スライム娘に名前をつけよう


「上手くいったろ?」

「……確かにスキルは発現したけど、やり方が滅茶苦茶だよ……」


 脱出鍵を使った僕は、駄菓子屋の中に戻ってきた。

 カウンターの奥に地下に続く階段がある。

 室内にダンジョンができるのは別に珍しくないけれど……。

 普通、ちゃんと入り口にゲートとかが付いてるはずだ。


「このダンジョン、ちゃんとダンジョン協会に届け出してるの?」

「んー? 何の話かねー? 耳が遠くなってきていかんわ」


 駄菓子屋の婆さんがわざとらしくすっとぼけた。


「その娘は? テイム系のスキルかね? ずいぶんかわいくなっちゃってまあ」

「ぽこ」

「……そういえばさ。魔物をテイムした時もダンジョン協会に登録しなきゃいけないはずだよね?」

「どっか近くのダンジョンでテイムした事にすりゃええ。スライムぐらい、いくらでも出るじゃないか。ほら、二丁目の空き地とか」


 未登録ダンジョンうんぬんでトラブルになれば、たしかに面倒だ。

 適当なダンジョンに潜って、その中でテイムしたことにしよう。


「ちょっと潜ってくるから、その間この子を預かってもらっていい?」


 ダンジョンから魔物を持ち出すのはかなり重めの犯罪だ。

 テイムスキルがあるなら合法だけれど、それでも調査が入る可能性はある。

 変に怪しまれても嫌だから、アリバイ作りはしておきたい。


「そりゃいいが、素直に離れるかね?」

「ぽこぽこ」


 ……ぜんぜん背中から離れてくれる様子がない。

 何とか手を回して引き剥がせないか試してみる。


「ぽこー!」


 スライムがいやいやするように首を振っている。

 ちょっと悪いことをしている気分になった。


「……えっと。離れるのが嫌なら、他から見えないよう隠れてほしいんだけど」

「ぽこ」

「う、うわっ!?」


 服の隙間からスライムが入ってくる!?

 少女の姿だけじゃなくて、普通にスライムっぽい不定形にもなれるのか!?

 つ、冷たいし……なんか変な気分だ!


「あははは! 服の下なら、たしかに隠れられるか! 頭のいいスライムさね!」

「笑い事じゃないよー! すごい違和感あるよー!」

「ぽこ」


 完全に服の中へ隠れたスライムが、満足気に泡をぽこぽこ出している。

 し、仕方ない。これで行こう。


「じゃあ、また……」

「おう! ウォッカが恋しくなったらいつでも来な!」

「あれウォッカだったの!? 未成年にそんなもの飲ませないでよ!?」


 とにかく駄菓子屋を離れる。

 ……向かい側には、〈海山大迷宮〉という大きなダンジョンの入り口があった。

 でも、ここはスライムが出ない。他に向かう必要があるな。


 適当にスマホで探し、最寄りのスライムが出るダンジョンへ向かう。

 上半身に張り付いているスライムが気になって、トイレを我慢してる人みたいな歩き方になってしまった。

 ……まあ、張り付いてるのが下半身じゃなくてよかった。うん。


 何となく通行人の視線を感じつつ、空き地にあるダンジョンの入り口へ来た。

 ファンタジーみたいな洞窟の入り口に、改札機みたいな機械が置かれている。

 〈ダンジョンゲート〉っていう名前だ。

 でも、みんな”改札”って呼んでる。Suicaとか使えるし。


 スマホをかざすと、入場料金110円がピピッと引かれてゲートが開く。

 スマホでダンジョン協会が出してるアプリ(動作が遅いので評判が悪くて、アプリストアの星は2.9だ)を開き、混雑状況を確かめた。

 当然だが、ガラガラみたいだ。目撃される心配はない。


「出てきていいよ」


 服の下からうにょうにょと、ところてんみたいにスライムが這い出てきた。

 地面でぽよんと一回跳ねて、女の子っぽい形態に戻る。


「ぽこ!」

「機嫌、よさそうだね……」

「ぽ~こ~」


 僕はともかく、彼女は服の下に入るのが楽しかったみたいだ。


 とりあえず、時間つぶしで適当にダンジョンを潜る。

 僕が何をするまでもなく、スライムがバシバシ敵を倒していった。

 攻撃手段は体の一部を触手みたいに伸ばすだけ。ワンパターンだ。


 攻撃の最中、よく見ると本体のほうがかなり縮んでいる。

 遠距離まで攻撃してる場合なんか、いったん二~三等身ぐらいのマスコットサイズまで小さくなり、触手が戻ってくると女の子サイズに戻ってた。

 見ててなかなか面白い。


 しばらく好きに戦わせていると、そのうちスライムが光りだした。

 レベルアップだ。特に何も変わった様子はない。

 1レベル上がったところで身体能力が数%上昇する程度の差しかないから、外側から見て分かるものでもないな。

 100m10秒で走れる人が9.7秒とかで走れるようになるって考えれば、一レベル上がるだけでもかなりの差があるんだけれど。


 ……しかし、ずいぶんレベル上昇が早いなあ。ここの魔物は弱いから、何十匹って狩り続けてようやくレベル1から2になれるぐらいなのに。

 もしかして、僕のスキルの効果だろうか?


「そろそろ十分かな。帰ろう」

「ぽこぽこっ」


 スライムが背中に張り付いてくる。

 振り向くと、すぐ横に半透明で水色な女の子の頭がある。


「ぽこっ」


 彼女は無邪気に笑った。

 かわいい。


 僕は徒歩で入り口まで戻り、改札にスマホをかざした。

 さて、テイムした魔物の登録ってどうやるんだっけ。

 ”魔物 テイム 登録”で検索、っと。


 一番上に出てきた〈日本迷宮探索開発協会〉の公式ページを開く。

 無駄にややこしい役所っぽい説明を読む限り、ダンジョン協会へ行って書類を出さなきゃいけないみたいだ。


 ま、明日でいいか。

 テイムしてダンジョンを出てから一週間以内、って書いてあるし。


 僕はスライムの女の子を背中に乗せて、住宅街の細道を歩く。

 すれ違った犬に吠えられたぐらいで、みんなスライムの女の子には無関心だ。

 バブルの頃にダンジョンが現れてからもう五十年近い。

 ペットの魔物だって日常生活の一部だし、気にしなくても当然か。


 ……というか、吠えてきた犬だって、よく見たら首が三つある。

 最近流行りのケルベロスチワワだ。意外とでっかくなるから、飼いきれなくてダンジョンに放流する飼い主が多くて社会問題になってるってニュースで見た。


「あ、ヨウくん!」

「げ、ナギ」


 自宅の前で、同級生の女の子が立っていた。

 ダンジョン部のジャージ姿だ。

 武門たけかど凪、って名前が胸元に書かれている。


 学校を休んだ日に友達と会うのって、気まずいよな……。


「どうしたの、その子?」

「いやあ……なんか、今になってスキルが目覚めたみたいなんだ」

「スキルが!? テイム系なの? よかったじゃん! おめでとう!」


 ナギが僕の肩を叩いた。スライムの手が、ナギの手に重なる。


「うわっ。柔らかい。なんか、すべすべ美肌って感じだね~」

「ぽこ」

「”つるつるのスライム肌”そのものだよな」

「ねー」

「ぽこぽこー」


 手を撫でられて、スライムがくすぐったそうに身をよじった。


「スキルが出たってことは、もうダンジョンに潜っても大丈夫なの?」

「……まあ、一応」

「よかった! 大変な事故だったもんね!」


 しばらく前、僕は〈スタンピード〉に巻き込まれて大怪我を負った。

 ダンジョンから魔物が溢れる現象だ。

 元通りとは言えないけれど、ダンジョン産の回復薬のおかげでもう痛みはない。


「学校にはいつ戻ってくるの?」

「あー、いや、具体的な予定はまだ……」


 一応、今の僕はダンジョンで月に五万円から十万円ぐらい稼げる腕がある。

 もう少しだけ腕を磨けば、なんとかプロ探索者になれるラインだ。

 プロ資格を取れば危険な武器を持ち歩く許可も出るし、きっと稼ぎも上がる。

 もちろん学歴なんか関係のない世界だ。

 だから、別に学校へ行く必要はない。


 そもそも、僕の高校はかなり甘めだ。中間と期末の試験だけ出ていれば、赤点だって問題なく卒業させてくれる。

 そう考えると行くのが面倒になってきて、体が治ってからも休みっぱなしだ。


「でも、ヨウくん居ないと困るよー。うちのダンジョン部、未経験者ばっかりなんだもん。あたし一人で面倒見るの、大変なんだよ!?」

「仕方がないよ、近くにダンジョン学園あるんだし……中学でダンジョン潜ってたような有望株はみんなそっち行くって」


 僕だって、本当ならダンジョン学園に入りたかった。

 スキルがないから当然のごとく書類の段階で弾かれて、泣く泣く海山高校を選んだけれど……。


「でも、ダンジョン部にはヨウくんが必要なの! 学校休んでも、部活だけは出てよ! あとこれ、プリントね!」

「……まあ、行けたら行くよ。ありがと」


 学校のプリントを受け取り、僕は家に戻った。

 誰も居ない部屋の中を掃除ロボットがぐるぐる回っている。


 Facegramを開いて、両親のSNSアカウントを確かめてみる。

 どこかの紛争地帯で現地人と一緒にポーズを決めている写真があった。

 いつものように未知のダンジョンを求めて旅してるみたいだ。

 当分は帰ってこないだろう……あるいは、二度と帰ってこないかも。


「ぽこぽこ」


 スライムが背中から降りて、掃除ロボットをつつきまわす。


「ぽこ~」


 そしてロボットの上に乗っかり、本体と一緒にくるくる回りだした。

 かわいい。


「……そういえば、名前を決めないとな」


 ルン○の上に乗っかって楽しそうにしているスライムの女の子。

 うーん。


「スラルンでいいか」

「ぽこ!」


 気に入らないらしい。


「じゃあイムル」

「ぽこ!」

「スー」

「……ぽこ!」


 力強く泡が弾けた。何か危ないラインを訴えかけられたような気がする。

 アニメやゲームで聞いたような名前をつけるのは辞めておこっと……。


「じゃ、ムルン。今スマホで調べたんだけど、モンゴル語で”川”だってさ」

「ぽこ」


 それでいいよ、ぐらいの反応が貰えたので、彼女の名前はムルンになった。

 ……○ンバの上にスライムが乗ってたから。

 われながら安直な名前だあ……。

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