一段落したけれど


 僕が駄菓子屋を後にした頃には、すっかり街も普段通りの様子だった。

 緊急魔物警報は解除されている。海山大迷宮はまだ封鎖されてたけど。


 結局、僕が海山大迷宮で起こった事件について聞かれることはなかった。

 イルティールが裏から手を回したんだろうか。

 僕の力は知られたくないし事情聴取は面倒だし、まあいいや。

 ナギたちの様子はどうかな? LIINEしよっと。


 ナギ? そっちは大丈夫だった?<


>いやー……なんか色々と疲れたかな。さっさと寝たい


 だよね。とにかくみんな無事で良かった<


>うん。また明日


 また明日<


 ……っていや、別に明日会うこともなさそうだけど。学校行かないし。

 イルティールとかについて聞く体力も残ってないぐらい疲れてるみたいだ。

 当然だよな。誤報とはいえスタンピード警報だったんだし。


 それはそれとして。

 ダンジョンコアを吸収した結果が気になる。

 なので、僕たちはさっそくダンジョン協会で測ってみることにした。


【名前】多摩梨(たまなし) 養(よう)

【レベル】21

【スキル】テイム(少女)


 僕の方は、レベルが一気に3も上がっている。

 何ヶ月も毎日ハードに潜り続けてやっと1上がるようなものが、この短時間で。

 ちょっと異常だ。職員の人も驚いていた。


 これだけ上がると、身体能力も目に見えて違ってくる。

 今までは全力で垂直ジャンプして一メートルちょっとしか飛べなかったけれど、試してみたら更に10cmほど高く飛べた気がする。

 昔のバスケなら、余裕でダンクシュートできるぐらいの高さだ。

 ……今の”探索者バスケットボール”のルールだとゴールの高さは五メートルだから、僕じゃぜんぜん届かないけど。


 一方、ムルンの方は。


【名前】ムルン

【レベル】18

【スキル】触手攻撃 ライトヒール リジェン


 13から18まで、一気に5もレベルが上がっている。

 何かボーナスがあるのかもしれないけど、彼女もすごいペースだ。


 やっぱり、ダンジョンコアの吸収はチート級のレベル上げ手段っぽいな。

 あちこち潜っていけば、すぐに50とかの大台も越えてしまいそうだ。


「楽しみだな……!」

「ぽこ!」


 僕たちは適当にコンビニで飯を買って帰り、シャワーを浴びてダラダラする。

 なんか、シャワーを浴びてきた後のムルンはしっとりとしていて、普段以上に手触りがいい。

 ソファでスマホをいじりながら、空いている方の手でむにむにしてしまう。


「ぽこ~……」


 ムルンの形がでろーんと崩れている。

 疲れてるんだか気持ちいいんだか知らないけど、辛うじて形を保ってる少女っぽい頭の口は緩んでるから、まあ気持ちいいんだろうか。


 適当にTweeterで時間を潰している最中、僕はふと思い立ち、両親にLIIINEで報告した。


 色々あって、レベル21まで上がった!<(未読)


 未読だ。


 今日、初めて未踏破ダンジョンを攻略できた! レアドロップもあったよ! 見てこの剣!<(未読)


 ……ちょっと前に送ったやつも、やっぱり未読だ。

 上にスクロールしてみる。


 ついにスキルが目覚めたよ!<(未読)

 ……インターネット繋がらないの?<(未読)

 あれ? Facegram更新してるよね?<(未読)


「………………」


 僕はFacegramを開いて、両親のアカウントを確かめた。

 例によって、怪しげな海外のダンジョンに潜っている。


 写真をタップして、二人の姿を拡大する。

 ……瞳が変だ。まるで光を吸収しているみたいな。

 なんだか、顔つきもちょっとおかしい。何かの中毒者みたいで。

 いや薬なんかやってないだろうけど、でも、なんか。


 僕はリビングの写真立てを持ってきて、二枚の写真を比べてみた。

 写真立ての中にいる両親は、迷宮の中で探索者の装備に身を包み、優しげな笑顔で生まれたばかりの赤ちゃんを抱いている。

 ……まるで別人だ。


 僕はLIINEを更にスクロールした。


 変なスタンピードに巻き込まれて大怪我した<(未読)

 病院にいる<(未読)


 ……見たってしょうがないのに。

 手が勝手にスクロールしていく。


>明日から海外に行く


 え?<


 いきなり?<


>一人で暮らせ


 何で? どうしていきなり<


>ダンジョンが呼んでいる


 じゃあ、僕も一緒に行く<


>駄目だ。お前は弱い


>プロ探索者ですらない者に価値はない


 なんでそんなこと<(未読)


 ひどいよ<(未読)


「ぽこ?」


 ムルンが心配そうに寄り添ってきた。


「……何でもないよ」


 僕はスマホの画面を消した。

 ちょっと目の下が湿っぽいけれど、きっとこれはムルンの水分だろう。


「ぽ……」


 ムルンの触手が、僕の背中を優しく撫でた。

 ……スマホに通知が来て、画面が戻る。

 ナギからだ。”>また明日って言ったね! 来るんだね! 明日!"


 いや……。

 しばらくは、プロを目指してダンジョンに潜るほうに集中したいから……。

 っていう返信も送れずに、僕は未読のままでそのLIINEをスルーした。


 ……プロ探索者になりたい。

 別に、親に振り向いてもらいたいとか、そういうわけじゃなくて……。

 ……。

 ……少しは、そういう理由もあるのかもしれないけれど。


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