第4話<<紺碧>>③



 夢日記とは某ゲームのタイトルではない。

 起きたらぐに、見た夢をノートなどに書き表して記録するのが夢日記である。そうする事によって『』を『』にするのである。そうしたのを『明晰夢めいせきむ』と呼び、夢を自分の思うがままに改変できるのだ。

 昔からよく夢を見ては、朝目覚めて憂鬱ゆううつな気分になるので、夢日記を始めて明晰夢の中で自分が思うがままに夢の中で遊び尽くしてやろうと考えていたのだ。

 しかし、そんな夢日記にも悪い話はある。例えば『逆に現実を夢と感じてしまい、普通の判断ができなくなる』であったり『悪夢あくむなども記録しないといけないので、段々ストレスが溜まって気がおかしくなる』など、良くない話も確かに聴こえてくるのだが、


「実際にやってみないと分からないし」


 と、楽天的らくてんてきな頭で楽観的らっかんてきに始めた春花はるかなのである。


「覚えてないの? 昨日はちゃんと書けてたのに」

「全然覚えてない」


 明確な決まり事もなければ一日書き忘れてただけで、これまでの記録が水の泡になるなんてルールもない。それなのに春花は顔面蒼白がんめんそうはくになり、牧子まきこはとても慌てふためいていた。ちなみに、昨日見た夢とは『小テストで十点満点を取る』と言った内容である。普段から三点取れたら上々の出来なので、夢の中では皆に自慢しに回っていたらしい。朝起きた時の喪失感そうしつかんも大きかったらしい。日記のはしっこにピエンの顔文字が落書きされていた。


「まぁいっか。もうメーセキムって言うのは見れないかもだけど、朝起きてぐ書くの面倒だったし」

「ポジティブだね、春ちゃん」

「だって、過ぎた事チマチマ考えたって意味なくない? 未来の明るい事考えてかないとね」


 そこに「あ、そうそう」と言って付け足す。


「牧ちゃんは決めた?」

「何を?」

「総合の時間のあれだよ、あれ」

「総合? 自分の夢書くのだっけ」

「そうそう、それですよそれ」


 春花の通う学校では一週間に一度、総合の時間がある。もちろん他の事をやる時もあるのだが、大体、一年生は街の改善点を、三年生の時には街の良さを発表する。それなのに、二年生では何故か将来の夢を発表させられる。

 将来の夢と言えども、それは人格的なものでも構わない。『スーパーヒーローの様に人を助けたい』や『人とすぐ仲良くなれる性格になりたい』でも良いのだ。発表も全校生の前なんて訳でもなく、クラス内でのこじんまりとしたものでしかない。

 しかし、これには発表上手の春花も手を焼いていた。発表が得意と言うのは、お馬鹿な彼女は羞恥心しゅうちしんなんてものも、緊張なんて言葉も辞書にっていないからだ。優秀者ゆうしゅうしゃを決める時には必ずと言っていい程、その名前が立候補りっこうほがっている。

 そんな彼女が難航なんこうするのに、理由がいくつかあった。

 そのひとつとして、彼女には夢が無い。

 別に『明晰夢を見たい』でも良いのだが、それは違う意味で夢ではあるものの、本当にやりたい夢かどうかが分からなかったのだ。発表が唯一、自分を見せれるチャンスであり、そして好きな物には嘘をつけられない春花にとって、このお題はとても悩ませている。


「私もまだかな」


 牧子は小さく呟いた。

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