しょうもない事情
ナギたちを連れてダンジョンから出た僕は、皆から怪訝な視線を浴びた。
中に居た僕ですら何が起きたか把握できていないのに、スタンピード警報を聞きつけてやってきたプロ探索者たちからすれば全く意味不明だ。
「坊主。中の様子はどうだった?」
「魔物の方は普段と変わらなかったです。でも、大きな変化があって。ダンジョンの壁とか床が壊せるようになってました」
「なんだと!?」
探索者たちがざわめいた。
今まで起きたことのない完全な異常事態だから、当然の反応だな。
これからこの人達が調査に入れば、少しは分かることもあるだろうか?
それから、僕たちはダンジョン協会の職員に医療チェックを受け、事情を説明することになった。
「ナギ! 大丈夫か!?」
医者の白衣に身を包んだ男が、警戒線の外側から呼びかける。
ナギの父親だ。娘の一大事とあって、仕事を切り上げて迎えに来たらしい。
……彼女はそれを無視してテントに入っていく。
一緒にテントへ入ろうとした僕を、イルティールが呼び止めた。
「多摩梨くん。君はこっちだ」
またハイパーカーの中に連行される。ナギが変な目で僕を見つめていた。
……ムルンはまた無邪気に高級車をペタペタ触ってる。気が気じゃない。
防音室みたいな使い方するなら、もっと普通の車に乗ればいいのに。
「イルティールさん。説明してほしい事が多すぎるんですけど」
「だが、何も知らないほうが素直にダンジョンを攻略できるだろう?」
「そうやって思わせぶりなこと言うなら詳細を教えて下さいよ」
「私は君のことを思って……」
「僕に迷惑ばかりかけてるくせに、随分な言い草ですよね」
彼女は渋い顔になった。
「よし。分かった。この前、私の引き起こした〈スタンピード〉が君を巻き込んだ時の事情を話そう。それでいいか?」
「それだけですか? 今回の事情ではなくて?」
「……ダンジョン学園にはまだ入りたいのかな、多摩梨くん?」
ぐ。
そう言われると強く出られない。卑怯な。
こいつは偉い人だ。学園に入らせないぞ、って権力を振りかざすこともできる。
「……じゃあ、それで妥協しますよ」
「いい選択だ」
イルティールは頷いた。
「私は、とあるダンジョンを消滅させようとしていた」
「理由は?」
「……ダンジョンの”ボスドロップ”には、時に異世界の物品が含まれることは知っているね?」
「知ってますけど」
「その……つまり……」
彼女は恥ずかしそうに言いよどんだ。エルフの色白な肌に赤みが浮かぶ。
「〈海山第三ダンジョン〉から、私が千年ぐらい前に書いた私x勇者の夢小説がドロップしたのだ」
「は?」
「私x勇者の夢小説が! 出ちゃって! ダンジョン協会に持ち込まれたのだ!」
彼女はやけっぱちで叫んだ。
「異世界の文章は! すべてアーカイブされて研究者の手に渡る! 何とか私が間に入って寸前で止めたが! また同じものがドロップしては困る! とても!」
「……」
す、すげえしょうもない事情だ……!
「だから、こう、ダンジョンを隠すための未完成な術式を試して! 失敗してスタンピードが起きて! 君が巻き込まれて大怪我を負った!」
「僕、そんなしょうもない事情で巻き込まれて怪我したの!?」
後遺症だって残ってるんだけど……!
「そうだ! 私の個人的な羞恥心が引き起こした事故だ! 申し訳ないから、君には何か手を貸してあげたくて、それでこう……今回も、実績とかを作ってあげられないかと思って……」
「……プロ探索者をさしおいて僕が潜ったところで、えこひいきされた実績にしかならなさそうですけど」
「そ、そうなのか!? に、人間の政治はややこしいな……!」
あれ、このエルフも実はポンコツなのか?
「ご主人!」
ハイパーカーの窓が乱暴にごんごん叩かれた。
狼の娘がビー玉を咥えている。
ポンコツの話してたらポンコツが増えた……。
「見ろ! 綺麗な宝物を見つけたぞ! そこの道で!」
「フェン! 私は隠れていろと言わなかったか!?」
「あっ!」
彼女は頭を下げて、僕の視界から隠れる。
……でも、まだ窓から尻尾が見えている。頭隠して尻尾隠さず。
ポンコツが増えた。
「やっぱり、あの娘はイルティールさんに拾われてたんですね」
「う、うむ。常識も何も知らない娘を野に放ってはいかんぞ、多摩梨くん! テイムした相手はきっちり育てるか、それができないなら専門家に預けるべきだ!」
「今更そんな正論言われても響かないんですけど!? 別に野に放ったとかじゃなくて、単にスキルの仕様がよく分からなかっただけなんですけど!?」
「私もよくわからないスキルだと思う。どうして女の子なんだ? エロか?」
「自分と勇者の夢小説書いてたやつに言われたくねえ!?」
「ぽぽぽぽ」
ムルンが腹を抱えて笑っている。俺だってもう笑うしかない。あっはっは。
……ムルンは笑いすぎで少女の姿が維持できなくなって、ちょっと溶けていた。
でろでろのスライムだ。大丈夫なのかこれ。染みて体積減ったりしない?
「……で、ダンジョンの様子はどうだったんだね?」
強引に話題変えてきたなこいつ。
「なんか、壁とか床が壊せるようになってましたよ」
「ふむ」
イルティールはいまさら真剣な顔になった。
「多摩梨くん、君のスキルが目覚めてからダンジョンを踏破したことは?」
「あー……辻が島駐車場ダンジョンなら」
「狭小か。なら、踏破したのは君ではなくてムルンだな。他には?」
「他には特に何も……あ、そういえば。駄菓子屋の中にあった未登録のダンジョンなら、僕とムルンで一緒に踏破しましたね」
「どこだ?」
「……えっと、そこです」
僕は〈海山大迷宮〉の向かい側を指差した。
「そういうことか。やはり、これは君の仕業だったんだな」
「え?」
「行くぞ。ついてきたまえ」
イルティールがドアを開いた。
「いたっ!」
……ドアの前で隠れていた狼の娘が、思いっきりドアパンチされた。
「おっと顔面の手応え」
「ひどいぞご主人!」
このポンコツ二人組、大丈夫なのか?
ま、僕の知ったことじゃない。
ムルンと一緒に車を降りて、僕たち四人(?)は駄菓子屋へ向かった。
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