東雲春花は夢を見ない
@nakayama_siun
第1話<<邂逅>>
「ねえ、好きなんだけど」
男はぶっきらぼうにそう言った。
彼の押す自転車に
「やっぱりそうだったんだ」
そうそっぽを向いて呟きながらも、内心はやはり困惑していた。しかし、それは急な告白からなるものではなかった。
まるで自分が夢の中に入っているようだったからだ。まるで自分が第三者となって、その場を見ているかの様だったからだ。口が開いたのも春花の意志とは関係なく、勝手に開き、考えることもせず、ただぼんやりと眺める事しかできない。ただ心の中で、どこか見た事のある景色を
男の方はと言うと、黙りこくって自転車を押すだけだった。
「あたしは……」
そこで春花の意識は
「……ちゃん、朝」
どこかで聞いた事のある大声だとは思ったものの、体が重たくて言う事を聞かない。
「姉ちゃん、朝だよ」
「あと少しだけ」
「遅刻しちゃうよ」
「今何時」
「七時五〇分」
今度こそベッドからずり落ちた。
「遅刻じゃん」
妹にも負けない特大の声を出しながら、ベッドから落ちた体を跳ね起き上がらせ、ショートカットの髪を揺らしながら、春花は階段を落ちるように駆け下りた。普段起きるのは二〇分丁度。その時間でギリギリなのに、もう既に三〇分も遅れている。
そんな中でも春花は諦める事なく、立ったままテーブルに置かれたトーストを口に無理やり詰め込んだ。詰まらせた喉に牛乳を注ぎながら。
制服だって、着替えるのに五分と取れない。口内をモゴモゴさせながら服をそこら辺に脱ぎ散らかすと、裏表が逆の靴下に気を取られる事なくローファーに足を通した。
「いってきます」
鞄を手に取って半分怒鳴り声でそう叫ぶと、残像の残る勢いでドアを叩き閉めた。
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