第2話<<紺碧>>



 東雲春花しののめ はるかはとある都市の郊外こうがいで暮らしている。郊外と言っても、電車は一日に二本しか来ない、なんて訳でもないし、住宅地としてかなり栄えている方でもあった。二〇分程度歩けば温泉街に出るし、夏は避暑地としても人気がある。それでいて自然も豊かであった。冷たい川や、神聖な森林に足を踏み入れれば誰でも幼心を取り戻せる。

 そんな街の中にどっしりと構えているのが、春花の通う高等学校だった。彼女の家から坂を真っ直ぐ駆け下りると、そこそこの大きさの商店街に入る。横に一、二回曲がれば学校に辿り着く。そんな坂を自転車に跨り、全速力で駆ける一人の女の子。


「遅れる遅れる遅れる」


 声にならぬ声でうめきながら、春花は坂をくだっていた。かなり傾斜けいしゃが大きいので、落下するスピードも速い。それに合わせてペダルもいでいるので、競輪選手けいりんせんしゅ顔負けの速度だったであろう。

 前述ぜんじゅつした通り、自然と触れ合えば幼心を取り戻せると書いたが、彼女は元々が幼かった。何やらヒステリックな性格ではないが、面白そうだったり楽しそうだったりする事は手当り次第遊び尽くす。子供の頃からそうで、商店街や自然が益々ますます彼女の好奇心を満たした。良く言えば天真爛漫てんしんらんまん。悪く言えば、怪獣と言う名が一番似合う。


「春ちゃん、待って」


 後ろからゼェゼェ言う声が聞こえてきたので振り返ってみると、そこには見知った顔が自転車を漕いでいた。


「牧ちゃん、遅刻するよ」


 末谷牧子すえたに まきこ。春花の幼馴染おさななじみの一人だった。

 怪獣と呼ばれ、遊び尽くしながらも着実に玩具おもちゃを壊す春花とは正反対の性格で、三人の幼い妹を持つ姉でもあった。そのせいか真面目でとても面倒見が良いと、春花は勝手に思っている。春花も一応姉ではあるものの、今朝の様に逆にお世話をされている。

 そんな優等生の牧子がこんな大遅刻をする筈がない。とは思いつつも、やはり妹の世話やらがあって忙しいのかなと考え、春花は牧子を急かす。それに対して牧子は息を切らしながらまゆひそめる。


「春ちゃん、用事あるの? まだそんな急ぐような時間じゃないよ」


 その言葉を聞いて、春夏は目を丸くした。

 確かに、言われてみれば妹に起こされてから時計は確認していない。と言うか、確認する余裕すらなかった。毎日一緒に登校している牧子は、遅刻しそうな時は毎回呼びりんを鳴らしてくれてもいた。春花の事を待っていた訳ではなさそうだ。


「ごめん、今何時?」

「まだ七時二〇分だよ」


 春花は派手な音を立てながら、今度はベッドからではなく、自転車からずり落ちた。

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