役得……?
「ご主人、大丈夫か?」
「なんとか……」
脱力しきった体でソファに寝転ぶ。
もう体力の限界だ。
……どんなスキルも、使えば体力を消費する。
〈解放者〉なんて特別なスキルを乱打すれば、当然こうもなるか。
少し検証に夢中になりすぎた……。
「ぽ?」
ムルンが持ってきてくれた水を飲み干し、頭を冷やす。
彼女たちが居たおかげで、無事にこうして帰ってくることは出来たけれど、たぶん相当危ない状況だったはずだ。
……何が起きたのか分からないけれど、知ろうとすればもっと危ない目に遭う気がする。耳に残る呼び声だった。次は戻ってこれるかどうか。
この〈解放者〉ってスキルは、興味本位で振り回すべきものじゃない。
でも、何も知らないでいるのもそれはそれで危ない気がする。
訳知り顔で僕を誘導しようとしてるイルティールだって、善人だとは限らない。
どうしたものか。
……今は考える気力がない。
僕は目を閉じて、眠気に身を任せた。
- - -
『ご用件のある方は、ピーッと鳴りましたらお名前とご用件をお話ください』
『もしもし。磯山っす。LIINEもTweeterも返ってこないので電話しました。ナギ先輩の様子がおかしいんです。今日も学校帰りに部活でダンジョン潜ってたんですけど、なんだか無謀っていうか命知らずっていうか、怖いくらいに強引な進み方をするんです。怪我して血を流しながら、”ダンジョンが呼んでる”とかって。一緒に脱出鍵使って帰ろうとしたんですけど、なんか先輩だけ中に残ってて……あ! 先輩帰ってきたっす! また後で連絡しまっす!』
『ご用件のある方は、ピーッと鳴りましたらお名前とご用件をお話ください』
『もしもし? ナギ先輩、元気そうでした。すいません。怪我してたように見えたんですけど、地上でよく見たら特に怪我とかもしてなかったみたいっす。心配しすぎでした。土日にも潜ることになったんですけど、多摩梨先輩も来ませんか?』
- - -
「……?」
胸に息苦しいものを感じて、僕は目を覚ました。
カーテンの裏から漏れるわずかな街灯の光が、ヨルムの顔を薄く照らしている。
「何してるの?」
「あ」
僕に乗っかっていた彼女が、慌てて横へ降りた。
「その……」
「うん」
「ご主人が消えないか心配だった」
「消えないと思うけど」
「分かってる。でも、心配だった。見ていないと、目を離した隙に消えるんじゃないかと。馬鹿げたことだと分かってはいるんだが」
ヨルムは食卓の椅子に腰を降ろした。
「……もしもご主人が死んだら、私はどうなるのか、考えてしまった」
「それは……」
どうなるのだろう?
僕が死んだあとでも人間態を保つのか、それとも……?
絶対に検証なんて出来ないし、知りたくもない。
……〈解放者〉とは無関係に、ダンジョン探索には危険が付きまとう。
いつでも脱出できる脱出鍵だとか、色々な安全策はあるけれど、100%安全とは言い切れないのが現実だ。
まあ、交通事故よりダンジョン探索のほうが死者数は少ないんだけど……。
「私は魔物に戻ってしまうのだろうか。何も考えられないようになって、あたりを彷徨って人を襲うしか出来なくなるのだろうか。わからないのが、怖い」
普段のすっとぼけた様子からは想像もつかないほど真剣な様子だった。
「少なくとも私には、いくらでも同じような存在がいる。またこうして動ける”私”が現れるかもしれない。だが、ご主人は一人っきりだ……」
ヨルムはふと考え込んで、僕の下半身をじっと見つめた。
「……一人じゃなくなればいいのでは?」
「お前は何を言ってるんだ」
「よし! ご主人! 増やそう!」
「増やすって何!? 直球すぎて逆に歪曲表現……!?」
うわーヨルムが馬乗りになってのしかかってきた!?
い……意外と胸がある……あ、尻尾がふとももを撫でて……じゃなくて!
駄目だって! 色々と!
「増やすぞ! ご主人!」
「増やさない!」
ズボンを脱がそうとするヨルムに全力で抵抗する。
「……ど、どうしてそんなに抵抗するんだ!? 私が嫌いなのか!?」
「そういう問題じゃないでしょ!?」
「私はご主人のことが大好きだぞ!」
「馬乗りになってから言われても困るよ!?」
ズボンを引っ張る力と降ろす力が拮抗している……!
さっきまでのシリアスな空気はどこへ行ってしまったんだ……!
帰ってこいシリアス! 重い話の方が今のアレより数倍マシだ!
「どうしてだ!? 思春期の高校生というやつは頭がホルモンで春になっているのではないのか!?」
「どこで仕入れたんだよそんな知識!」
確かに合ってる気はするけど! 僕は違うし!
「……なんだか興奮してきたぞ、ご主人!」
「一人で興奮してろよ僕を巻き込むなよ!?」
身の危険を感じる……!
ぐぐぐ、レベル差があるから腕力じゃ負けてないぞ……!
僕のズボンは死守するからな……!
「……ぽこっ!? ぽーこー!?」
「ムルン! 一緒にご主人を増やさないか!?」
「!?!?!?ぼげっ」
ムルンが少女の姿を維持できなくなって完全なスライムに戻ってしまった!?
「ぽげーっ!」
「ぐわーっ!?」
触手攻撃! クリーンヒット! 吹き飛ぶヨルム!
「よくやった!」
完全にべちょべちょのスライムモードなムルンの元へ駆け込む。
僕たちは二人で身を寄せ合った。
「ぽ、ぽこぽこ……」
スライムから生えてきた触手が僕の頭を撫でた。
安心する……。これがバブみというやつなのか……。
……これはこれで分かっちゃいけない奴な気がする……!
そんなこんなで。
僕は二階の自室にムルンと籠もり、扉に鍵をかけてぐっすり寝た。
暖かくて柔らかいムルンは完璧な抱き枕でした。まる。
……世の男に殴られそうなレベルの役得だな、僕。
ちなみに、磯山の留守電に気付いたのは翌朝のことだった。
すまん磯山。美少女と色々やってて忙しかったんだ、僕は。
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