スーツ巨乳、そそる!

 私とキリカは、夕方のハンバーガーショップで窓の向こうを眺めている。


 外は、桜のしべが落ちる頃だ。

 コツコツとせわしないヒールの音が、そこらじゅうで響く。

 

「ねえミヨ、スーツで巨乳の女子とか、最高じゃない?」


 キリカが、また変なことをいい出した。


「今、ちまたではリクルートスーツの女子がゾロゾロと。私のような枯れたお局には、目の保養になる」


 こちらに視線を向けず、キリカはポテトを回収する。

 バスに乗り込む女子社員を、じっと見つめていた。


「お局って普通、若い子を見ると嫉妬するもんだけど?」


「わかってないわね。私は『スーツを着た女子』が好きなのであって、『新入社員』が好きなわけじゃないのよ」


「いや、言っている意味がわからないし」


「つまり、属性だけを愛しているのよ。実物が来るとそりゃ舌打ちよ」


「タチ悪……」


 わたしはテリヤキバーガーにかじりつく。



「スーツもいいんだけど、タイツもいいわね。黒でも、肌色のタイツでも、いい感じよ。地味にスカート丈が短いのも、ポイントよね」


 言われてみれば。

 なぜ、リクルートスーツのスカートは、あんなに微妙な丈なのだろう。


「そのスーツを脱いで企業戦士からただの女になったときが、またいいのよ」


「たしかに開放感はいいね」


「あんたのことを言っているんじゃないのよ」


「さいですか」


 わたしは、テリヤキバーガーをムシャッ。


「スーツから女になる瞬間なら、新歓で散々見たじゃん」

 


 今夜だって、本当は居酒屋などで軽く一杯、と行きたかった。

 が、新歓続きで懐が心もとない。

 少しでも夕メシ代を浮かせようと、夜バーガーで妥協しているのだ。

 一七時以降だと倍盛りになるのである。


「会社で現実を見るのと、妄想をふくらませるのでは、醍醐味が違うのよ。どうして楽しい妄想に浸っている中で、実物を見て幻滅せにゃならんのさ」


「幻滅したんかい」


「まあ、生意気なメスガキ共が現実を知って擦り切れていくのを見るさまは、それはそれで味があるわよ? でも、くたびれた女なんて、あんたで見飽きてんのよ」


「くたびれ女で悪ぅごさんした」


「まあまあ、聞きなさいよっ。やっぱり女って、遠目からボーッと見ているのがいいのよ。その方が傷つかないで済む」


「新入社員が、心を開かなくなるぞ」


「社員とは、そんなに親しくしなくていいのよ」


 たしかに、そういうデータもビジネス書に書いている。

 必要以上に社員と仲良くなると、相手の嫌なところが見えて、後々ウザくなるらしい。


「じゃあ、わたしらの夕飯のお付き合いも辞める?」


「それは別。私たち、そんなに親しいわけじゃないし」


「たしかにね。晩飯食うだけの仲だし」


「けど、この関係くらいがちょうどいいのよ。おごり合うとかでケンカもしないし」


「同期の当時は、こんなやつだとは思わなかったけどね」

 

「私のこと、どう思っていたの?」


「リクルートスーツで巨乳とか最高! って」


「ミヨ。あんたも、似たようなもんじゃない……」

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