穏やかなスタンピード


 〈海山大迷宮〉の入り口では、まったく戦闘が起きていなかった。

 出口を囲むように築かれた即席バリケードに身を隠す探索者たちは、困惑顔でとりあえず武器を構えたまま固まっている。


 僕の背中へと、探索者たちの視線が集まっていた。

 ムルンが注目を集めている。

 ここにいるプロ探索者たちは、スライムが女の子の姿を取る事なんて無いことを知っているから、その異常性に気付けるみたいだ。


「どういう状況なんですか?」


 僕は現場を束ねている強そうな男に尋ねた。

 三十代ぐらいの、経験も体力も兼ね備えた働き盛りの探索者だ。


「わからん。間違いなく、スタンピードの警報は出てたんだが」

「魔物が溢れてくる様子も、凶暴化してる様子も、なさそうですよね」

「ああ。こんな現象は聞いたことがない。いったい何が起きているのか……」

「えっと、今、ダンジョンの中にいる僕の友達と電話を繋いでるんですが」

「何?」


 探索者の彼にスマホを渡し、ナギと話してもらった。


「ふうむ。中でもスタンピードが発生している様子はないか。ひとまず警戒を続け、異常がないようなら救出チームを結成するとしよう」

「……でも、これからスタンピードが起きないとも限らないんですよ? 今のうちにナギを助けるほうが」

「理屈は分かるが。プロとして、二重遭難の危険は避けなければいけない」

「そんな!」

「気持ちは分かるが、君は帰りなさい」

「でも、僕の友達が……!」

「もし帰らないようなら、私は君を逮捕するぞ。その剣は法律違反だろう?」


 ……僕が未熟なことは、あっさり見抜かれていたみたいだ。

 立ち姿を見るだけでも、明らかに格上なことがわかる。

 くそっ。力不足か。


「む? このエンジン音は」


 街中に甲高いエンジン音が響き渡る。

 ものすごい速度で道を飛ばしてきた派手なハイパーカーが、殺人的なブレーキでカクっと停車した。

 中から耳の尖った美人が降りてくる。

 異世界人……エルフのイルティールだ。


「話は聞かせてもらった!」

「どうやって!?」


 僕は思わず突っ込んだ。


「内緒だ。さて多摩梨君、ちょっと車に乗りたまえ」


 言われるがまま、めちゃくちゃ高そうな車の助手席に座る。

 何もかもカーボン製だ。部品ひとつ壊すだけで修理費は大変だろうな。


「ぽこ?」

「あ、ムルン、触っちゃ駄目だよ……!」

「構わんさ、五億も出せば新しいのが買える」


 いや五億もって。そんな五十円みたいに言われても。

 ハイパーカーを駄菓子みたいに扱うなよ。

 とりあえずムルンを腕の中に抱いて、彼女の手をしっかり抑えておく。


「さて。多摩梨君、これは君がやったのか?」

「え……? これって?」

「このスタンピード警報だ。これはダンジョンの変化に伴う力場を検知しているから、スタンピードでなくとも特殊な変化が起きた場合に反応することがある」

「いえ……僕はこの迷宮に潜ってもいませんけど」

「ふむ? それは妙だな。私の知る限り、今この世界に存在する〈解放者〉は君一人だけのはずだが」

「解放者?」


 この前のダンジョンの巻物にも、そんなことが書いてあったっけ。


「気になるかね?」

「まあ……」

「知りすぎない方が良いこともある。この知識には責任が伴うからな」


 ……そんなこと言われると、逆に気になるんだけど。


「ところで多摩梨君。君はダンジョン学園に入りたかったそうだな?」

「そうですけど?」

「まだ入りたいか?」


 僕は頷いた。

 ダンジョン学園に入るのがプロ探索者への近道だ。

 そのへんの学校の部活とは比べ物にならない。


「よし。交換条件だ。今から〈海山大迷宮〉に潜れ」

「はい?」

「友達も中に居るのだろう? 助けに行きたくはないのか?」


 助けに行きたくないわけがない。

 でも、色々とイルティールが怪しすぎる。

 素直にこの話を受けてしまってもいいんだろうか?


「最奥まで潜れとは言わない。助けに行って戻ってくるだけでいい」

「僕がやる意味あります? すごい怪しいんですけど」

「私は君に期待しているのだよ。君には偉大な探索者へ成長できる可能性がある。なら、今のうちから注目を集めるような経験を積んでおくべきだ。あと、以前にかけた迷惑の分を返済しておきたいからね」


 ……素直に好意を受け取っておくべきか?


「あたしもそう思う! ヨウくんはビッグになるよ!」

「む。解放者の話も聞かれたか」


 繋いだままの電話から、ナギの声がした。

 イルティールが一瞬だけ殺気を放ち、すぐに平常へ戻る。


「……まあいい。探索者たちは私が言いくるめておくから、君は彼女を助けにいったらどうだ。その剣を試す絶好の機会だぞ」


 怪しいけれど、ナギを見捨てるわけにはいかない。


「分かった。やる。ムルン、いいよね?」

「ぽこ」


 僕は彼女の話を受けた。


「よし。何か気付いた事があれば、後で私に報告しろ」


 イルティールが車から出て、探索者たちに道を開けさせる。

 ベテランのプロ探索者たちが、ダンジョンへ向かう僕とムルンを見ていた。


「どうなってるんだ?」

「協会の支部長は何考えてんだよ?」

「あの子、一人で大丈夫なの?」


 困惑してるのは僕だって同じだ。

 レアスキルを発現してから、イルティールに目をつけてられている感じが凄い。

 それだけの何かが隠されてるんだろうか?

 ……名前も効果もふざけてるのにな。テイム(少女)って。



- 同時刻 3ちゃんねる掲示板 -



【定期】緊急魔物警報発令 神奈川県海山市


364:名無しのフェレット

どうなってんだよ、動きがないぞ? 俺はタクシー乗って稼ぎに来たんだが? 交通費丸損かよ


365:名無しのフェレット

スタンピードの誤報なんて今までにあった? そろそろ機械にガタ来てんな


366:名無しのフェレット

俺スタンピード発生前に海山大迷宮潜ってたんだけど、変な耳のかわいい女とすれ違ったんだ

たぶん異世界人だった

異常事態に一枚噛んでるんじゃ・・・


367:名無しのフェレット

現地勢だけど、なんか協会長が変なガキ一人を迷宮に向かわせてた


368:名無しのフェレット

誰? 有名な若手?


369:名無しのフェレット

まったく知らんやつだった

写真撮ったわ

https://SYASIN


370:名無しのフェレット

まじで誰? ただの高校生じゃん


371:名無しのフェレット

一般人晒すのやめろよ


372:名無しのフェレット

あのスライム娘かわいすぎるだろ……うらやま……

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