第5話<<紺碧>>④

 二人は一緒いっしょに教室に向かっていた。

 おでこを大っぴらに開き、耳の辺りで小さくくくって、ちょこんと出したツインテール。それをねさせながら牧子まきこはルンルンと歩いていた。それとは対照的に、春花はるかはやけにゲッソリしていた。…………様に見える。

 と言うのも、自転車を押している時に、後ろから彼女の二人目の幼馴染おさななじみが自転車を猛スピードで漕いでやって来たのだ。名前は金田鉄郎かねだ てつろう、名前の通り男である。一般的にはゴリラ顔、なんて言われる様な顔のさではあるが、通った鼻と強い目力は伊藤英明いとう ひであきにも似ている。

 そんな彼は、二人を横切る寸前に口を大きく開いて春花に挑戦状ちょうせんじょうを送り付けたのだ。


「今日の小テスト、勝負な」


 春花にとっては迷惑この上ない。元々勉強する予定も無いし、さっさと学校に行く予定も無い。だが、ここで負けたら一ヶ月は馬鹿にされるので、勉強しない訳にもいかない。そんなこんなで自転車を漕いでやって来た二人であった。

 予習をする気になったから喜んでいるのか、それとも鉄郎と会えて嬉しいのか知らないが、牧子はそれでルンルンと跳ねている訳だ。


「あのさぁ。牧ちゃん、金ちゃんの顔が見れただけでそんな嬉しいの?」

「そ、そんな事ないよ」


 まるで漫画みたいに慌てふためく牧子を見て、春花は更に大きくため息をつく。

 実を言うと、この二人は付き合っていた。鉄郎と春花が幼馴染であると言う事は、鉄郎と牧子も小さい頃からの馴染みであると言う訳である。

 鉄郎も負けず劣らずの怪獣で、昔から暴走する春花と鉄郎を抑えていたのも牧子であった。そんな二人が、春花の預かり知らぬ場所で付き合い始めていた様なのだ。

 別に鉄郎の事が好きではないが、一年生で三人同じクラスの時は流石に居ずらかった。中学校までは教室で給食を食べていたが、弁当制になった高校生、いつも牧子と昼食を食べていた彼女にとって、最後の半年は一人寂しくパンを頬張ほおばらなければならなかった。友達がないのではないが、誰とでもしたしくなる分、あまり深い関係になるほどつるんではいないのを、春花が一番実感していた。

 そんなこんなで二年生に上がった今年、鉄郎だけハブられ別のクラスへ行ってしまった。だが、彼は彼女らと違って親しい部活仲間ぶかつなかまが多かった。そのせいか、クラスの牧子よりも、どうクラスの友達とよく喋る様になったのだ。それで、以前より会う機会が少なくなったので、一目顔を見れただけで喜んでいるのであった。


「そんな事あんじゃん。あーいーなー。お熱で」

「……でも、最近会ってないから……」


 ポっと赤らめたほおをポリポリとき、牧子は赤くなった顔を見られない様にそむける。

 頭の後ろで手を組み、なげいてた春花は天井を見上げる。


「あたしも幸せになりたいな」

「あ、春ちゃん。勉強は?」

「しまった」


 結んだ手を離し、春花は教室に駆け込む。

 小さくクスクスっと笑う小さな少女。

 今日もあわただしい学校生活が始まろうとしていた。

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