もっとダンジョンへ行こう


 数日ほど、僕はムルンのレベリングを続けた。

 みるみるうちにレベルが上がっていく。

 そして、ついにムルンはレベル10を迎えた。


 キリの良いレベルを迎えた時は、スキルを手に入れる可能性がかなり高くなる。

 ムルンはもう二つスキルを持っているけれど、もしかしたら増えるかも。

 そういうわけで、僕はダンジョン協会に行った。


「ん!? 前の検査は数日前ですよ!? もうレベル10に!?」


 なんて驚かれてしまった。僕も驚いている。

 このままの勢いでレベル100とかまで上がったらどうしよう。

 で、肝心のスキルはというと。


「……増えてなかったね。まあ、仕方がない」

「ぽこ」


 よくあることだ。

 僕たちはダンジョン協会の食堂へ行き、一緒に食事を取った。

 魔物ペット禁止の店も多いけれど、ここなら大丈夫だ。


「さて。これから先のことなんだけど、少しアイデアがあるんだ」

「ぽこ?」

「ダンジョン協会のアプリって、”未踏破”のダンジョンを調べられるんだよね。大抵はレベルの高いダンジョンだけど、実はレベル10ぐらいでも未踏破のダンジョンがあったりするんだ」


 僕はスマホを操作して、レベルの低い未踏破ダンジョンだけに絞り込む。

 何らかの事情があって攻略されていないダンジョンたちだ。

 その中に〈狭小〉というタグの付いたものがある。


「これ。狭すぎて人間が通れないから攻略できてないダンジョンなんだよ」


 基本的に、ダンジョンの地形を変えることはできない。

 土ぐらいなら掘れたりするが、壁を掘るのは不可能だ。

 なので、人間が通れない幅の通路があると攻略不可能になる。


「……ぽ?」


 ムルンが自分を指差した。


「そう。ムルンなら不定形だし、未踏破のダンジョンを狙えるかなって」


 ダンジョンを最初に踏破すれば、レアな宝が貰えたりするらしい。

 ムルンがいれば、僕たちにもそのチャンスはある。


「ぽこ!」


 彼女は嬉しそうだ。今までのレベリングにも喜々として付き合ってくれたし、僕と同じでダンジョンに潜るのは好きなんだろう。


「お宝も欲しいけど、実績が欲しいんだよね」


 もしダンジョンを踏破した実績があれば、僕もダンジョン学園の書類選考で落ちずに済んだかもしれない。今更だけど……でも、まだ編入のチャンスはある。


「ぽこ?」

「僕はプロの探索者になりたいんだ。でも、本当のプロって一握りだからさ」


 ダンジョン協会から帰る途中に、巨大な学校のシルエットが見えた。

 あれがダンジョン学園だ。正式名称は、〈日本探索者学園〉。

 強い探索者を育成する目的で設立された学校群の一つだ。

 日本は海外に比べてダンジョンを一般に解禁するのが遅かったから、その遅れを取り戻すために国がかなり力を入れている。


「本当は、あそこに入りたかったんだけどね……スキルがなかったから……」

「……ぽぽ」


 ムルンが手を触手みたいに伸ばして、僕の肩を撫でてくれた。


「まあ、今はレアスキルもあるし、ムルンもいるしさ。悪くないよ」

「ぽ!」


 というわけで。僕たちは未踏破の狭小ダンジョンに向かった。

 〈辻が島駐車場ダンジョン〉という名前だ。

 名前の通り、橋を渡った先の小島にある。


 辻が島の最寄り駅で降りてみると、案の定というか、観光客だらけだ。

 梅雨も開けてきて、もうすぐ夏が訪れる。

 砂浜が魅力的に思える季節だから仕方ない。


「ぽっ? ぽこ……」


 こんな人混みは初めてだからか、ムルンが緊張していた。

 ……ちょっと恥ずかしいけれど、はぐれないよう手を繋いで歩く。

 ぎゅっと強く握り返してきた。かわいい。


「お? 案内看板だ」


 ←駐車場・駐車場ダンジョン。だそうだ。

 ダンジョンゲートにスマホをかざすと、なんと千円も取られた。


「か、観光地価格……」


 内部はごつごつした岩の洞窟だ。ところどころライトが置かれている。

 Wifiは飛んでいない。残念。


 出てくる敵はスライム系だ。

 アプリの情報で”推奨レベル10”とあった通り、今までよりは敵が強い。

 ムルンの触手を避けたり耐えたり、互角な戦いが起きるようになった。


 強くなった分だけ、敵からのドロップ品も良くなっている。

 スライムが消えた後、瓶に入った謎のスライム液が拾えたりした。

 なんでも工業系の素材になるらしい。

 ダンジョン協会の買取窓口に持っていけば千円ぐらいの稼ぎにはなる。

 ……って、入場料でトントンじゃないか。観光地価格め。


 進んでいくにつれて、洞窟がどんどん狭くなっていく。

 匍匐で進んだり、水の溜まったところを突っ切ったり。

 服がドロドロだ。


 そうやって進んだ末に、人間では絶対くぐれないサイズの穴に辿り着く。

 その先には扉があった。ボス部屋だ。


「ムルン。この脱出鍵を持っておいて。危険だと思ったら、すぐに脱出するんだ」

「ぽこ」


 彼女は緊急脱出アイテムの脱出鍵を体内に埋め込んだ。

 狭い穴をくぐり抜けてから少女の姿に戻り、ボス戦を開始する。


 スライムばかりのダンジョンだったから、ボスもスライムだ。

 巨大な不定形の粘液みたいな雰囲気をしている。

 質量攻撃を繰り返すだけの単純なパターンだ。

 さして強くはないけれど、一撃が大きいタイプは怖い。

 脱出鍵を使う間もなく即死する可能性があるからだ。


 ムルンはしっかりと回避しながら触手攻撃を繰り返す。

 徐々に粘液スライムの色が濁っていった。

 ……ボスが急に動かなくなり、次の瞬間パッと緑の光をまとった。

 濁った色が元に戻っていく。


「ムルン! そいつは回復スキルを使うみたいだ! 止まった所を狙え!」

「ぽこ!」


 再びボスの体力を削っていく。危なげない。

 ……じっと見ているうちに、僕は気付いた。

 ムルンの回避パターンが僕とよく似ている。

 膝の向きで軽くフェイントをかけてから逆に行ったり。ボス戦用の動き方だ。

 あんな動きを見せた覚えはないし、教えた覚えもない。


「もしかして、僕の経験が引き継がれてるのか?」


 ムルンは元々スライムだ。あんな動きを本能で出来るはずがない。

 それに、初めてのボス戦にしてはちょっとこなれすぎている。


 またボスが立ち止まった。

 回復スキルを使っている最中、ムルンが触手を連打する。

 だが、削りきれずにまた体力が元通りになってしまった。


 ……もし、ムルンが僕の経験を継いでるなら。


「ムルン! これを使って!」


 僕は愛用している鉄棒を投げた。

 ムルンは即座に拾い上げて、下段に剣っぽい構え方をする。

 あれは防御を重視した僕の構えだ。


 間違いない。

 あのテイム(少女)とかいうスキルは、僕の経験をテイム相手に継がせている。

 もしかすると、レベルアップ速度が早いのもそのせいか?


 ムルンは回避しながら鉄棒を振るう。

 ……のだけど、上手く行かない。

 体がふにゃふにゃで小さいし、大きな力が加わると手を突き抜けてしまう。

 彼女は諦めて、また触手攻撃で回復スキルのところまでボスを削った。


 止まっているボスへ、触手と鉄棒を併用してムルンが猛攻を仕掛けた。

 回復が入る寸前に、ボスが大きく震えて消滅する。


 ……そして、ボスが女の子のスライムになった。

 起き上がり、仲間になりたそうにしている。


「えっ」


 僕は何もしていないのに。僕が倒した時だけ女の子になるんじゃ。

 条件が違うぞ? どういうことなんだ?


 ボスだった子へムルンが近寄り、二人が手を絡ませ、輝きながら融合する。

 あれはレベルアップの光だ。

 ……あ。

 そういえば、ムルンと会ったダンジョンのボス戦でも同じ事が起きていたっけ。

 普通の魔物を倒したときとは、また別の現象ってことか?


 さらに謎の現象が起きた。

 僕の体までレベルアップの輝きを放っている。

 ……いや。これは謎でもないか。

 テイマー系のスキルは、ペットの経験値がテイマー側に入ってきたりする。

 

 試しに、その場で軽く反復横跳びしてみる。

 体が軽い。明らかに身体能力が上がっているのが分かった。


「ぽこ!」


 ムルンが嬉しそうに僕へ手を振った。


「よくやった!」


 色々なことが起きたけれど、とにかく僕たちは大きな成果を出せた。

 未踏破ダンジョンのボス撃破。面接でアピールできるレベルだ。

 ボス部屋の中に宝箱が出現する。ムルンがわくわくしながら箱を開いた。


「ぽこぽこぽこー!」


 彼女は腕いっぱいに宝を抱えた。

 片手剣が一本。金貨らしきものが数十枚。脱出鍵が二本。それと巻物が一つ。


「や、やった! 大当たりだ!」


 日本円にして、どれだけの価値になるだろう? 想像もつかない。

 僕たちは宝を鞄に収納し、意気揚々とダンジョンから帰還した。

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