レアスキル:テイム(少女)
ひんやりした感触で、僕は目を覚ました。
布団にムルンが潜り込んでいる。
何だかいけないことをしている気分になった。
「おはよう」
「……?」
彼女が瞑った目を開いた。……目かあ。
そもそもスライムなわけで、この目も擬態みたいなものだろうな。
スマホで時間を確認する。もう九時だ。
遅刻だけれど、学校に行く気はないので関係はない。
いそいそ着替えて、残り物のご飯をレンジで暖める。
「ムルン、何か食べる?」
「ぽこ」
頷いた。せっかくだし、何か料理でもしよう。
冷蔵庫から鮭の切り身を取り出し、バターと一緒にホイルで包み焼きを作る。
ご飯は残り物なのにおかずが上等で、ちょっとだけアンバランスだ。
「ぽっ!?」
彼女に鮭バターの包み焼きを出してみたが、いやいやと首を振って食べない。
魚が駄目なのか、バターが駄目なのか。いや、ご飯も食べてないしなあ。
……というか、そもそもスライムの食事って?
少し考えた後、僕はコップに牛乳と水を注いだ。
「ぽ~」
ムルンは両手で水のコップを握り、おいしそうに飲んでいる。
水だけでいいんだろうか。
そういうことなら、と二人分の包み焼きを食べていると、ムルンがじっと僕を見てくる。
そろーっと触手が伸びてきて、鮭をつんつん触っている。
「食べる?」
「……ぽこ!」
口元にガム風船みたいな泡を作ったムルンが、妙に決意の固まった顔で頷く。
恐る恐る触手で鮭を包み込み、隅っこを口元に含んだ。
「ぽっ!?」
満面の笑みを浮かべた彼女が、一瞬で鮭をまるごと放り込む。
気に入ってくれたみたいだ。
その後、僕たちはダンジョン協会に向かった。
ムルンをペットの魔物として登録するためだ。
道中スマホでスライムの飼い方を調べたら、かなりの雑食らしい。
生ゴミを食べさせて、ゴミを減らすためにも使えるんだとか……。
「……ぽ……?」
「大丈夫だよ、ゴミを食べさせたりしないって……」
駅チカのダンジョン協会ビルへ向かい、窓口へ書類を提出する。
いろいろ口頭で注意を受けたあと、”魔物の飼い方”みたいなパンフレット類を貰って終わりだ。
「ちなみに、入手経路は自家生産ということですが……」
「ええ、まあ。スキルが目覚めたみたいで」
僕に応対していた職員が、ムルンをじーっと見つめた。
なんか、僕のことをゴミを見つめるような視線で見ている気がする。
……スキルはその人の趣味や性格と密接に関わっている。
魔物を女の子にしてテイムするスキルの持ち主って……みたいな見方をされてしまうのも、分からなくはないけれど。
別に僕、変な趣味はないのに……! 健全すぎる男子高校生なのに……!
「一応言っておきますが、ペットとして魔物を販売するためには特殊な資格が必要になります。個人間の売買も禁止ですよ。犯罪ですから」
「ぽこっ!?」
「いや売らないですよ!?」
「欲しがる人は居るでしょうから、念の為です。さて、手続きはこれで終了ですが。他に何かありますか?」
「僕とムルンのレベルとスキルを確認しておきたいんですが」
「五番窓口へどうぞ」
……ということなので、改めて整理券を取って並び直す。
ダンジョン協会は僕が生まれた頃に民営化されたけれど、元は国営だったので、こういうところにお役所っぽい雰囲気が残っている。
番号で呼び出されたあと、大型の機械に入って全身をスキャンしてもらう。
科学技術と異世界の魔法技術が組み合わさった〈レベル・スキル測定器〉だ。
「ん? ちょっと待って下さいね」
PCに出力された結果を見た職員が、僕に再び機械へ入るよう促した。
「その魔物の子を、あなたのスキルでテイムしたんでしたよね?」
「ええ、そうですけど」
「おかしいな……あれえ?」
スキャンを繰り返したあと、職員が首を傾げる。
「スキルが出ない。……ちょーっと待ってて下さいね、詳しい人を呼ぶので」
職員は裏側に引っ込んでいった。
僕はPCの画面をちらりと覗く。
【名前】
【レベル】17
【スキル】
【名前】ムルン
【レベル】3
【スキル】触手攻撃 ライトヒール
……スキル欄が空欄のままだ。
そんなはずはない。
スキルがなければ、ムルンをテイムすることは不可能なのに。
というかムルンも地味におかしい。もうスキルが二つある。
こんな低レベルでスキルを覚えるのは普通じゃない。
「やあ、君か」
ドアの裏側から、偉そうな白衣の女が出てきた。
テレビの向こう側でしか見れないような、異常なほどの美人だ。
何より特徴的なのは、その尖った耳。
エルフだ。つまり、彼女は異世界人だ。
「……イルティールさん。お久しぶりですね」
「うむ。体の様子はどうだ?」
「おかげさまで、何もありませんけど」
「ふふ。そうか」
イルティールは含み笑いをした。
僕が以前〈スタンピード〉で怪我をした原因はこのエルフにある。
よくわからない理由で迷宮を暴走させ、それに僕が巻き込まれたのだ。
とてもじゃないが好意は抱けない。
……彼女のような異世界人たちは、ダンジョンの出現と時を同じくして世界中に現れた。
ダンジョンが現れても世界が致命傷を受けなかったのは異世界人のおかげだ。
多くがダンジョン関連の要職や高レベル探索者として活躍している。
イルティールもその例に漏れない。彼女はダンジョン協会の神奈川支部長だ。
「さて。君のスキルを見せてもらおう。面白いものが目覚めたかもしれん」
彼女は僕の手を握った。
「ん。ほう。なるほど。面白い……」
「何がですか」
「秘密だ」
「怒りますよ僕」
「好きに怒りたまえ。ひとまず、君のスキルは判明した」
彼女はPCに向かい、キーボードに一本指を伸ばして固まった。
「えー……。……入力してもらってもいいだろうか」
職員が彼女の代わりにキーを打ち込んだ。
白衣のマッドサイエンティストみたいな格好しといて機械音痴かよ。
「君のスキルは、テイム(少女)だ」
「……響きが最悪すぎる……」
「だが、相当なレアスキルだぞ? そこの機械で測れないぐらいにはな」
「嬉しくない。せめて、只のテイム扱いにしてほしいんだけど……」
「前例のないスキルの名前は自由に登録できるとはいえ、偽装は感心しないな。テイム(少女)はテイム(少女)だ」
……僕のスキル欄が変質者みたいになってしまった。
「ただ捕まえた魔物の姿が変わるだけの効果ではないはずだ。色々と面白い効果も隠れているかもしれんぞ」
「実は何か知ってたりしない?」
「知らん。私は忙しいから、これで帰るぞ。頑張ってスキルを磨きたまえ」
彼女はムルンをぎこちなく撫でて、扉の奥に消えていった。
「えーっと。そういうことらしいので。今、結果の紙を出力しますね」
職員がレベルとスキルの検査結果を印刷し、封筒に入れて渡してきた。
お礼をして、ダンジョン協会を後にする。
「ん?」
視線を感じて振り返る。
ガラス張りのビルの中から、イルティールが僕のことを見ていた。
「……あまり気にしててもしょうがない、か」
変なスキルとはいえ、レアなスキルが目覚めたわけだし。
今までスキルの無かった僕も、これで〈探索者〉として一歩前進だ。
「ムルン、ダンジョンに行こう。君のレベルも上げたいし、僕のレアスキルも検証したい。構わないよね?」
「ぽこ!」
「よし。二人で頑張ろう!」
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