〈解放者〉


「うげっ!? ダンジョン協会の偉い人じゃないかい!?」


 イルティールの姿を見て、駄菓子屋の婆ちゃんが焦っていた。

 ダンジョンの届け出を出してないのは違法だから、そりゃ焦るよね。


「心配するな。私は少し調べ物に来ただけだ」

「な、なんだ。てっきり違法行為をチクられたのかと」

「……ダンジョンの存在を隠すのは違法だが、少しぐらい報告が遅れるのはよくあることだ。さて、入り口はどこだね?」


 僕たちは奥へ案内された。

 居住スペースがそのままダンジョンへと繋がっている。

 届け出を出さないのも納得だ。家が使えなくなっちゃうもんな。


「さて、ダンジョンにやってきたわけだが」


 相変わらず、薄暗いだけの変哲もない洞窟だ。

 人工的だった海山大迷宮と違い、壁も床も土で出来ている。


「フェン。ちょっと掘ってみろ」

「いいのか!?」


 狼の娘が小さいスコップを握り、楽しそうに土を掘っている。

 普通のダンジョンならまず無理だ。

 ……フェン、って名前なのか。フェンリルから? 大仰な名付けだなあ……。


「掘れてますね」

「掘れているだろう? 海山大迷宮と同じだ」

「……何故ですか?」

「君のスキルが〈レベル・スキル測定器〉で測れなかったことを覚えているか?」


 僕は頷いた。


「君のスキルは、普通のスキルではないからだ。君には特殊な力がある」

「……テイム(少女)なんて名前なのに?」

「誤魔化すために適当な名前を付けた。本当の名前は別にある」


 イルティールは意味深に微笑む。


「ならもっとまともな名前にしてくれたっていいんじゃ!?」

「気にするな。行くぞ」

「いやいや!?」


 そして、まだ土を掘っていたフェンの尻尾を引っ張って歩き出した。


「あだだだ」

「ぽこ……」

「ご主人! あのスライムがこっちのこと生暖かい目で見てくる!」

「生暖かく見守ってくれているだけ優しい部類ではないか?」


 確かに。


「……で、イルティールさん。本当の名前って?」

「これは昔の経験だが。他人の情報を鵜呑みにするばかりだと、自ら真実を掴もうとする力も真偽を確かめる力も損なわれてしまう。エルフの”神託”に全てを頼った末、ダンジョンに飲まれて消失した国もあった」


 ……この世界に来た異世界人は、ダンジョンに故郷を滅ぼされた人々だ。

 イルティールにも重い過去はあるのだろう。そうは見えないけど。


「ゆえに私は、最初から答えを教えるのではなく、ヒントを与えて考えさせるべきだと学んだのだ。君に対しても同じことをしている」

「理屈はわかるけど、名前ぐらい教えてくれたって」

「その甘えが堕落に繋がる」

「そういうの詭弁じゃないですか? ”滑り坂論法”っていう名前もありますよ」


 イルティールがちょっとイラッとした。


「かわいくないな君は。ネットで論破王とか自称するタイプだろ」

「しませんけど。真偽を確かめる力があるって言ってください。そうしろって言ってたのも自分じゃないですか」

「……ぐぎぎ……この世界の人間はたいへん優秀で……とてもよろしい……」


 青筋を立てながら乾いた拍手をしている。


「君ぐらい優秀な人間になら……何も教えなくても大丈夫だろう……!」


 彼女はふてくされて黙り込んだ。

 ……怒らせるようなこと言わないほうが良かったかな。


 僕たちはダンジョンの最深部に辿り着く。

 大きなスライムのボスが現れた。

 が、イルティールが鬱陶しいとばかりに腕を振った瞬間、一撃で消し飛ぶ。

 つっよ。何の攻撃なのかも分からなかった。


「さて」


 イルティールがダンジョンの壁を指差し、パチンと指を鳴らした。

 なんらかの攻撃で壁が盛大に崩れる。

 ……その先に、海山大迷宮の一層が広がっていた。

 マジか。ダンジョンって、なんか異次元の空間だし、こういう繋がり方はしないと思ってたんだけど。


 ……ダンジョンが壊せるようになったのは”僕の仕業”だって言ってたよな。

 僕がこっちのダンジョンを攻略したことで、すぐ近くにあった海山大迷宮にまで影響が及んで、それで警報が誤作動したのか?


「これも僕の仕業なんですか?」

「……」


 彼女は無言で僕を一瞥し、魔法で瓦礫を選り分けた。

 そこに不可思議な球体が浮かんでいる。


「……」

「あの、流石にこう……教えてほしいんですけど」

「ふんだ。自分で考えろ」

「千年生きてるエルフが子供みたいなスネかたしないでくださいよ」

「うるさいな! 人間だって長生きして歳取ると子供に逆戻りするだろ!」

「そんな歳なんですか?」

「うぐっ!」


 彼女は片膝をついてしまった。

 い、いや……年寄りアピールしたのは自分なんじゃ……。


「ご、ご主人! ご主人がおばさんでも私は大好きだぞ!」

「おばさんじゃない! 年寄りでもない! この私は実際まだエルフにしては若い方なのだが!?」

「うん」

「やめろー! そんな生暖かい目で見るなー!」

「……ぽこ……」

「うわーんスライムにまで! スライムにまで! もう帰る!」

「待ってご主人! 私あのキラキラした球体が欲しい!」

「ダンジョンコアなんか放っておけー! 帰るぞフェン!」

「あの、えっと、僕は傷つけるような事を言うつもりは無かったんですが……」

「こっちは長生きしてるエルフなんだぞ! おまえ赤ちゃんに慰められてるようなもんだぞ年の差で言ったら! みじめだー!」

「待ってご主人ー! ダンジョンコア欲しいー!」


 ほんとに帰ってしまった。

 ……なんなんだあのポンコツ二人組。大丈夫? ちゃんと飯とか作れてる?


 さて。

 ダンジョンコア、だったっけ?

 隠そうとしてるくせに脇から情報ガバガバ流れてくるよな……。


 浮かんでいる球体に近づき、眺める。

 どことなく既視感があった。

 〈生命石〉と呼ばれる物に似ている。魔物が落とす核みたいなやつだ。

 魔法の源みたいなものだから、俗に魔石って呼ばれてたりもする。

 小さいものでも一個数十万円で売れるんだとか。僕も拾ってみたいよなあ。


 コアも生命石も、どっちもすごい力を宿しているのは同じなんだろう。

 高値で売れるだろうか?

 ちょっと下心が湧いてきて、僕はダンジョンコアに手を伸ばす。


 浮かんでいた球体に触った瞬間、強い力が体内に流れ込んでくる。

 僕の体がチカチカ発光した。


「なんかレベルアップした!?」

「ぽこ!」


 ムルンも一緒にチカチカしている。

 この光り方からして、何回も一気にレベルアップしたみたいだ。

 レベルを一つ上げるだけでも月単位の時間が掛かるのに、一気に何回も!


 試しに鉄棒を握りしめ、ぶんぶん振り回してみる。

 すごい。簡単にピタッと止められるし、風切り音が明らかに大きい。

 試しに全力で飛んでみる。ぐわんっ、と体が宙へ舞った。

 たぶん、到達点が一割ぐらいは高くなってる。

 バネ付きの靴で飛んでるみたいだ。


 レベルアップして性能の上がった体を楽しんだあと、改めて周囲を見回す。

 少し前まで”薄暗い”で留まっていた空間は、ほとんど真っ暗に戻っている。

 光源がないんだから、これが自然な明るさだけど。


 壊れた壁の先にある海山大迷宮の通路は、普段通りに薄暗いままだ。

 こっちのダンジョンだけが暗くなっている。


 僕がダンジョンコアを吸収したことで、このダンジョンは力を失ったのか?

 ……これもレアスキルの力だとするなら、ものすごい影響力だ。

 任意でダンジョンを消滅させる事ができる。

 都心の一等地にできて邪魔になっていたダンジョンを消したり、よくスタンピードが起こる危険なダンジョンを消したり。今まで誰も出来なかったことだ。


 それだけじゃなく、ダンジョンコアを潰すことでレベルを上げられるなら、圧倒的な速度でレベリングすることもできる。

 今の人類最強はレベル数百ぐらいだったか。

 この力があれば、追いつき追い越せる範囲内だ。


「そういうことか……」


 色々と腑に落ちた。

 僕は鞄から巻物を取り出す。狭小ダンジョン踏破時のドロップ品だ。


”〈解放者〉へ告ぐ。

力の使い所を誤るな。

それは世界を救うことも、滅ぼすこともできる”


「大仰な表現だけど、あながち嘘でもない」


 危険なダンジョンだけを潰し、世界を救うこともできる。

 純粋に鍛え続けて圧倒的な力を持ち、世界を滅ぼすことも不可能じゃない。


 で、これが魔物のテイムとどう関わってるんだ?

 ……わからない。でも、ヤバいスキルなのは間違いない。


 僕は壁に背を預けて、ぼんやりとムルンを眺めた。

 大きな力だ。これが明らかになれば、僕は世界中から引っ張りだこになる。

 なかったことにして、一般人として生きるか?


 いや。僕は強い探索者になりたい。

 この力は、きっとそのための助けになるはずだ。

 なるべく隠しつつ積極的に使っていこう。


 ……しかし、イルティールの言ってたとおりだな。

 このレアスキルの真の名前がなんなのか、確かに彼女はヒントを出していた。


「〈解放者〉、か……」


 きっと、これが真の名だ。

 少なくとも、魔物が女の子になるだけのスキルじゃない。

 ……これ以上のことも、きっとそのうち分かっていくんだろうな。

 僕のやるべき事は、今までと何も変わらない。

 プロ探索者を目指して鍛えていこう。


「ムルン、帰ろうか」

「ぽ」


 僕たちは”脱出鍵”を使い、駄菓子屋まで戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る