倒した魔物が女の子になったから一緒に楽しくダンジョンに潜る

鮫島ギザハ

多摩梨くんとスライム娘


 目を覚ましたとき、僕はダンジョンの中に居た。


「……んん……?」


 頭が痛む。こんなところに来た覚えはない。

 どうしてだ? 思い返そうとしても、記憶ははっきりしなかった。

 いつものように学校をサボって、ダンジョンに? それから……?


 いきなり冷たくぷるぷるした何かが乗っかってきて、思考が中断された。

 かすむ視界に、青いゼリーのようなものが写っている。

 スライム? スライムだ。

 魔物だ! まずい!


 僕は飛び起きようとしたけれど、スライムに馬乗りされていて動けない。

 ゆっくり後ずさっているうちに、視界がはっきりとしてきた。


「ス、スライムの……女の子?」

「ぽこぽこぽこ」


 青いゼリー状のスライムが、女の子みたいな形態を取っていた。

 僕を攻撃するでもなく、曖昧な形の”手足”でぺたぺた触ってくる。


「ぽこぽこ」


 スライムの口元で、空気の泡がポコポコしている。

 シャボン玉が弾けているみたいだ。


「君は?」

「ぽこ?」


 スライムの女の子は首をかしげて、ぺろりと僕の肘をなめた。

 いたっ。すり傷が傷んだ。

 いつのまにか怪我をしていたみたいだ。


「あれ?」


 なめられた傷が、みるみるうちに塞がっていく。

 まるで回復薬や回復スキルみたいな効果だ。

 彼女は、僕を治してくれたのか?


「ありがとう」

「ぽこー」


 スライムが僕にぴったりくっついてきた。

 身長が小さくて、ちょうど胸元ぐらいに頭が収まっている。

 嫌な気分じゃない。


 ぷるぷるしたスライムに手を伸ばす。

 クッションみたいに柔らかな表面だ。

 力を入れたら、ぷちっと突き抜けて手が内側に入ってしまった。


「ぽこ……」


 ぎゅっ、と手が圧迫された。

 よくわからないけれど、このスライムの女の子は僕になついているみたいだ。


 ……こんなことが起きるなんて、聞いたことがない。

 〈飼いならし〉みたいなスキルで魔物をテイムする人は見たことがある。

 でも、こんな風に姿まで変わるなんて前代未聞だ。


 よくわからないけれど、ひとまず脱出しなければ。

 僕は学校の鞄を探った。

 ダンジョンに潜っているんだから、必ず”脱出鍵”の一つぐらいは持ってるはず。

 任意で地上に戻れるあのアイテムがなければ、魔物のうごめくダンジョンなんて危険すぎて潜れない。


 ……と思うんだけど、鞄の中は空っぽだった。

 回復薬も脱出鍵も、攻略の必需品がなんにも入っていない。

 どうしてこんなことに?


 思い出そうとしても思い出せない。

 ポケットからスマホを取り出してみた。時間ぐらいしか分からなかった。

 僕はひとまず、脱出をめざして歩きだす。


「ぽこー」


 スライムの女の子が、僕の後ろをぺたぺた付いてきた。

 普通、魔物は人に懐かないのに。

 専用のスキルがあれば別だけど、僕はいっさいスキルがなくて……。


 ふいに、鞄に書かれた〈海山高校ダンジョン部〉の文字が目に入る。

 胸が傷んだ。

 中学生ならまだしも、高校でまだスキルが目覚めていないなんて、もうダンジョンの探索者を目指してる人間としては絶望的だ。


「ぽっ」


 僕の背中に、ぴとっとスライムの女の子が張り付いてきた。

 ちょっと重くて冷たいけれど、ハグされているみたいでいい気持ちだ。


「行けるところまで、一緒に行ってみようか」


 転がっていた愛用の鉄棒を手にとって、薄暗いダンジョンを進む。

 どこにも明かりはないのに、不思議と見えないこともない暗さだ。

 ダンジョンの中に魔法みたいな力が満ちてるおかげじゃないか、なんて言われているけれど、詳細なことは誰も知らない。

 もし科学者が理由を解明できたら、間違いなくノーベル賞ものだ。


「おっと、敵だ。降りてもらってもいいかな?」


 行く先にスライムが二匹いた。普通のプルプルしたかわいい生物だ。

 もちろん、女の子の形はしていない。


「……ぽこっ!」


 背中から降りるどころか、やる気ありげに細かく震えている。

 まあ、いいか。背負って戦えないほど重くはない。


 そっと距離を詰めて、鉄棒を振るう。

 スライムがばちゃっと潰れて、ダンジョンに染み込んで消えていった。

 後には何も残っていない。


「ぽこ!」


 僕の背中から水色の触手が伸びていって、もう一匹のスライムを貫く。


「へえ。戦えるんだね」

「ぽ~」


 振り返ると、スライムの女の子は誇らしげに笑っていた。

 ……で、結局どうしてこうなったんだ?


 あまり敵のいないダンジョンを進みながら、僕は必死に記憶を思い出す。

 確か、潜るつもりだったダンジョン近くの公園で休憩してたら……近くの駄菓子屋の婆さんに呼ばれて。

 それで……えっと、確か。

 そうだ。思い出した。


「何ぃ? ずっとダンジョン潜っても、スキルがまだ芽生えてない?」


 煙管キセルから煙を吐きながら、駄菓子屋やってる老婆が言ったんだ。


「ふーん? 鍛えてないってわけじゃないのかい。なら、精神的な問題さね」

「精神?」

「本当はスキルが発現してるのに、無意識で抑え込んじまってるのさ」


 婆さんが煙管で僕の肩を叩いて、透明な酒をコップに注いだ。


「となりゃ、リミッターを外せばしっかりスキルが出る。さ、飲みな」

「え、それってお酒……僕まだ未成年……」

「ダンジョン潜ってる男が法律なんかでガタガタ言うんじゃないよ!」

「そんな無茶苦茶うぶっ!?」


 そうして僕は燃えるような酒を飲まされ、気付いたらここにいた。

 思い出せたのはいいけれど。やっぱり間の記憶が飛んでいる。


「どうして君がそういう姿になったのか、覚えてたりしない?」

「ぽこ?」

「聞いても無駄かあ。魔物だしねえ」


 スライムを背負って、ダンジョンを進む。

 上がっているのか下がっているのかは分からない。進んでいるのは確かだ。

 一本道だから、そのうちどこかに行き当たるはず。


 そして、僕は行き止まりにたどり着いた。

 大きな扉がある。案の定というか、僕は奥に来ていたみたいだ。

 いわゆるボス戦部屋だろう。


 僕は脱出鍵を持っていないから、ボス戦をするのは少し危険だ。

 けれど、来た道を帰るのも、それはそれで何があるか分からない。

 今までスライムしか出ていないし、きっとボスも弱いはず。


「ボス戦するよ。準備はいい?」

「ぽこ」


 僕は扉を押し開く。

 中にいたのは、やっぱりというか、巨大なスライムだった。


「ぽこっ!」


 スライム少女の背中から柔らかい触手が伸びて、ボスの核を攻撃した。

 致命傷にはならなかったけれど、ひるませるには十分だ。

 その隙に近づいて、僕は鉄棒を振り下ろす。

 べちゃりと一撃で潰れ、ボスは倒れた。低レベル帯ならこんなもんか。

 ダンジョン攻略完了だ。すっ、と部屋の中央に宝箱が現れる。


 そのとき、不思議な事が起こった。

 ボススライムの姿がかわいい女の子の姿に変わっていく。


「スライムが……女の子に? まさか、僕のスキルなのか……?」


 女の子になったボススライムが起き上がり、仲間になりたそうに僕を見ていた。

 いや、どっかのRPGじゃないんだから、こんなことって。

 でも、不条理な効果を持ってるスキルなんて珍しくないし。


「ぽこ」


 次の瞬間、さらに不思議なことが起こった。

 仲間になりたそうに僕を見る元ボスへと、背中に乗っていた子が寄っていく。

 そして、二人が手のひらを絡ませ、光り輝きながら融合した。


「……え?」


 その光り方には覚えがあった。〈レベルアップ〉した時に出る光だ。

 僕もそれなりにレベルは上げたし、見間違えるはずがない。

 あのスライムの女の子は、融合してレベルアップした。

 無理に理解しようとしても無駄そうだ。そういうものなんだろう。


「ぽこ!」


 なんとなく足っぽい形のゼリーをぽよぽよさせながら、彼女は僕に飛びついた。


「レベルアップしたの?」

「ぽこー!」


 頷いている。というか言葉が通じている。

 ……ここまで来たら、もう間違いない。


 倒したモンスターが女の子になって仲間になる。

 僕にはそういうスキルがある。なんならたぶん合成とかもできる。


「皮肉だなあ」


 性欲真っ盛りのザ・思春期男子ならともかく、よりによって僕が。

 名字の”多摩梨”に引っ掛けて、”タマ無し野郎”なんて呼ばれてるこの僕が。


 ……今までスキルが芽生えなかった理由も、何となく分かった。

 女の子が大好きなドスケベ脳内春満開男じゃないとダメなスキルだったんだろう。でも、僕は昔から性欲が薄い。

 こんなことが原因でスキルが発現せず、ダンジョン専門の学園に入学できなかったのかと思うと、すごく残念な気分だ。

 で、酒で気が緩んで使えるようになった、とか、そんな感じかな。


「さて、宝箱は?」


 中には、鍵のようなものがひとつ。

 脱出鍵。ボスを倒したら大抵の場合はもらえる最低保障だ。

 低難度のダンジョンだし、まあ、こんなもんか。


「帰ろうか」

「ぽこ」


 僕は脱出鍵を掲げて、中に籠もった脱出スキルを発動した。

 視界が真っ白に染まり、次の瞬間、僕は駄菓子屋の中に戻っていた。

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