一月ぶりの海山高校


 あの後、ハイパーカーで家の前まで走ってきたイルティールの手によってフェンは連行されていった。

 散歩の終わりに首輪を引っ張られてイヤイヤしてる犬を思わせる光景だった。

 ……黙ってれば鋭い顔つきのカッコいい狼美少女なのになあ……。


 翌朝、朝食後を食べてからのんびりMyTubeのダンジョン動画を見てダラダラしていたところに、家の呼び鈴が鳴った。

 ナギか? いや、フェンか?

 僕はインターホンの電源を入れる。……どちらでもない。

 海山高校ダンジョン部の鞄を肩に掛けた男が、深刻な顔をしていた。


「えーっと……磯山君?」


 ダンジョン部の後輩だ。


「多摩梨先輩! ナギ先輩のこと、なにか聞いてませんか!?」

「ナギがどうかした?」

「部活に来ないんですよ! LIINEも電話もダメだし、直接行ってもなんか避けられてて……」


 あのナギが? 部活をいきなり休む?

 そんな事するタイプじゃない。僕ならともかく。


「分かった。僕からも聞いてみるよ」

「あの、先輩のLIINEとか電話番号とか聞いても良いっすか?」

「教えてなかったっけ?」


 僕は扉を開けて、部活の後輩を家に招き入れた。

 玄関先でお互いの連絡先を交換する。


「ぽ?」


 廊下の奥から、ムルンが不思議そうに顔を出した。


「……!?」


 磯山のごつごつした顔が、雷にでも打たれたみたいになっている。


「あ、あんなカワイイスライムを!? う、羨ましい……!」


 あ、こいつスライム大好き人間だったっけ……。


「ぽこ?」

「あの透明度! すべすべもちもち感! 有名ブリーダーの血統書付きスライムにだって負けてない! 少女の形さえしていなければ……!」

「ぽっ!?」


 少女の形をしていなければって、業が深いなこいつ……!


「先輩! 写真撮ってもいいっすか!? スライム同好会の皆にも見てもらいたいんで! かわいいスライムは世界の宝ですよ! 広めるべきっす!」

「い、いや、止めておくよ」


 スライム同好会って何?


「とにかく、後でナギに連絡するからさ……学校行きなよ、遅刻するぞ」

「わ、分かってるんですが……美しすぎて目が離せないっす!」

「ぽ……」

「あ、ああ……女神がお隠れになってしまった……」


 磯山は肩を落として、学校へと歩いていった。

 こんな変なやつだったのか……。意外と紛れてるもんだな、変態って……。


 いや、磯山なんかどうでもいい。

 ナギだ。部活に来なくなったって、一体何があったんだ?

 本人が自発的に止めるとは思えないし、きっと何か事情があってのことだ。


 ……そういえば。武門ナギの実家は、江戸時代から続く名家だ。

 でっかい門のついた和風のお屋敷に住んでいる。

 両親もかなり厳しいタイプのはずだ。

 探索者になろうとしてるのをよく思ってない、と本人から聞いた。


 僕はナギにLIINEを送ってみた。既読はついたが、返信はない。

 電話をかけても出てくれなかった。


「……ムルン。一人で留守番、できる?」

「ぽこ」


 彼女は首を横に振って、僕に抱きついてきた。

 こ、困ったなあ。

 流石に、ムルンを学校に連れてくのは……。


「でも、昔っからの幼馴染が大変かもしれないんだ。今回だけだから」


 ムルンはちょっと考えて、仕方ない、とばかりに頷いた。


「ごめん。なるべく急いで帰ってくるから。ご飯は適当に食べといて」

「ぽ」


 僕は急いで制服に着替えて、海山高校へと向かった。

 一ヶ月と少々ぶりだ。


 ……色々とショッキングな出来事が重なったせいで、怪我が治ってからも学校をサボり続けていたけれど。

 ちょうどいい機会かもしれないな。



- - -



 僕が教室に入った瞬間、ちょっとだけ空気が変わった。

 特に友達の多い方じゃない……っていうか全然いないけど、特に性格がいい陽キャな連中は笑顔で歓迎してくれた。

 いじめとかもないし、いい雰囲気のクラスだ。

 

「……えっと、久しぶり?」

「あー、うん」


 ナギは目を泳がせた。


「部活に来てないんだって?」

「自分だって来てなかったじゃん」

「まあね。だから、別に責めるつもりはないんだけど、気になってさ」

「……はあ」


 彼女は憂鬱にため息をついた。


「禁止されちゃった。部活」

「親の言うこと聞くタイプだったっけ、ナギって」

「押し付けられたんなら無視するだけだけどさ……言い出したの、私だから」

「え?」


 気になる話をされたところで、ホームルームのチャイムが鳴った。



- - -



 ……結局、それからもずっと話の続きを聞くことはできなかった。

 明らかに避けられてる。話したくないんだろう。

 後輩たちに話を聞くべく、僕はダンジョン部の部室へ向かう。


「あ、先輩! 何か分かったっすか!?」

「いや。部活を禁止されたらしい事しか分からなかった。磯山は?」

「何も。他の皆も全然ですよ」


 本人が話してくれないんじゃお手上げ状態だ。

 

「禁止されたんなら、こう、俺たちでナギ先輩の親に訴えかけるとか……」

「でも、おせっかいじゃないか? 他人の家の事情だし」

「先輩。あなたにとって、ナギ先輩は”他人”なんすか?」

「い、いや」

「聞きましたよ。先輩たち、二人とも親から”高校生になるまではダンジョンに潜るの禁止”って言われてたんすよね」


 その通りだ。

 僕の親は……豹変する前までは優しくて過保護気味で、僕がダンジョンに潜るなんて絶対に許可してくれないタイプだった。

 ナギのほうもかなり厳しい親だ。小学校に入る前から、塾とか習い事とかを沢山押し付けられて、まともに遊ぶ事も出来なかったって聞いた。


「親は反対してたのに、それでも結局逆らって潜るぐらいには、ダンジョンに潜るのが好きなんですよね? なのに、あっさり諦めるなんておかしいですよ」


 まさに。僕たちは二人ともお行儀がよくなかった。

 親の目を盗んでダンジョンに忍び込んだ僕は、同じように塾をサボってダンジョンに忍び込んでたナギと出会い、意気投合して今に至る。


「確かに、ただの他人じゃない……」

「それに、俺たちだって一緒にダンジョン潜ってる仲間なんですよ?」


 磯山も、高校になってからダンジョンに潜りだしたタイプだ。

 未経験だけど筋はいい。後輩の中だと一番優秀だ。もうすぐレベル10になる。

 彼にしてみても、ナギは大事な先輩なんだろう。


「話だけでもしに行きましょうよ!」

「分かった。皆で行こう」


 僕は頷いた。

 おせっかいだとしても、確かに見逃せない。

 押しかけて余計なお世話でも何でもやってやる。

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