ちょっとしたホラー体験
今日も今日とて、人気のないダンジョンを行く。
まず朝一番に向かった先は、ホラー映画みたいな世界だった。
中に蜘蛛の巣みたいな何か張り巡らされてるし、床はネチョネチョしてるし至るところに人間サイズの巨大な卵があるし、まあ不気味な場所だ。
「……やめとけばよかった……」
「ぽこ……」
こんなダンジョンに人が寄り付くはずもなく、誰とも出会わなかった。
犬ぐらいのサイズの蜘蛛を鉄棒で潰しつつ進む。
幸いなことに、ダンジョン自体は短くて敵も少ないので、すぐ奥へ着いた。
みんなに回復薬と脱出鍵を配布して、ボス戦の準備を整える。
「フェンは戦わないんだよね?」
「ご主人から禁じられている。本当に危なくなれば、助けには入るぞ」
何でなんだろうな。ま、いいか。
謎の肉っぽい細胞組織で作られた扉を押し開いた先には、超巨大サイズの蜘蛛がいた。
うわあ。蜘蛛ダメな人なら失神してもおかしくない。
僕はけっこう部屋の蜘蛛とか可愛く感じる方だけど、これはキモすぎて無理。
「い、行くぞ!」
「ぽこ……」
僕は合法な鉄棒を握りしめ、ムルンと共に駆け出す。
大蜘蛛が大げさに上体を引き絞り、糸の網を吐き出してきた。
咄嗟に横っ飛びしてかわす。
「っと、危ない!?」
床にクモ糸の網が張り付いている。
あれが直撃すれば、まともに動けなくなる可能性が高い。
それってつまり、”脱出鍵”を使う動作も出来なくなるかもしれないってことだ。
危機感を煽られて、冷や汗が吹き出してくる。
ミスは死に繋がるかもしれない。こんなボス戦は久々だ。
「ぽこ!」
ムルンは距離を取り、体を変形させて触手攻撃を繰り返している。
蜘蛛の体を触手が貫き、謎のねっとりとした液体が吹き出した。
たぶんクモ糸の元になる物質なんだろう。
「……ぼ……ぼげっ!?」
ムルンが聞いたことのない音を出しながら泡立っている。
体の中にちょっと謎の液体が混ざってしまっていた。
うわあ。
ムルンの動きはものすごく鈍っている。
精神的なショックなのか、粘ついたクモ糸の元と混ざったせいなのか。
何にせよ戦闘不能だ。僕がやるしかない。
鉄棒を握り、蜘蛛との距離を測る。
動きを読んでクモ糸を躱し、一気に距離を詰めて上段から一撃。
ごっ、と鈍い音がした。蜘蛛がわずかにたたらを踏む。
よし。ここも十レベルぐらいが推奨だったし、印象ほど強くはないみたいだ。
たくさん目のついた頭めがけて鉄棒を繰り返し振り下ろす。
やがて、大蜘蛛は力を失って動かなくなった。
「はあ、はあ……や、やったのか?」
僕は構えたままで待った。
魔物は死ねば消える。けれど、まだ消えない。死んでないってことか?
ならトドメを刺さなきゃいけない。僕はそろそろと近づき……。
その瞬間、大蜘蛛の腹が破れた。
中から無数の小蜘蛛が溢れ出してくる。
「う、うわああああああああっ!?」
「ぼげっ!?」
あまりにも気持ち悪すぎて、思わず足が止まってしまった。
死体から溢れてくる小蜘蛛の波が足元に到達する。
……動けない!? あ……さ、刺された? こいつら、毒蜘蛛……!?
な、何が推奨レベル十だよ! こんな初見殺しあるのに!
腰に吊った脱出鍵へと手を伸ばそうとするが、体が言うことを聞かない。
あ。まずい。詰んだ。
「ぼ、ぼごーっ!」
ムルンが僕に群がる小蜘蛛を触手で薙ぎ払おうとする。
だが、多勢に無勢だった。
……いや、完全に体が動かないわけじゃない。いけるか?
「〈秘爪〉!」
その時、フェンが叫んだ。赤色に輝く剣が虚空から現れ、彼女の手に収まる。
「――〈秘剣・散光〉!」
パッと横一文字に剣が瞬く。
オーロラのような光の航跡が飛び、瞬く間に小蜘蛛を蹴散らした。
同時に、僕の体に回っていた毒も消えた。
「……え?」
「ぽこ?」
お礼の言葉より、困惑が先に来てしまった。
何あれ。敵を攻撃しつつ味方の状態異常は回復する、みたいな?
多分、かなりレベル上げてて、かつ下位スキルを使いこなしてないと発現しないようなタイプの上位スキルだろうけど……。
「フェン、君のレベルって……いくつ?」
「ご主人さまには隠せと言われている。だが、見せてしまったしな。120だ」
120!? フェンが現れたのってせいぜい一週間前だろ!?
「どうやってそこまで!?」
「ご主人が私に同系統のボスを融合させて……あ、いや、これも口止めされていた」
ボスを吸収?
ん? あ!
そういえば! 最初のときと狭小ダンジョンのとき! スライムのボスを倒したと思ったら、なんかムルンとおんなじ姿になって、なんか融合してたな!
確かにあれでレベルが上がってた!
スライム系のボスを探して倒せば、あの時みたいにボスがムルンみたいな姿になって融合してレベルが上がるってことか?
……いや、どういう理屈なんだよ。
ダンジョン自体わけわからないから今更だけど。
「でも、すぐに実行するのは止めておいたほうがいいかもしれない……ご主人いわく。多摩梨ヨウは、まだ強くなりすぎない方がいいそうだぞ」
「どういうこと?」
「なんでも、ギリギリの状況で戦っていなければスキルは発現しにくいらしい。”彼はもっと修羅場の場数を踏むべきだ”と聞いた。ポテンシャルが高いから、無茶をさせてもそうそう死なない、とも」
ああ。そういう話はよく聞く。
レベルで上昇する身体能力より、スキルの効果のほうが圧倒的に高いから、効率的にパワーレベリングするより修羅場をくぐった方が強くなれる、とか。
要するに、”ふしぎのアメで育てたケポモンは弱い”みたいなやつだ。
「今まさに低レベルのダンジョンで死にかけたばっかりだけど」
でも、命がかかってるんだ。格下のはずの相手でも、こういうふうに不意を打たれて死にかけることはあるんだし。無理しないほうがいい。
「それは……いや。どうせ逆転するから手を出すなと言われていたし、多分勝っていたはずだ。でも、見ていられなかった。私を解放してくれたのはご主人だ」
フェンの耳がぴこぴこしている。
っていうかフェンだって120までパワーレベリングしてるじゃん。
それであんな強くなれるんなら、修羅場の差なんて誤差なんじゃ?
「っていうか、パワーレベリング云々の話するんなら僕がダンジョンコア吸収しないほうがいいよね。おかしくない?」
「それは……ハッ!」
彼女の耳と尻尾がピンと立った。
「言ってはいけないって言われてるんだぞ! 聞き出さないでくれ!」
「いろいろ自分から情報出してたような……」
「う……うっかりだ。つらい……ご主人に隠し事なんかしたくないんだが……」
フェンは尻尾を項垂れさせている。
「レベルの差がありすぎて、一緒に戦うこともできないし……あ! そうだ!」
また耳尻尾がピンと立つ。忙しいやつだな。
「ご主人! ついてきてくれ!」
彼女は脱出鍵を使ってダンジョンから脱出した。
「……いや、このダンジョンのコア吸収するために攻略したんじゃ?」
「ぽこ……」
僕たちは顔を見合わせてから、フェンを追って脱出した。
何のためにホラー体験したんだよ。もう。
二度とこんなダンジョン来ないからな……!
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