オオカミ娘とレベリング
翌日。
見覚えのない番号から、僕に電話がきた。
「もしもし? どちらさま?」
「やあ多摩梨くん」
「……イルティールさん? 僕の番号教えてないですよね?」
「ダンジョン協会に個人情報を登録してるだろう」
「あの、個人情報保護とかそういうやつは」
「契約の範囲内だ。契約書に細い字で色々書いてあるぞ」
よ、読んでないよそんなの……。
「一つだけ伝えておく。駄菓子屋の中にあったダンジョンだが、昨日の夜に消滅したそうだ」
それだけ言って、イルティールは電話を切った。
……相変わらずだなあ。伝えたいことは分かるけど。
駄菓子屋のダンジョンが消えたのは、僕が〈解放者〉の力でダンジョンコアとやらを吸収したせいだろうな。
どうにかコアを見つける手段があれば、他のダンジョンでも同じ事ができる。
それに。ダンジョンは、元から消えたり現れたりする。
特に、人気のないダンジョンは消える確率が高い。
誰かが初踏破の報酬を手に入れたあとは、誰一人として見向きもしないダンジョンは珍しくないし、そういうダンジョンがいつの間にか消えるのも珍しくない。
だから、僕があちこちでダンジョンコアを吸収してマイナーなダンジョンを消滅させても、誰も不自然には思わないってことだ。
つまり、僕は異常な速度でレベルアップできる手段を手に入れた。
「問題は、ダンジョンコアの見つけ方だよなあ」
この前のダンジョンは、コアが壁の中に埋まっていた。
他のダンジョンでも埋まってるなら、掘り起こす方法が必要だ。
うーん。
「って事情なんだけど。ムルン、なんかアイデアない?」
「ぽこ……」
彼女は首を横に振った。
どうしたものかなあ。
なんて思っていると、インターフォンの呼び鈴が鳴った。
ピンポンピンポン繰り返し鳴っている。誰だ連打してるの。ナギか。
「ナギ、こんな事されても僕は……あれ?」
「ナギって誰だ?」
狼耳の少女が、インターホンのカメラを覗き込んでいる。
大きなショベルを肩に担いでいた。
確か、フェンって名前だったっけ。
「あ、これ。この掘るやつを見せれば、多摩梨ヨウは理解するとご主人に聞いた」
「……ダンジョンコアの場所が分かるの?」
「分かるぞ。臭いとかで」
「僕がダンジョン潜るのも協力してくれるってこと?」
「そういうことなのか?」
フェンは首を傾げた。
「まあ、でも、君は私のご主人だからな。従うぞ。いや、今のご主人はイルティールだが、とにかくこう、お前は私のご主人で……どっちもご主人だ!」
「……いいの? それ」
「いい。というか、どうして私を仲間に入れてくれなかったんだ。悲しいぞ」
「あのときはスキルの仕様を勘違いしてたから……」
僕は玄関口に出て、フェンを家に迎え入れた。
「ご主人の匂いがする」
「……掃除してるんだけどなあ。消臭剤も置いてるし」
「どうしてだ? 匂いがあるほうがいい」
玄関にかけてあった僕の上着をすんすん嗅いでる。
「安心する匂いだ。故郷を感じる」
「何言ってるの君?」
「……もっと強いのがいい。下着とかは無いのか?」
「何言ってるの君????」
大丈夫なのかこいつ。
「駄目か」
「駄目」
「残念だ」
彼女は神妙な顔だ。黙っていれば美少女なのに。
こんなことで神妙な顔しないでほしい。
「ぽこ?」
「おお、スライムの。……お前からもご主人の匂いがする!」
「ぽこーっ!?」
ムルンの匂いを嗅いでる……。
ええっと。
……まあ、美少女と美少女の顔が近くて、見た目はいいなあ……。
「ぽー!」
ムルンに触手で叩かれたので、僕は真面目にフェンを引き剥がした。
「何をするご主人!」
「お前が何をしてるんだよ!?」
「コミュニケーションだが」
「そんなコミュニケーションある!?」
とにかくまあ、僕たちは一時的にフェンとパーティを組むことになった。
「あ、そうだ。ご主人。ご主人からの言いつけで、ご主人の戦いに手は出すなと言われている。理解してくれ、ご主人」
「ご主人ご主人って分かりにくいな……言いたいことは分かるけどさあ」
……一緒に戦う仲間ですらなく、完全に穴掘り要員らしい。
いや、この娘と一緒に戦うのって大変そうだし、それはそれで構わないけど。
- - -
僕はネットで人気のないダンジョンを探し、電車とバスを乗り継いで向かった。
目的地は〈天山第五ダンジョン〉。海山市の”山”側にあるダンジョンだ。
田んぼの間を進んだバスが、山道の寂れた停留所に僕たちを降ろす。
木々の隙間から初夏の日差しが降り注ぐ、心地の良い午後だった。
「えーっと、ダンジョンの場所は……あったあった」
ガードレールの奥側に、ちょっとした獣道ができている。
この道を進んだ先に〈天山第五ダンジョン〉はあるらしい。
一つしか無い口コミによれば、敵はちょっぴり強く、なのにドロップ品は無く、おまけに足場が悪ければ交通の便も悪い地雷ダンジョンのようだ。
「さて、行こうか」
僕は鞄から鉄棒を取り出した。例の剣は法律とかの問題で使えない。
……ちなみにこの鉄棒、実は”野球バット”として売られている。
野球のバットの規則には違反しまくっているけれど、販売元はバットと言い張っているし、警察も「まあバットならよし」ということで見逃してくれる。
バット成分は根本に巻かれたグリップテープぐらい。
色々なアレを感じるやつだ。
色々なアレといえば、ヨーロッパだと野球はマイナーなのにバットだけ沢山売れるらしい。でも野球ボールは売れないらしい。
何を打ってるんだろうなあ。いやあ不思議だなあ。
「っと、ここか」
「嫌な臭いだ」
「……ぽこ」
硫黄の臭いがする洞窟へと僕たちは足を踏み入れた。
薄暗く足場の悪い自然洞窟を進む。湿った岩がすごく滑りやすい。
「さて、敵は?」
ばさばさと羽音が聞こえてきた。
うげ。巨大なコウモリが、洞窟の天井を這うように飛んでいる。
「ぽこっ!」
ムルンがあっさり叩き落とした。
……足場が悪い上に、出てくる魔物は飛んでるのか。
僕一人で対処しようと思ったら、だいぶ大変だな。
ムルンに魔物を叩き落としてもらいつつ、足場の悪い洞窟を下る。
敵は弱いけれど、必死に岩を登ったり段差を降りたりの繰り返しで大変だ。
服がみるみるうちに泥まみれになってしまう。
探検みたいで楽しいけれど、着替えを持ってくればよかった……。
やがて、洞窟の中に不自然な扉が現れた。
ボス部屋だ。鞄から市販の回復薬と脱出鍵を取り出し、準備を整えて進む。
中央には角のついた赤い雄牛が鎮座していた。特に強くもなさそうだ。
突進を左右にかわし、壁にぶつかった所へ攻撃を加える。
その繰り返しで苦労せず倒すことができた。
現れた宝箱には”最低保証”の脱出鍵しか入っていない。シケたダンジョンだ。
「じゃ、フェン、よろしく」
「よし! 掘るぞー!」
彼女の振りかぶったスコップがざくっと地面を切り裂いた。
猛烈な勢いでガンガン掘り進められ、土の下から輝く球体が現れる。
「どうだ! ご主人!」
「よくやった、ありがとう!」
ふふん、と自慢げなフェンを褒めてから、球体に手を触れる。
輝く光が僕の体に入ってきて、ひときわ強く輝いた。
レベルアップだ。よし。
「ぽこー!」
ムルンは二回、僕は一回。だから、今のレベルはムルンが20で僕が22だ。
趣味でやってる若い探索者にしては高いと思う。
高校二年の夏からダンジョン学園に編入するには足りない気もするけど……。
「掘り足りないぞ! 次はないのか!?」
「元気だなあ。じゃ、行こうか。この近くには、他にもいくつか不人気ダンジョンがあったはずだから」
僕たちは一日中ずっと山を歩き倒して、追加で三つコアを吸収した。
レベルは25と23だ。一ヶ月で1レベルだって早いのに、速度が異常すぎる。
他人に聞かれたらどう誤魔化そうかな。うーん。
イルティールに変な実験された、とかでいいか。
「あー、疲れたなあ……」
「ぽ……」
最寄り駅でフェンと別れて(そこまでいけば彼女も一人で帰れるだろう)帰宅した僕たちは、玄関にドロドロの服を脱ぎ捨てて風呂に向かった。
出る前に風呂を沸かしておいて正解だ。ナイスだぞ朝の僕。
軽くシャワーを浴びると、排水口に土色の液体が流れていく。
ムルンも泥を体内に取り込んでしまってるのか、少し濁ってる気がする。
……って、何でムルンが一緒に入ってるんだ。
ナチュラルに居すぎて気付けなかったぞ。
「ムルン、ほら、一応こう、男女なんだし……」
「……?」
「いや無言で僕の股間を見つめないでくれる?」
僕はそそくさ浴槽に入った。ムルンも一緒に入ってくる。
……彼女の首から下が見えにくい。
元が不定形の液体だからか、水中に入ると同化しちゃうんだな。
「ぽ?」
……なんか、見えないほうが逆に気になる。
っていうか、胸とかの造形はない大雑把な少女形態とはいえ、普段から裸なんだよな……一応は女の子の姿なのに……。
「ご主人!」
「は!?」
ガラッと扉が空いてフェンが現れた。
何してんの!? 別れたよね!?
「迷ったから匂いを辿ってきたぞ」
「わ、分かったから……」
ソファで待ってて、と言おうとしたけれど、フェンは完全に泥だらけだ。
これに座ってゴロゴロされたら掃除が大変すぎる。
「とりあえず、そこで待っててくれる? 僕たちの後でシャワーして、泥を落としてもらわなきゃいけないし」
「泥? む」
彼女はその場でぐるぐる回ったあと、自分の尻尾を捕まえて眺めた。
完全に乾いた泥がこびりついている。
「ぶるぶるぶる」
「うわー! そこで泥を払うなー!」
汚れが! こ、こいつを野放しにするのは危険だ!
「分かったから! 服脱いで入ってきて!」
「お風呂は嫌いだ……」
「いいから!」
「むう……」
灰色の髪をした狼耳の美少女は、素直に服を脱ぎ捨てた。
ギリシャ彫刻を思わせるような、しなやかで美しい裸体が現れる。
……ムルンと違って、ちゃんと胸が……あたっ。
「ぽこ!」
触手で叩かれたので、視線を顔のところまで上げる。
フェンは風呂場の椅子に座り、僕のことを上目遣いで見上げてきた。
「……それで?」
「え? 体……洗ったら? 自分で」
「お風呂は嫌いだ」
え、えーっと。
「……ム、ムルン! 洗ってあげて!」
「ぽ……」
「なぜ生暖かい目を……?」
ムルンが不定形の触手を伸ばし、器用にシャワーを操りながらフェンを洗う。
……。
……触手が女の子の肌を……。
まあ、どうでもいいか。
僕はダンジョンとかのことを考えて過ごした。
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