増えたぁ!


 尻尾をふりふりしながら、フェンは海山市の川沿いを進む。

 このへんは古めの工業地帯だ。いろいろな物が流れ込んだドブ川と、色あせた建物ばかりが並んでいる。


「ここだ!」


 フェンは橋の裏側へと降りていく。

 荒れた河川敷の先に、厳重に閉鎖されたダンジョンがあった。


 嫌な予感がしたので、スマホでこのダンジョンを調べてみる。

 あった。〈境見川ダンジョン〉。推奨レベル42。獣系の魔物が出るらしい。

 ちらっと口コミを見てみる。


ダイサン(30代/レベル48/前衛/認定済プロ探索者)

 こいつは相当な難物だ。おそらく自動の推奨レベル認定がズレてる。

 地形はフラットで、視界の通り方もいい人工的な森だが、単純に敵が強い。

 特に狼に注意しろ。見た目はただの動物だが、一瞬で視界から消える速度だ。

 腕に自信がないなら、棘付きの防具で首を守れ。


「……今の僕じゃ無理そうだな……」

「ご主人、いくぞー!」


 フェンは意気揚々とゲートを潜っていく。

 僕も彼女の後に続いて、改札みたいな形のゲートへスマホを押し当てた。

 ピッ。入場料、30000円。


「ちょっ」


 高い! 明らかにプロしか来ない奴だから入場料設定が高いよ!

 こ、今月のお小遣いが……! 消えた……!

 ちょっと前に百万円ぐらい稼いだけど……! でも痛いものは痛い……!


「……ちゃんと意味はあるんだろうな、フェン……」

「あるとも。心配はいらないぞ」


 彼女は赤く輝く剣を握り、行く手を塞ぐ魔物を次々と斬り倒していく。

 半端ない強さだ。

 銃弾みたいな勢いで剣が撃ち出されて、次の瞬間には魔物が死んでいる。


 さすがにレベル120まで行くと人間離れしてるみたいだ。

 こういう強さの探索者って、あまり自分の戦いを公表したがらないから、これが見れるのは貴重な機会だ。

 せっかくなので神経を集中させて観察する。


 フェンの動きに、ちょっとした癖があった。

 いったん斬撃に入ると異常な速度で一気に振り抜くのに、準備動作の最中はそこまで速くない。

 つまり、斬ってる最中だけスキルが発動してブーストされてるみたいだ。


「パッシブ型のスキルか」

「ぽこ?」


 ムルンが首をかしげる。


「スキルは大きく分けて二種類ある。使い手が任意で発動するアクティブ型と、条件さえ満たされれば常に発動するパッシブ型。簡単に言えば、アクティブ型は必殺技で、パッシブ型はステータス補正、みたいな感じ」

「ぽ」


 おそらく、スキル効果のある斬撃中だけ動きが速くなってるんだろう。

 ってことは、斬撃に入らせず止めてしまえばフェン対策になる。


 ……パッと見ただけでこれだけ分かるんだから、強者が戦いを見せたがらないのも当然か。スキルがバレてたら、もし襲われたときに大変だもんな。


 僕のスキルはどうなんだろう。

 〈解放者〉。詳細は何も分からない謎のスキルだ。

 今の所、戦闘中に有効なスキルはなさそうだけど。

 このままレベルを上げて修羅場をくぐれば、何か戦闘に使える派生スキルなんかも増えるんだろうか?


「ご主人。そろそろボスだ。流れ弾が行くかもしれないから、気をつけてくれ」

「ん、分かったよ」


 考え事をしているうちにボスの前に辿り着いていたらしい。

 巨大な木の幹に設けられたドアをフェンが押し開き、一人で突入していく。


 ボスは灰色の毛並みを持つ狼だった。

 フェンの髪とまったく同じ色をしている。


「〈秘爪〉」


 フェンの手に赤く輝く剣が握られる。

 一方、ボスの狼もまた、同色に輝く爪を生やしていた。

 同じ〈秘爪〉のスキルなのか?


「〈秘剣・散光〉!」


 フェンはオーロラのように輝く斬撃の幕を飛ばした。

 ボスは大きく飛んで躱し、爪を振り上げ、不自然な急加速で距離を詰める。

 まさに神速。目で追うことも難しい。


「……貰った」


 フェンが剣を構え、似たような急加速でカウンターを放つ。

 ボスの胴体が二つに別れ、光となり……そのシルエットが、徐々に人型へ近づく。

 そして次の瞬間、フェンが二人に増えた。


 ……増えたぁ!?

 いや何がどうなってんだよ! ムルンの時と同じといえば同じだけど!

 スライム娘が増えるのと、耳尻尾ついた人間が増えるのじゃ見た目のインパクトが違いすぎるだろ!


「ハッ!? お、お前は……私か?」

「私だ。少しだけ情報を共有するぞ、私」


 どっちがどっちだか分からないけれど、”フェンたち”は互いの額を押し当てた。


「欠落がある」

「それでいい。そうすれば素直にご主人とダンジョンへ潜れる」

「なるほど。頭がいいな」

「だろう」

「ああ。流石は私」


 もう何が何なんだよ。


「……えっと、どっちがどっち?」

「私がレベルの高い方だ。彼女はレベル1スタートだ」

「よろしく頼む、ご主人」


 見た目に違いはないが、言われてみれば確かにちょっと風格が違う。

 強そうな方と弱そうな方、で区別できなくもないけど……。


「ちょっと頭痛くなってきた。何なの? 何で? どうして?」

「言った通りだ。レベルの低い私を作って、ご主人と一緒に暮らすことにした」


 わかんねえ……。

 えっと、でも、彼女は元が魔物だし。普通の生物じゃないんだよな。

 ダンジョンの魔物って、複製とか出来ちゃうデータ的な生き物なのか?

 だとすれば、ダンジョン内を似たようなモブが沢山うろついてるのも納得か。


 ……待てよ? ダンジョンの魔物を無限に女の子にしまくれるのか、これ?

 〈解放者〉を使ってムルンとかフェンを無限に増殖させれるってことだよな?

 ヤバくない? やってることダンジョンの黒幕みたいじゃん。

 うーん、でもレベル1スタートだから再育成の手間が……。


 っていや、そもそも増やしたくないんだけど。

 愛着ある相手には増殖してほしくないよ。誰でもそう考えると思う。


「元のフェンはどうするの?」

「イルティールと暮らす。元のご主人はご主人だが、彼女も拾ってもらった恩があるご主人だからな。こうすれば両取りできてお得だ」

「ときおり記憶を共有すれば人生が二倍で楽しみも二倍だ。とても賢い策だな、私」

「ああ」


 そういう問題なのかなあ……。


「名前はどうする。フェンの名は元の私が貰うぞ」

「ならヨルムでどうだ」

「いい名前だな、私」

「ああ」


 えっと。フェンリルと、ヨルムンガルドね。

 大仰な名前だなあ。


「よし。私はご主人の元に帰る。ヨルムをよろしく頼むぞ」


 ……お、おう。

 養うべき相手が増えてしまった。まだ高校生なのに。

 せめて事前に相談ぐらいしてくれたっていいのになあ……。


 いや、黙ってさえいればカワイイんだけどさ。

 こんなケモミミ美少女とひとつ屋根の下なんて、羨まれる事態なんだろうけど。

 でもなあ。


「さあ、ご主人。私を鍛えてくれ。共にダンジョンの頂点を目指そう」

「う、うん……」


 僕の肩をぽんぽん叩かれる感触があった。

 ムルンが触手状に腕を伸ばしている。憐れむような目つきだ。

 ”大変だろうけどがんばって”なんて言葉が聞こえてきそうな顔だな。

 ちょっと母性すら感じる……。


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