頬杖ついてたそがれているが、コイツは今日どこで夕飯を食おうか考えているだけである

「おお、うるわしの文学少女、カナタさまがまた外を見ながら頬杖をついていらっしゃるわ」


「きっと、我々庶民のレベルに合わせるのに辟易してらっしゃるのよ、おほほ」



 日本屈指のお嬢様学校において、本校きっての天才「錦織にしこり 彼方かなた」が、羨望の眼差しを受けている。

 高校生にして商業作家デビューという偉業を成し遂げ、いちやく時の人となった。


 だが、おさななじみの私だから知っている。


「ねえ、アスノ」


 カナタが、前の席にいる私に声をかけた。

 

「は?」


「おなかがすきました」


 ボソッと、カナタが私にだけ聞こえる声でささやく。

 

「それな」


 そう。こいつは黄昏れてなんかいやしない。

 腹が減っているだけなのである。


 文学賞に応募したのも、審査員特別賞の町中華二時間食べ放題券半年分が欲しかっただけ。


「どうしてよりによって、大賞なんていただいたのでしょう?」


 ラーメンをボババというきったない擬音を吐き散らかしながら、カナタは豪快にすする。

 しかも、塩とかパイタン、魚介といったお上品な味付けではない。ギトギト背脂チャッチャ系という本格的な体に悪いラーメンを好む。

 副菜もにんにくマシ盛りのギョーザや倍盛りカレーチャーハン、デザートにバケツ杏仁豆腐といった、成人男性でもちょっとチョイスをためらうラインナップだ。


「しょうがねえだろ。取っちゃったんだから。己の天才ぶりを呪うがいい」


「アスノは取ったじゃありませんか! 私がほしかった、町中華食べ放題!」


「私は、書籍化すらされないんだが?」


「わたしだって、書籍化は意識していませんでした。町中華愛を存分に書き散らかして、ちょっと恋愛要素を入れただけですわ」


「それが世の女子たちに、受けちまったんだろうが!」


 私は、テーブルをドンと叩く。


 ああもう。どうして文芸部同士でここまで差がつくかなぁ。


「あきらめろ。お前はもう、学園のまなざしからは逃れられん」


「視線でメシは食えませんわ」


「商業で食ってけよ。もう学校に通う必要性も、ねえだろ?」


 ラーメンをすすりながら、私はカナタに語りかける。

 

「私は、あなたの書く飯テロのほうが好きですわ」


 頬杖をつきながら、カナタがこちらに微笑みかけてきた。


「そりゃあどうも。でも書籍化は、意識してないからなー」


 好きだからこそ、踏み出してはいけない領域もある。


 私がいうと、カナタは食べるのをやめてずっと私を見ていた。


「なんだ? 腹いっぱいなのか? もらってやろう」


「いえいえいえ、ご冗談を」


 また、カナタがガツガツとチャーハンを腹へ詰め込んでいく。


 はあ、水がうまい。


 今度は、私が満腹で頬杖をつく。


「さっき、何を考えていた?」

 

「プロの道より、あなたとこうして町中華を回る日のほうが、尊いですわ」


「それは……光栄だな」


 カナタが、「うそつき」という目になった。


 バレてしまったか? 「それは逃げだ」って、いいそうになったの。

 

「わかった。ずっと付き合ってやんよ」

 

 

「卒業まで、まだ二年もありますわよ?」


「卒業しても、ずっと町中華を回ろうっての」

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