緊急魔物警報


 ダンジョンから帰還した僕たちは、駐車場の自販機前に置かれていたベンチに陣取り、手に入れたお宝を確かめた。

 まずは片手剣。持った瞬間に力がみなぎったような気がした。

 多分、持ち主に何かの強化(バフ)を与えるレアものだ。

 ちょっとだけ鞘から剣を抜く。鋭い刃が光っていた。


「でも、僕じゃ銃刀法に引っかかるんだよなあ……」


 日本は今でも銃刀法規制が厳しい。

 プロ資格がない限り、こういう武器を持ち歩くのは禁止だ。

 大人なら”〇〇ダンジョンで使います”っていう申請を出して送ってダンジョン内部で受け取るサービスが使えるけれど、僕は未成年なので対象外。


 ただし、学校の”ダンジョン部”での活動ならば武器も使える。

 優秀な探索者を育成しなければ国際的に出遅れ云々だとかの政治的な理由で色んな学校に作られた部活だから、ちょっとだけ融通が効くようになっている。


 ……でも、今更また学校に行くのもなあ。

 とりあえず、この剣は後でダンジョン協会に預けにいこう。


 次のお宝は、たくさんの金貨だ。

 スマホでお値打ちを調べてみる。このサイズだと、一枚およそ五万円らしい。


「おっ!?」


 それが二十三枚。百十五万円!

 1,150,000円!!!!


「た、たいへんだ……! 税金とか……払う感じの額……!」

「ぽこ?」


 体が熱くなってきた。大変だ。

 バイクとか何台も買えちゃう。いきなり桁違いのお金を手にしてしまった!


「こ、このお金があれば……いい装備を買えるかな?」


 スマホで中古防具のオークションサイトを見てみた。

 低グレードの防具でも一点あたり数十万円の額で取引されている。

 テイマー向けの〈テイムした魔物と無言での意思疎通を可能にする〉みたいな特殊効果がついた鎧もあったけれど、桁がよく分からなくなるようなお値段だった。


「いや……無理だよなあ……」


 今僕が普段着の下に着けているインナーの防具だって、普通に買えば数十万円近い値段がつく代物だ。

 ボスドロップで手に入れた時は、売るか使うか真剣に悩んだ覚えがある。

 僕からすれば大金だけど、探索者的には大金のうちに入らない。

 そういう感じみたいだ。


 ……そういえば、前に僕の親の預金額がチラッと見えたことがある。

 たぶん億とかそんな感じの桁だった。

 なのに、なんでお小遣いと生活費と交通費全部合わせて月三万円しかくれないんだ? 別にいいけど。ダンジョンで稼いでるし。


「……この鞄の中に百万円が入ってると思うと、緊張してきた……」


 鞄に金貨を隠す。

 それから、ドロップした二本の脱出鍵も取り出しやすい場所にしまっておいた。

 ものすごく供給量が多いから大した値段じゃないけど、多ければ安心だ。


 さて。最後の一つを手に取る。

 謎の巻物だ。くるくる開いて中身を見る。


”〈解放者〉へ告ぐ。

力の使い所を誤るな。

それは世界を救うことも、滅ぼすこともできる”


 ……?

 よくわからない。

 解放者なんて呼ばれたことはないし、そういうスキルもたぶん無い、と思う。


「僕に向けて書かれた物なのか……?」

「ぽこ?」


 ムルンも隣で巻物を読んでいる。

 一緒になって首を傾げた。


「ま、外れアイテムの一種なのかもしれないな」


 異世界の文書なんかが出てくることは珍しくない。気にする必要もないかな。

 僕は鞄に巻物を入れて、ムルンと一緒に歩き出した。


 そして数時間後。

 ダンジョン協会に剣を預けたあと、僕たちは再びレベルとスキルを測定した。

 結果の紙を貰って、ロビーで確認する。


【名前】多摩梨たまなし よう

【レベル】18

【スキル】テイム(少女)


「何回見ても変質者だな……」


 どうせ僕の連れてる魔物を見ればバレバレだけど。

 僕のほうはレベルが1上がっただけだ。

 さて、ムルンは?


【名前】ムルン

【レベル】13

【スキル】触手攻撃 ライトヒール リジェン


「おっ、またスキルが増えてる」


 リジェン。名前の通り、傷をじわじわ自動回復リジェネレーションするスキルだ。

 そういえば、あのボスもそれっぽいスキルを使ってたっけ?


「もしかしてムルン、ボスのスキルを吸収出来たりする?」

「ぽこ」


 彼女は首を振った。

 それから、両手を変形させてスライムを二匹出現させ、合体させるような素振りをする。

 スライム相手になら合体できるよ、ってことか? なるほど。


 ……なら、スライムをテイムしまくって合体させまくる手もあるのか?

 僕はどれぐらい同時に魔物をテイムできるんだろう。

 仲間入りを断ったらどっか行っちゃった狼の子とかもいたし、上限はまだ上だ。

 もしムルン並に強い魔物の女の子がどんどん増やせるなら、僕のスキルってとんでもない性能なんじゃ?


 あまり数を増やすと世話出来なくなりそうだし、当分はこのままだけど。

 どうしても力が必要になってきたら増やしまくる手もあるなあ。


「あ、もう三時か! 道理でお腹が空くわけだ、ご飯食べよっか!」

「ぽこ!」


 ダンジョン協会の食堂へ向かう。

 ムルンに何を食べたいか聞いてみたら、彼女は鮭定食を指差した。

 ……席についたあと、鮭だけ食べて満足そうに腹をさすっている。


「ご飯とか味噌汁とか……食べないの?」

「ぽっ」


 ムルンは頭を横に振った。


「自分で選んだんだから、ちゃんと全部食べなよ」

「ぽー」

「もー……」


 なんてやり取りをしていたら、僕のスマホが鳴った。

 ナギからだ。今日はもう授業が終わって、部活をやってる頃だな。


「もしもし?」

「ヨウくん! 助けて!」

「ナギ? どうした!?」

「……って言ってくれたら部活来てくれたりしない?」


 僕は無言で電話を切った。


 ……ナギからすぐにLIINEのメッセージが来た。

 舌をペロっとした女の子が”ごめん☆”ってしてるスタンプだ。

 適当に怒り顔のスタンプを爆撃してLIINEを閉じる。


「ほらムルン、ちゃんと食べなよ……」

「ぽー」

「ちょっとでいいから」


 スプーンにご飯を少しだけ盛って渡す。

 嫌がっていた彼女が、頬を膨らませながらちょっとだけ”舌”でご飯を舐めた。


「ぽ!?」


 ムルンは手をお椀に突っ込み、腕の先からご飯を吸い上げた。

 マナーが悪い……っていうか、そういう次元じゃない食べ方だ……。


「人型なんだし……口から食べたら?」


 半透明な腕の中をご飯粒が運ばれていく。

 胃のあたりにご飯がたどり着いた瞬間、中身は何も見えなくなった。


「不思議だ……」


 消化してるとこが見えないのは、僕としてもありがたいけど。


「で、味噌汁は食べないの?」

「ぽー」


 例によって嫌がっていた彼女だが、一口含んだ瞬間に態度を変える。

 食わず嫌いにもほどがあるよ。


 ムルンの食事を眺めていたら、いきなり食堂中のスマホが鳴り響いた。


〈緊急魔物警報〉

海山市南区にてスタンピード発生(発生源Lv.60)

迷宮から魔物が溢れる可能性があります

近隣の建物に避難してください


 ……見た通り、僕たちのいる区でスタンピードが発生したみたいだ。

 僕の出番ではない。

 こういう緊急事態に対応するのはプロ探索者の仕事だ。

 下手に資格のない人間が出張ると、逆に怒られて評価が下がる。


「発生源のダンジョンが推奨レベル60ってことは……」


 このへんだと、推奨レベル60になりうるダンジョンは一つしかない。

 駅から少し離れた場所の〈海山大迷宮〉だ。内部に十ほど階層のある本格的なダンジョンで、かなり設備も整っている。

 ダンジョン内に武器の受け取りカウンターがあったり、常に救急医療スタッフが待機していたり、そういう感じだ。

 低階層は難易度も低いし通学路に近いので、学校の部活でも使っていた。

 ……部活?


「あっ!」


 その時、ナギからまた電話が来た。


「ナギ! 大丈夫か!?」

「えっと! さっきはごめんね! でも、今度は本当に……!」

「知ってる! 何があった!?」

「出口が見つからないの!」


 ……背筋が凍った。

 電波が届く範囲ってことは、そう深くまで潜ってはいないはず。

 なのに出口が見つからないなら、なにか異常が起きたってことだ。


「〈脱出鍵〉は使えないのか?」

「駄目みたい! スタンピードだし!」

「やっぱりか」


 〈脱出鍵〉は使えず、出口も見つからない状況か。

 スタンピード発生時には、ダンジョンの構造が変わることがある。

 それで変なところに迷い込んだんだろうか?

 出口から離れてれば、外へ向かうスタンピードの群れがナギたちのところに殺到することもないはずだから、しばらくは安全なはずだけど……。


「今行く! 電話は繋いだままにしといて!」

「え!? 助けを呼ぶんじゃなくて!?」

「助けも呼ぶけど、僕も行くよ!」

「……分かった! 無理はしないでよ!?」


 僕はムルンを連れて駆け出した。窓口に預けた剣を引き取り、腰に吊る。

 何をしようとしているか気付いた職員に制止されるが、振り切って外へ出る。


 緊急事態に対応するのはプロ探索者の仕事だ。

 僕が出しゃばれば間違いなく怒られるだろう。

 というか銃刀法違反だ。


 でも、ナギは幼馴染だ。それに、今の僕にはレアスキルの力がある。

 怒られたっていい。何かあった時に動けるようにはしておこう。


「ぽこぽこ……!」


 走りだしてすぐ、ムルンが遅れだした。

 スライムだからか、足は速くないみたいだ。

 仕方がないので僕の背中に乗せる。思ったほど重くはない。


「よし、行こう!」


 いつもなら人でごった返している駅前の通りには、ほとんど人がいなかった。

 パトカーがゆっくりと走りながら避難を呼びかけている。


「げ……」

「そこの君! 危ないから、早く避難しなさい!」

「ええと、僕はその……探索者なので!」


 僕は剣を掲げた。


「ああ、そうか! なら、頑張ってくれ!」


 よかった。僕がプロ探索者でも何でもないのはバレなかった。

 証明を求められてたら、銃刀法違反で捕まるところだった……。


「ぽーっ」


 僕の背中に乗っていたムルンも、ほっと息を吐いている。


「えっと……もしもし?」

「どうした、ナギ?」

「今って、スタンピードが発生してるんだよね?」

「ああ。間違いなく、そういう警報が出てた」


 スタンピードの発生を検知するシステムは全国に整備されている。

 おかげであまり被害は出ない。交通事故の死者数よりもずっと少ないぐらいだ。


「なんか、魔物が凶暴化してる様子がないよ?」

「……え?」

「構造が変わっただけで、ダンジョンの様子は普段通りっていうか」


 どういう理由かわからないけど、ナギたちは安全な状況らしい。


 

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