融合してレベルアップ出来る、ってことなのか?」

「それで合っているはずだ」


 ヨルムが頷いた。


「あとはさ。女の子になる条件とか理由って分かる?」

「それはお前がやっていることだろう? 私に聞かれても困るぞ」


 そ、そうか。確かに僕のスキルの側の効果だよな。

 こればっかりは検証しにくいし……いや、待てよ。


「このダンジョンの狼を女の子にしたら、ヨルムといくらでも融合させられる?」

「出来るが、あまり意味はないと思うぞ」

「やってみよう。ちょっと条件を確かめておきたいから」


 しばらくダンジョンをうろついて、僕は気づいた。

 僕が攻略したことで、このダンジョンからは不壊性が失われている。

 土を掘ることも出来た。


 けれど、魔物は消えていなかった。しばらく居残るらしい。


 というわけで、僕たちはしばらく”女の子化”の検証を実行した。

 一人だけで戦ってみたり、皆で戦ってみたり、オリジナルが同じヨルムだけで戦ってもらったり。

 結果。昨日の夜に考えていた条件は正しいみたいだった。

 そのへんの魔物は、僕が一人で倒さないかぎり少女化しない。

 一つ目の性質は、これで確定と見ていいはずだ。


 二つ目の”少女化した魔物が同じようなボスを倒した時だけ、僕一人で倒さなくても少女化する事がある”っていう性質も、たぶん正しいことが確定した。

 正確には、”コピー元が同じ場合、少女化した魔物がボスを倒すとボスも少女化する”っていうべきか。


 あと、もう一つ気づいたことがある。

 融合させるとレベルが上がるみたいだ。

 光った回数からして、もうヨルムのレベルは九に達していた。

 かなり効率のいいレベル上げの手段だ。


「よし! もう一匹いた! ヨルム、もう一度!」

「ぽこ……」


 ムルンが僕にしがみついて、引き止めるような動きをした。

 なんだ?


「……いいが……大丈夫なのか、ご主人?」

「え?」

「疲れて見えるが」

「大丈夫。まだ問題ないよ」


 僕は狼へ突進し、鉄棒を振るって倒した。

 魔物が光になってダンジョンに吸い込まれ、途中でその流れが逆転する。

 スキルが発動するのと同時に、僕の体から力が奪われ……。


 僕の体から光が飛び出し、ダンジョンの地面の中に吸い込まれていく。


「あ……え?」

「ぽ、ぽこ!?」

「ご主人!」


 立っていられなくなり、僕は膝から地面に倒れ込んだ。

 視界が暗転する。力が吸われていく。

 何が起こってるんだ。分からない。

 重力に引かれて、意識がどこかへ落ちていく。


 光。遠くに光が見える。

 それはまるで星雲のような、無数の光が連なる光景だった。

 目で光の列を追う。うねり、のたくりながら虚空へ連なる無数の光の列は、全てが一箇所へと通じていた。

 それは木の根に似ている。


『来て』


 呼び声が僕の魂を鷲掴みにした。

 行かなければいけない。

 彼女が僕を呼んでいる。

 ダンジョンが、僕を呼んでいる。


 重力に引かれて落ちる僕の後ろ髪を、何かが掴んだ。

 柔らかい感触。それがムルンの触手だと気づいた瞬間、僕は急激に引き戻された。


「ぽ!?」

「ご主人! 大丈夫か!?」

「あ、ああ……」


 僕の後頭部に柔らかいものが当たっている。

 ムルンが僕を抱きかかえて起こしてくれたみたいだ。

 いつの間にかダンジョンの外に出ている。脱出鍵を使ってくれたらしい。


「……なんだったんだ?」


 何かあったような気がするけど、もう記憶がぼやけていた。


「体力を使いすぎだ! 帰るぞ、ご主人!」

「ぽこ……!」


 二人に支えられながら、僕はイタチ山を後にした。



イタチ山ダンジョン ☆4.1 口コミ 559件

※礼和3年7月1日をもって、このダンジョンは消失しました※


口コミ:


へるべろす(その他/テイマー)

ペットのレベルを上げてる最中、いきなり魔物が変な行動をしてました。

不気味だったので逃げ帰ったら、ダンジョン消失の前触れだったみたいで。

あのまま巻き込まれてたらと思うとぞっとしません。

やっぱりダンジョンって怖い場所ですね……。


Sato(その他)

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SatoTWITE@Alphamail.com

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