クソダサドラゴンTシャツ


「ただいまー」

「ぽこ!」

「ん。おかえり」

「……ああ、フェンも……って何で居るんだよ」


 家に帰ったら、何故かフェンがいた。

 ソファの腕置きにお腹を乗っけて、ぐでーんとした姿勢でテレビを見ている。

 逆に疲れない? それ。


「ご主人から、しばらくダンジョンコア掘りに協力しろと言われている。何なら泊まっても良いし出来れば何泊かしてこいと言われている」

「……か、勝手だな……」


 っていうかイルティール、もしやフェンの面倒見るのめんどくさがってる?

 それで僕のとこに押し付けてるだけじゃないか?

 イルティールに電話して”常識も何も知らない娘を野に放ってはいかんぞ、とか何とか言ってたのはお前だろ!”と叫びたくなる。あのポンコツエルフめ。

 やらないけど。下世話な勘ぐりだし。


「ぽぽぽぽぽこぽこ」

「フェンについて何かを訴えかけているのはよくわかる」


 口から言葉じゃなくて泡が出てるだけだけど、十分に感情は伝わってきた。

 心なしかムルンが疲れて見える。


「ご主人。今日はダンジョンに行かないのか」

「うーん、もう六時だし。明日かな」

「なら買い物に行こう」

「どうして」

「スライムとはいえかわいい少女を裸で外出させるのはよくないと思う」

「うわ急にまともなこと言い出した」


 というかムルンって服着れるの?


「ぽこ……」

「なんだその顔は。別に私が散歩したいわけではない」


 尻尾がウズウズしてる。散歩したかったんだな……。


「確かに、言われてみればムルンに服着てもらったほうがいいよなあ」

「ぽこ?」


 どうでもいいのになー、と言わんばかりのボディランゲージだ。

 そりゃあマネキン以上につるっとした曖昧な健全ボディだけどさ。でもなあ。


 というわけで、買い物のために海山駅前へ出る。

 どこの店も夜八時ぐらいまではやってるはずだし、まだ平気だ。


「女の子の服ってどこで買えばいいんだ? ウニクロで良いのか?」

「ぽこ?」

「ウニ黒とは一体……黒くないウニがあるのか……自然の驚異だな……」


 どこで買えばいいのか誰も分からなかった。

 まあ、駅前にはちょっとしたショッピングモールがある。

 僕に縁のないオシャレな店も入ってるし、そこへ行けばいいか。


 閑散とした閉店前のモールを練り歩き、適当によさげな服屋を探す。

 高級でオシャレな感じの店からウニクロまで巡ってみたけれど、ムルンはどこもピンと来ない様子だ。


「ご主人! あれを見ろ!」


 フェンは子供向けの服屋に駆け込み、クソダサドラゴンTシャツを手に取った。

 小学生の裁縫セットじゃないんだから。

 ……そういや僕もクソダサドラゴン柄の箱使ってたな、忘れたい……。


「いいのではないか?」

「!?」


 ムルンは高速で首を振った。


「じゃあ私が買う」

「!?」


 えっ!?

 ……フェンはすたすたレジに歩いていった。


「これで」


 そして、黒いクレジットカードを店員に渡した。


「!?」

「え!?」


 ブラックカード!?

 いやイルティール! お前! こいつにそんなもん渡すなよ!?

 店員もちょっとビビってるよ!?

 ブラックカードでクソダサドラゴンTシャツ買ってる狼少女って、Tweeterでバズってる作り話漫画でも無いぞ!? そんなことある!?


「いい買い物だった……」


 満足げな顔で紙袋を提げている。

 もう突っ込む気力もない。

 ムルンは「!?」みたいな顔でフリーズしている。


 ふいに閉店時刻のアナウンスが流れた。あと五分だ。


「む。ムルン、結局服は買わずに終わるのか? なら、この服を着るといい」

「ぽ! こ!」


 ムルンは服屋の中を競歩選手ばりに動き回って白いワンピースを手にした。

 クソダサドラゴンTシャツより百万倍マシだ。


「すいません、タグ切ってもらってもいいですか?」


 僕が金を払ったあと、店員に頼んですぐ着れる状態で渡してもらった。

 ムルンは何故か恥ずかしそうに更衣室へ向かう。

 いやそこ恥ずかしがるなら裸を恥ずかしがるべきじゃない?


「ぽ……」

「おお、似合う! 透明感があって、まさに夏の美少女って感じだよ」

「……!」


 彼女は嬉しそうにワンピースの裾を掴んだ。


「確かに悪くないが、白一色なんて地味じゃないか? ちょうどいいものが」

「!!!」


 フェンが紙袋の中身に手を伸ばそうとした瞬間、ムルンは僕の手を引いて猛烈に歩き出した。

 ……っていうか、フェンは本気であのシャツ着る気なの?

 側を歩きたくねえ……他人のフリしてえ……。



- - -



 翌朝。


「ぐがー」


 うるさい音で目が覚めた。

 僕のベッドになんか潜り込んできてる奴がいる。


「ぐがー……やめろぉ……それは家宝なんだ……」


 寝言もうるさい。


「やめてくれ……ドラゴンTシャツを取り合うな……」

「家宝それかよ。誰が取り合うんだそんなもの」

「ああ……破ける……どうして我々はいつも失ってから価値に気付くのだろう」

「それ寝言なの!?」

「ん。……おはよう、ご主人」


 彼女は布団を跳ね除けて身を起こした。

 どことなく誇らしげに胸を張っている。

 クソダサドラゴンがちょっと引っ張られて縦長に伸びていた。

 まあ、外着じゃなくてパジャマで良かったよ……。


「で、何で僕のベッドに君がいるわけ」

「一人より二人がいい。人生とはそういうものだ」

「何なの?」


 器用な寝ぼけ方してるなこいつ。


「……ま、とりあえず、飯でも食べてダンジョン行こうか」

「ああ。今日もよろしく頼む、ご主人」


 こいつ、しばらく泊まる気なんだっけ。

 ……イルティールのとこ帰ってくれないかなあ……。

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